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9-3




 料理や飲み物がおいしい。そんなものは、飲食店では〝当たり前〟のこと。

 おいしい料理が作れるからお店を出しているんだし、おいしい飲み物が出せるからお金をもらっている……言わばこれはお店を出す場合の〝最低条件〟であり、お客さんとしてお店を利用するほとんどの人たちは、〝おいしいだろう〟と思ってお店に入る。……まさか、おいしくなさそうだな、何て思って入る人はまずいないことだろう。

 だから、お客さんが真に求めているのはその〝先〟……そう。それこそが〝居心地の良さ〟というものであるのだ。

 お店の内装、雰囲気が良い。これも〝居心地の良さ〟。

 窓から見える風景が美しい。これも〝居心地の良さ〟。


 ――では、〝店員〟の態度や行動は……? これも間違いなく、〝居心地の良さ〟というものに当てはまってくるのではないだろうか?


 例えば、出てきた料理を食べようといたら、箸やフォークが汚れていた。……これだけでお客さんの足は遠退いていく。それと同様に、店員の態度が、雰囲気が悪く、料理や飲み物を出したり下げたりするのも雑、となれば、それを経験したお客さんが同じお店を訪れることはもう二度とないだろう。少なくとも、好んで行きたくなるようなことはないはずだ。


 ……それなら、泰介さんの行動は? また近いうちに来店したくなるような、そんな行動と言えるのだろうか?


 ……お世辞にも、言えるわけがない。逆に、もう二度ときたくない。そう思ってしまうお客さんたちの方が多いはずだ。

 まだ始めたばかりとはいえ、これはさすがに何とかする必要があるよね……。

 ――でも、いったいどうしたらいいんだろう? だって、前に泰介さんのウチに勉強を教えに行った時(※#4,〝顧問〟と〝変態〟。を読んでね!)も、泰介さんはある程度簡単な問題であれば覚えることができたけれど、例えば答えが〝二つ〟あるような場合……【タバコが原因で引き起こされる肺の病気は何ですか? A、〝肺がん〟や〝肺炎〟】……などの場合は、それを理解することすらできなかったのである。……たぶん、泰介さんは根本的に、二つ以上のことを〝同時に覚え、考えること〟が苦手であるのだ。だからオーダーは当たり前のように間違うし、個数や種類もはっきりしない。……まぁ、〝ドジ〟なところもあるから、それも色々と関係はしているのだろうけれどね?

 ……さて、どうしよう? 本格的に困ってしまった。今から教えるにしても、このバイトは短期間集中のバイト。しかも現在進行中だ。

 時間的にも間に合うはずがない。ならば、えーと…………。

「――ねぇ、愛梨ちゃ~ん?」

 考えに行き詰った、その時だった。

 私が立つレジの右後ろ……コーヒーメーカーなどがある部屋の方から、ひょっこり、顔を覗かせながら声をかけてきたのは、お姉さんだった。

「…あ、はい! ――どうかしましたか?」

 考えごとをしていたせいで一瞬反応が遅れてしまい、私は慌てて答えたけれど……お姉さんは気にせず、いつもの元気いっぱいの声で返事をした。

「うん、あのね? コーヒー豆が切れてたから、教えてもらったとおり補充しておいたよ☆ 一応確認してくれるかな?」

「あ、わかりました! えっと……」

 ひょこ。お姉さんの顔が引っ込み、今度は私の顔がお姉さんがいる部屋の方に出る。私はその状態のまま確認すると……。

「……はい。完璧です! 間違いなく合ってますよ!」

「良かった~☆ ありがとね、愛梨ちゃん!」

 ふんふんふ~ん♪ お姉さんはそれを確認すると、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら機械を操作し、できたコーヒーと、そして砂糖やミルク、スプーンなども忘れずに持ち、お客さんの方へとそれを届けに行った。




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