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「――さん。ねぇ、愛梨さんってば?」
「……はっ!」
ばばっ! 突然のその声に気づき、私は慌てて辺りを見回すと……すでに三時間目の授業は終わり、休憩時間に入ったクラスメートたちが、パラパラ、とトイレや友だちの席へと散って行くところだった。
「……どうしたの、愛梨さん? さっきから何か変だよ?」
と、そんな私の様子を見て、泰介さんが先ほどの授業中よりももっと大きく首を傾げた。
それに対し、私は……
「あ、いえ、そのぅ……な、何でもないですよ? 気にしないでください!」
……という、ウソ。
やっぱり、いくら泰介さんが優しいからって、こんなに大変なことは頼めない。――予定がない可能性が高いというのは、どこかに出かける可能性が低いというだけであって、泰介さんにだって家事とか、何かしら色々やることはいっぱいあるのだ。
ここはもう諦めて、素直におじさんに謝ろう。そうすればおじさんだって、きっとわかってくれるはず……だよね?
うん、そうしよう。そう決めた私は、出していたノートをしまい、次の授業の――
「――もしかして、悩みごと……?」
「え――あっ!」
パタタンッ!
――ふいの言葉。予想外にも泰介さんから放たれたその言葉に慌てて、私は手からノートを滑らせてしまった。急いで床に手を伸ばす。
だけど、
「――はい。どうぞ」
先に拾ってくれたのは、泰介さんだった。
泰介さんはそれから、笑顔で話す。
「ボクじゃあんまり力になれないかもしれないけれど……よかったら話してよ。ボクにできることがあったら、何でも協力するよ?」
「……!!」
……。
……。
……。
……くす。
思わず、笑ってしまった。それには逆に、今度は泰介さんが慌ててしまう。
「えっ!? あ、ご、ごめん! ボク、また何か!?」
「いえいえ♪」
くすくす、と笑いがくっ付いて取れない変な言葉で、私は泰介さんに向かって、はっきりと言い放った。
「――実は、泰介さんにお願いしたいことがあるんですよ♪」
今まで悩んでいたのはいったい何だったのか? そう自分でもびっくりするほどの、後ろめたさの一つも感じない。真っ直ぐな言葉を。




