6-12
『――愛梨~! 〝お客さん〟よ~!』
その時だった。下の階から、お母さんが呼ぶ声が聞こえた。
でも……?
「……〝お客さん〟……? 〝桜花〟じゃなくて……???」
ふと、私は時計を見てみたけれど……今はちょうど、お昼をほんの少し過ぎたくらいの時間だった。
それはつまり、学校に行っているはずの桜花がウチにくるのには、あまりにも早すぎる時間であって……いや、それ以前に、私のお母さんは、小さい頃からよくウチに遊びにきていたことから、当然のことながら桜花のことを〝知っている〟……だから、これも当然。もし桜花がまたウチにノートやプリントを持ってきてくれたのであれば、お母さんは必ず、桜花のことを〝名前〟で呼ぶはずなのだ。
……ううん。それどころか、そもそも〝お客さん〟と呼ぶこと自体、稀も稀……桜花以外の誰かがウチを訪ねてきたのだとしたら、〝お友だち〟と呼ぶはずなのだ。それを〝お客さん〟と呼ぶということは、つまり、お母さんが〝知らない人〟ということであって…………
――まさか!?
がばぁ! すぐにベッドから起き上がった私は、急いで部屋の入り口に走った。
もしかしたら……〝泰介さん〟!? ――その思いから、動かずにはいられなかったのだ。
だけど、
ピタリ。――入り口……ドアの前にまできて、私の手は止まってしまった。
だって……もし訪ねてきたのが本当に泰介さんだったとして、私はいったい……泰介さんに〝どんな顔をして会えば〟いいの? そもそも、泰介さんは私のことを――
『――だいっ…〝キライ〟……ッッ!!』
ドクン! ――私のその言葉が頭を過った瞬間、心臓が一瞬、止まりかけた。
慌てて私は手を引っ込め、ドアから離れる。
「はぁっ! はぁっ……!!」
……気がつくと、全身が震えていた。涙も止まらずに、それを私は拭うこともできない。
〝怖い〟!!! 心の底からそう思った。
自分で言ってしまったその言葉……それがどれだけ自分勝手で、他人を傷つけてしまう言葉なのか……言ってしまった後にその重大さに気づいてしまった私の心は、とてもじゃなかったけれど、それに耐えることはできなかった。
「い……や……こない、で……こないで……っっ!!」
恐怖で、口が勝手に動く……もはや自分では止めようがない。――今の私には、それを止めようと、そう〝思うことすら〟できなくなっていた。
しかし、次の瞬間だった。
『――ここが娘の部屋です』
「……!!」
ドアのすぐ向こう側から、お母さんの声が聞こえてきたのだ。
『ほら、愛梨? ドアを開けなさい? 聞こえてたでしょ? 〝お客さん〟が――』
刹那、だった。
「――いやああああああああああぁぁぁぁぁあああっっッッッ!!!!!!!!!!」
私は、遂に……叫び声を上げてしまった。
驚いたお母さんが慌てて何かを言ったような気もしたけれど……私には、その全てが聞こえていなかった。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!! 私……っっ! そんなことを言うつもりじゃなかったのっっっ!! ごめんなさいっっ!!!」
両手を耳に当て、うずくまり、何度も、何度も、私は同じ言葉を繰り返した。
こうやって叫んでさえいれば、何も考えなくてもいいし、誰の声も聞こえない……そう、心のどこかで思ったのかもしれない。
私はとにかく、私を取り巻く〝全て〟から逃げ出したくて、叫び続けた。
だけど、それをいとも簡単に止めたのは……!!
――ドガァッ!!!!! 「どっせーい☆」
その時だった。カギをかけていたはずのドアが開い――違う! 〝破られた〟のだ! その証拠に私の周りには木片が飛び散り、ドア自体も大きくへこんでいた!
そして、その衝撃と共に現れたのは、なんと――!!
「……って! いたたたた! ――身体の構造上耐久する(もつ)はずとはいえ、やっぱり〝先生〟の運動不足の身体じゃ、弱すぎてダメだったかな……?」
「……いとう……せんせい…………???」
そう。そこから現れたのは、保健医にして私たちの部活……〝変態を迎える人生〟部の顧問。伊東 百合根先生だったのだ!
その細い身体でいったいどうやってドアを破壊したのか……伊東先生はそれから私に気がつくと、はっ! と驚きの声を上げて、慌てて肩についた木片を掃い、そして咳払いを一つ……何事もなかったかのように平然と話した。
「こんにちは、小出さん! かなーり乱暴だったけど、とりあえず先生参上! うふふ♪」
「………………」
……呆気に取られる、とはまさに、このことだった。
部屋の外ではお母さんが叫び、近所で飼っていた犬が、ワンワン! ともう止まらない。
騒然とする空気……だけど、そんな中。私だけは、全く〝べつの感情〟を抱いていた。
――それは、〝安心感〟。
……桜花がくれるそれとは似ているようで全く違う、とてつもなく大きな、〝安心感〟だった。
次の瞬間。私は伊東先生に向かって、飛び込んでいた。
まるで、この一週間……抱いてきた〝不安〟の全てを、その〝安心感〟で包んでもらおうとするみたいに……。




