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「――ゆりちゃん先生お待たせ! いや~! びっくりしちゃったよ! 愛梨さんってば、今日が〝エイプリンプール〟だと勘違いしてたんだって! それでボクを驚かそうと……あっはっはっ!」
――そんなわけはない。
そう、私たちとは関係ない。周りにいたお客さんたちもが思う中、しかしそれでも何とか泰介さんのことを納得させることに成功した私は、改めインカムの電源を切った状態で、ほっ、と安堵のため息をついた。
……今だけよかった。泰介さんが〝おバカ〟でいてくれて。――おかげで誤魔化すのに何の苦労も必要としなかったし、泰介さんにも嫌われずに済んだ。これならば仕事にも影響はないし、私生活にも影響はない。まさに、ギリギリセーフ〟、というやつだ。
……それにしても、まさか『エイプリルフールを〝五月四日〟だと勘違いしていました!』で信じてくれるとは……自分で言っておいてアレかもしれないけれど、私自身、思ってもみなかった。
だって、〝エイプリルフール〟だよ? 誰もが知っている、〝四月のおバカ〟一大(?)イベント……それこそ泰介さんだって……まぁ、〝エイプリンプール〟とか、間違って覚えてしまったようだけれど……一応は知っているイベントなのに、私だけ知らないだなんて、あるはずがない。泰介さんはそういうところは考えたりしないのだろうか?
……って!! ほら、また! ダメダメ!! ――これじゃあ泰介さんのことをバカにしていると言っても過言じゃないじゃない! 気をつけなきゃ……。
――っと! それはともかく、今私は、泰介さんたちがいるテーブルから少しだけ離れた場所……いつお客さんが食事を済ませてお会計をしにきてもいいように、テーブルとレジのちょうど中間辺りでその様子を見守っていた。
……え? 〝見守る〟って……サポートはしないのか? って?
実は、今回〝一回限り〟ではあったけれど、私は伊東先生とそれを〝してはいけない〟約束をしていたのだ。
その約束をしたのは、先ほど泰介さんを説得したすぐ後のこと。――何でも、伊東先生的には、何もサポートを受けてはいない、〝素〟の泰介さんの接客を見てみたいそうなのだけれど……だ、だいじょうぶなのだろうか? だって、ようやくまともに接客ができるようになってきたのは、今日の朝からお昼にかけてのこと……独りで接客の練習をするにしても、もう少し私と練習してからの方がいいんじゃ……?
「――えっと、じゃあ、まずはオススメから……だったよね?」
そんな私の想いも知らず、泰介さんはさっそく伊東先生の接客に入った。
「そうそう。さっき山田くんからメニューはもらったんだけど、先生、どれがいいか迷っちゃってね? 店員さんである、緒方くんのオススメを聞きたかったの。――緒方くんはどれがオススメかな?」
「えーと、ボクのオススメは、カフェオレと……」
ああっ! 違いますよ泰介さん! そこはまず、お客さんにお昼を食べたかどうか確認してから……!!
「――じゃなかった!」
――と、その時だった。まるで私の考えが伝わったかのように、泰介さんは慌てて訂正した。
「えーと! まずは……ゆりちゃん先生!」
「は~い? なぁに?」
「うん、えっとね? お昼ゴハンは食べたの?」
「あ、実はまだ食べてないんだ~? ――お夕飯前に少し何か食べたいから、よかったらそれもオススメしてくれるかな?」
「オッケー! えっと、じゃあ……このページに載ってる、ホットサンドとか――」