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本格的に頭を抱え始めた――その時だった。
「……よし。では、こういうのはどうだ? ――アイリサン。お前にこれを渡しておこう」
「え? あ、はい……?」
突然、太郎くんが私に渡してきたのは、黒い……〝ボタン〟? のようなものと、それから小さな、同じく黒い〝箱〟のような物が接続された、片耳用の〝透明なイヤホン〟だった。
……これって、もしかして…………?
「……あまり大きな声で言いたくはないんだが、〝盗聴器〟だ」
や、やっぱり……。
半分苦笑いをしてしまった私を気にする様子も見せずに、太郎くんはそのまま説明を始めた。
「使い方は簡単だ。こちらの小さい方が相手に付けるもので、イヤホンの方はもちろん自身に付ける物だ。箱の側面に付いているこの歯車のような物で電源のon、offと、そして音量調節ができる。……これだけだ。分かったな?」
「あ……はい……で、でも、これをいったい何に使えば……?」
「決まっている。泰介の〝盗聴〟だ」
え? ……〝盗聴〟? 泰介さんの???
何でですか? 首を傾げながら聞くと、太郎くんは、カチャ、と中指でメガネを直してから答えた。
「……いいか、アイリサン? 元々このバイトは短期集中……しかも緊急的に決まったものだ。予定していたのならまだしも、やったこともないのに、いきなりの実戦投入で戦果を挙げろと言っても今の泰介には不可能だ。……分かるな?」
「あ……う……そ、それは…そう、ですけど……でも……」
「そう。〝でも〟、だ。このバイトはお前の叔父にとっても重要なこと。お前自身、引くわけにはいかんのだろう?」
「…………はい」
だからこそ、だ。――太郎くんは私が頷いたのを見てすぐに話した。
「この盗聴器を使って……アイリサン。お前が泰介を〝監視〟するんだ」
「え、た……泰介さんを、〝監視〟!?」
ピッ! 太郎くんは突然、立てた人差し指を口元に当てた。それを見て、はっ! と私は泰介さんたちの方を振り向いた。
だけど……。
「――次は、腰をこうしながら……」
「こ、こう? ……難しいね?」
……よかった。どうやら聞こえてなかったみたいだ。泰介さんはお姉さんといっしょに、何やらいっしょうけんめい腰をくねらせていた。
私はそれを確認してから太郎くんの方に向き返り、今度は小声で話した。
「た……太郎くん? 〝監視〟って……そんなこと、私できませんよ。だって……」
「だって、ではない。すでにバイトを始めている今、事態は緊急を要する……いいか、アイリサン。お前がこれで泰介のことを〝監視〟し、もし泰介が〝変態〟的な言動を取ったらすかさずフォローに入れ。……もはやこれしか現状を打破する方法はないのだ。――やるかやらないか、その判断はお前に任せるが……決めてくれ。無論、俺もできる限りの協力は約束しよう」
「……」
……。
……。
……。
「…………わかりました。やります」
「……そうか。では――」
――でも、と私は、太郎くんの言葉に割って入った。
「やると言っても、〝監視〟なんかじゃありません。このことは、〝全て泰介さんに説明〟した上で、そして泰介さんが〝納得〟してくれたら、やります。――太郎くんには失礼になっちゃうかもしれませんけど、私は太郎くんみたいに忍者じゃありません。だから、気づかれないように裏で動くのではなく、あくまでも一人の〝友だち〟として、〝真正面〟から泰介さんにがんばってもらいたいと思います!」
「……〝友だち〟……〝真正面〟…………ふっ、そうか……」
カチャ……太郎くんは今一度メガネをかけ直し、頭を下げる。
「失礼した、アイリサン。俺はミッションを無事にクリアすることばかりを考えて、お前や、そして何より泰介の〝気持ち〟を考えてはいなかった。このとおりだ。許してくれ」
「え!? い、いえ! そんな! 許してくれ、だなんて……私の方こそ、その……!!」
気にするな。太郎くんはそう呟くと、服の中からなぜか〝べつの機械〟を取り出し、私が持っていたそれとを交換した。
渡された私はその機械を見てみると……今度は、マイクと片耳用のイヤホンが〝二つずつ〟……これって、つまり……!
「――それは、〝二人用の盗聴器〟……などと言えば聞こえは悪いかもしれんが、〝仲間〟の状況が常に把握できる機械だ」
やっぱり! 私が驚いていると、太郎くんは説明を続けた。
「仕組みは先ほどと大差はないが、お互いに電源を入れていないと自身も相手側も音は聞こえないし、混線を避けるために受信できる周波数が……いや、時間もない。小難しい話はよそう。――常に繋がっている超・小型の〝電話〟。そう思ってくれ。――これならば、お前も何も気兼ねすることなく使用することができるだろう?」
「はい! これならだいじょうぶそうです! ――ありがとうございます、太郎くん!」
「……ふっ。礼を言うのはこちらの方だアイリサン。――〝変人〟からの〝変態〟……俺は今、その〝答えの欠片〟とも言えるモノを手にしたのだからな」
「え? 答えの――」
聞こうとした、その時だった。
「――さぁ、みんな! そろそろ開店するよ!」
おじさんの声――いけない!
「すみません太郎くん! じゃあ、これお借りしますね!」
「ああ。――それを使い、お前たちならではの方法でこの〝試練〟を乗りきってくれ!」
「――はいっ!」
大きく返事を返した私は、それから泰介さんの下へ走った。




