9-15 九話目終わり。
……あ、あれ???
くてん、と思わず私は首を傾げてしまった。だって、言葉づかいは確かにアレかもしれなかったけれど、何か、以外にも……。
「――以外に〝マトモ〟だな」
「あ、太郎くん……」
振り向いた先。そこにいたのは、またもや私と同意見。――他のテーブルの片づけをしていて、ちょうどそれを洗い場の方に持って行くところの、太郎くんの姿だった。……その手に持ったトレーには、今にも倒れそうでいて、しかし決して倒れない。信じられないくらいの量の食器が見事なバランスを保って乗せられていた。
私はその、太郎くんなら〝普通〟の光景を横目に見ながら話した。
「そうなんですよ。何か、以外にもちゃんとできてて……もしかしたら泰介さんって、一度完璧に覚えてしまえばできるようになるタイプ……とか???」
「ふむ……どうなのだろうな? 実際に俺が見てきた限りでは、そもそも完璧に覚えられる方が珍しい気もしないでもないが――っと。どうやら注文が決まったようだな?」
「え?」
くるり。私は再び泰介さんたちの方を振り向くと、「よろしくね~❤」と笑顔で言う伊東先生に手を振り返し、注文を取り終わった泰介さんが戻ってくるところだった。
「泰介。大師匠の注文は決まったのか?」
食器を抱えたまま、太郎くんが聞いた。それには泰介さんもすぐに、うん! と大きく頷いて答える。
「えっとね? ホットサンドの〝一番〟と、温かいカフェオレだって。……あ、どっちも一個ずつで、飲み物は食べる時といっしょでいいって」
……注文内容は少なくて覚えやすいとはいえ、やっぱりちゃんとできてる……あ、いや、私は太郎くんと話していて、伊東先生が何を注文したのかまでは聞いていなかったから、本当にそれが正解なのかはわからなかったけれど、とにかくだ。少なくとも商品の名前はちゃんと言えている。それだけでも大きな進歩だ。――ああ、ちなみに、ホットサンドの〝一番〟というのは、ハムとチーズ入りのホットサンド、ということで、おじさんのカフェのメニューではこのように、中に入る具材がわかりやすく番号によって分けられているのだ。
「――それじゃあ泰介さん。さっそくおじさんに注文を伝えに行ってください! その後は、えっと……とりあえず、あっちのテーブルで片づけをしているお姉さんのお手伝いを!」
「オッケー! 任せてよ!」
そう答えると、ふんふ~ん♪ と鼻歌混じりに泰介さんはおじさんの方へと駆けて行った。
それから、数秒。
「――な~んだ。結構普通にできるじゃない?」
伊東先生の声。見れば、伊東先生はすでに席から立ち上がって私たちの近くにまできていた。
私はそれに気づいて、そうなんですよ♪ とうれしさを隠しきれずに話す。
「今ちょうど太郎くんともその話をしていて、また失礼になっちゃうかもしれませんけど、泰介さんがたった半日でここまで成長できるなんて、正直思ってもみなかったです♪」
「ふふ♪ 確かにね~? 先生だって、小出さんから聞いた話じゃ、こんなに上手にできるなんて思ってもみなかったもの。普段の、とてもホメられたものじゃない様子を見ていると、なおさらにね? ――って、これじゃあ先生が一番失礼かな? あはは♪」
――それにしても、と伊東先生は笑顔のまま続けた。
「緒方くんだけじゃなくて、みんな、本当にがんばってるね! ――この経験で得るモノは実際かなり大きいんじゃない?」
「確かに、そうかもしれませんね」
今度は太郎くんが答えた。
「事実、泰介はあのように急激に成長できているようですし、それに伴いアイリサンの指示能力も向上。さらにはなずな師匠の新たな一面も発見することができましたし、俺自身も気づくことがありました。……無論、今回俺はその仕事を見てはいませんが、ここにいない鏡も何かしら得るモノがあったことでしょう。――まだ終わってはいませんが、まさに、危機を一転、好機に……そう言える結果になったのではないかと思います」
「完璧じゃない! それなら先生も安心だよ~♪」
よし、それじゃあ! ――先生はそれから、天井に向かって大きく片手を突き上げ、言い放った。
「みんな! この経験を活かして、目標達成のためにがんばろ~☆」
「お~!」「了解です!」
ふふふ♪ それから私たちは、まだ仕事中だということも忘れ、互いに顔を見合わせて笑い合った。
――その時だった。
ガシャン!!! ガラガラガラ!! 「うわあああっっっ!!!!!」
オープンキッチンの方から、ものすごい音。それに……お、おじさんの悲鳴!!?
いったい何があったの!?
私は慌てて振り向くと、そこには――
右手から〝大量の血〟を流し、苦痛に顔を歪めるおじさんの姿が……
「お――おじさんっっ!!???」