おまけ#8
おまけ #8,現実なのか夢なのか? どっちか分からないものほど恐ろしい――。
――十五戦全敗。
まさかこんなことになるとは……そう私は、授業中の自分の席で、昨日おじさんに簡単に返事をしてしまった自分自身を、ただただ呪っていた。
……よくよく考えれば、確かにそうだよね。こんな滅多にない大型連休……誰だって、予定の一つや二つくらい、あるよね……。
ふ~、と私は、誰にも気づかれないように小さくため息をつき、頬杖をついた。それから、何をするわけでもなく、ボ~、と書き途中のノートを見つめる。
……さて、改めてこれからどうしようか?
今朝、みっさ、こと美里が言っていたとおり、ほとんどの人は何かしらの予定で休みは埋まっている状態だ。それなのに、わざわざ予定をキャンセルまでしてバイトにきてもらうのには正直かなりの無理と抵抗があるし、仮に予定がない人が見つかったとしても、まさか休み中全部が空いているわけがない。せいぜいがせいぜい、一日……多くても二日、といったところだろう。
……失敗した。
ぼそ、と思わず呟きそうになってしまった。
私は慌てて口を塞ぎ、何とか実際にしゃべってしまうことだけは防いだけれど……でも、失敗した、という気持ちだけは、どうやっても拭うことはできなかった。
何が、任せておいてください! だよ私~……こんなの、連休の直前じゃ誰もやってくれないって。
……まぁ、もっとも? 元はと言えば、私が連休前に急にバイトができなくなったのが悪いんだけどね? その後は一週間ぐらい引きこもっちゃってたわけだし……もっと早くにわかっていれば、おじさんだってこんな直前に私に頼まなかったはず……だよね?
う……う~ん……困った…………。
悪いのは私で、何も考えず安易に引き受けてしまったのも私。何もかもが私のせいということだから……つまり、今さら断れるわけもないし、私はどんなことをしてもこの達成困難なミッションを成功させなければならないというわけだ。
だけど、どうやって…………。
チラリ、と私は、何となく隣の席の方を見た。
するとそこには、当然、と言うべきか、いっしょうけんめい真面目にノートを取る、本名は忍野 甲呀こと、山田 太郎くんのすが――
ガタタンッ!! びっくりして、思わず私は机をひっくり返しそうになってしまった。
その時の音で、こっちを向いた太郎くんが不思議そうに首を傾げていたけれど……私はあえてそれに気づかないフリをして、心の作戦会議場に戻った。
――落ち着け私!! 今のはきっと、〝幻覚〟!! 臨時のアルバイト員が見つからないことによるストレスとかそんなので私が生み出した、〝幻影〟!! なぜなら有り得ないもの! いるはずの泰介さんが消えて、遥か遠くの教室にしかいないはずの太郎くんが私の隣にいるだなんて、有り得ないもの!
…………でもっ!!
チラリ、とどうしても隣の方を見てしまう。だって……そう。有り得ないはずのことが現に起こってしまっているというこの状況! 見ちゃダメ、と言う方が無理である。
お願い!! 心の中で激しく念じながら私は見ると、そこには――
「……どうしたの、愛梨さん? さっきから何か変だよ?」
太郎くん――じゃない! そこにいたのは、間違いなくいつもの泰介さんの姿!!!
泰介さんはそんな私の様子を見て、先ほどよりももっと大きく首を傾げていた。
それを見て、ほっ、とした私は……
「あ、いえ、そのぅ……な、何でもないですよ? 気にしないでくだ――」
――さい。を言おうとした、その時だった。
「――なんてな!」 ベリリィッッ!!
突然はぎ取られたマスク。そこにいたはずの泰介さんは一転。太郎くんに――
「キャー!?!」
――ガツンッ! 「いったぁっ!!?」
瞬間、まるでどこかに後頭部を打ちつけたかのような痛み……私は打ちつけた時の反動で思わず目を瞑ってしまったけど、状況が状況であるためにすぐに目を開けた。
すると、目の前に広がっていたのは……
「……アレ? ここは……〝私の部屋〟???」
そう。今度は教室から一転。私の部屋だった。
どういうこと? 何て一瞬考えてしまったけれど、こんなもの、考えるまでもない。
そう。どうやら私は〝夢〟を見てしまっていたようなのだ。学校に行っている夢を。
「な……なんだぁ~、夢オチかぁ~……よかったぁ~!」
安心した私は、抱き締めていた枕を手放した。……どうやら自分でもびっくりするほどの力で抱き締められていたらしい。変形した形がなかなか元に戻らなかった。
それを見てなぜか、「あはは」ともう、変な笑いが止まらない。どうやら私は文字どおり、心の底から安堵し、所謂腰が抜けた状態になってしまったようだ。
「あはは」がまだまだ止まらない……このままずっと止まらなかったら、どうしよう? なんて……若干、そんなことが心配になり始めた、
その時だった。
~♪♪♪
突然の電話の着信音。
……いつ電話がかかってくるのかは電話をかけてくる相手次第だから、こんなふうに言うのはちょっとだけ変かもしれないけれど、その予期せずかかってきた電話に、止まらないかもしれないとすら思っていた私の変な笑いは、一瞬にして止まってしまうことになった。……人間の感情って、実に不思議である。
……誰だろう、こんな時間に?
夢で受けてしまった精神的ダメージのせいで、すぐには立ち上がれなかったけれど、何とか電話が切れてしまう前にテーブルの前にたどり着き、私は雑誌の上に置かれていたスマホに手を伸ば――
――ちょっと待って。
ビタリ!! 私は手を止めた。
なぜか? それは、私は今のこの状況に、〝憶えがあったから〟である。
……ちょっと待って? この状況……この後、おじさんから臨時のバイトを連れてきてほしい、ってお願いされるんだよね? ――でも何で、私はそのことを〝知っている〟の!? だって、まだ体験していないことのはずじゃあ……!!
~♪♪♪
「はぁー! はぁー! はぁー! ……んくっ!」
身体中から冷たい汗が噴き出て止まらない。その結果のどが渇き、私は唾をのみ込んでしまった。
だけど、
……お、落ち着いて、私!! 何をそんなに怖がっているの!? だって、私が知っているのは、〝夢の中での話〟なんだし、実際にそんなことがあるわけないじゃない! ――たまたま、だよ! たまたま、偶然に! 夢の中で起こったことが現実に重なって、そう思ってしまっているだけ! 絶対そうだよ!!
ガシッ! ポン! ――私は恐怖を押し殺し、電話をかけてきた相手の名前を見ることも忘れて通話ボタンをタップした。そして、ゆっくりと……震える唇を開く。
「……は、はい……愛梨です…………」
――電話の相手は!!?
「もしもし、山田 太郎と申――」
「いいいぃぃぃやぁぁぁあああぁぁっっっ!!!!!!!!!!」
――ガツンッ! 「いったぁっ!!?」
瞬間、まるでどこかに後頭部を打ちつけたかのような痛――
……。
…………。
………………。
「――いやああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!! お願い!!! 誰か助けてぇぇぇええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!!!!」
おまけ #8,現実なのか夢なのか? どっちか分からないものほど恐ろしい――。終わり。




