6-3
気づいた時……握っていたカバンを落とした私は、大声で叫んでいた。
そして、同時に……。
ダァンッ! ざりざりざりざりざり!!!
机に叩きつけた右手……悲鳴や、その音に対する周りの反応など気にしていられるはずもない。
私は考える前に……ただがむしゃらに、手の側面でその〝文字〟を擦った。――一刻も早く目の前から〝文字〟を消し去りたかったのだ。
だけど……当然、机自体に彫り込まれているものがそんな程度のことで消えるはずもない。逆に私の手の方が先に悲鳴を上げ、うっすら、とそこには血がにじみ出していた。
でも……それでも私は、その行為をやめることができなかった。――どころか遂には〝爪〟をそこに突き立てて、思いっきり〝ひっかき〟始める。
ミリリ……バキィッ!
……無論、それをした私の爪が無事であるはずもない。
おそらく彫刻刀か何かで彫り込んだのであろう、その深い彫り跡に引っかけた私の爪は、親指以外の全ての爪が剥がれ落ち、辺りには真っ赤な鮮血が飛び散った。
しかし……それでも痛みは〝感じない〟。
……いや、痛みを感じている余裕すら、私には〝なかった〟のだ。その証拠に、すでに爪がなくなった指で、私は何度も……何度も……それこそ、〝狂ったように〟同じことを繰り返し、次第に文字は私の血で赤く染まっていった。
……〝発狂〟――とは、まさにこういうことを言うのかもしれない。
「いや…いやぁぁ……いや、いや! いやッッ!! ――何で!? 何で消えないの!!? こんな! こんなものぉっっ!!!!!」
びちゃ! びちゃ!
〝無意味な行為〟の連続……叫んでも、机が血だらけになっても……私にはもう、他にどうすることもできなかった。どうしていいのか、わからなかった。
いったい、何を考えればいいのか? それすらも…………。
「――やめろ、アイリサン」
その時だった。
聞き憶えのある声。そして話し方……震える私の手を掴み、その行為を止めたのは……泰介さんの小学生時代からのお友だちであり、私たち〝変態を迎える人生〟部の部員、太郎くんだった。
それに気づいた私は、初めて机から視線を外し、ゆっくりと掴まれた手の方を……太郎くんの方を見ることができた。そのまま、ろくにしゃべることもできない口を必死に動かす。
「た、ろう、くん……? わた……わ、たし…………!!」
「……もう一度言うぞ、アイリサン。やめろ。そして、落ち着いて俺の話を聞け」
太郎くんはそう話すと、上着の内ポケットから白い手ぬぐいを取り出して、爪の剥がれた私の右手にそれを巻き付けた。
それから改めて、太郎くんは私の眼を真っ直ぐに見つめて続ける。
「アイリサン。屋上で〝泰介がお前のことを待っている〟。すぐにきてくれ。俺はそれを伝えにきたんだ」
「……たい…すけ……さん、が……?」
「……そうだ。〝泰介がお前のことを呼んでいる〟んだ。……分かるか?」
「たいすけ……さん…………」
…………こくん。
……本当は、意味なんて理解していなかった。
だけど……それでも私は、〝泰介さん〟という言葉に反応して、ただ、首を縦に振ったのである。
私はそれから、太郎くんの誘導で、身体を支えられながらも何とか椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
左手にあった〝ノート〟だけは、決して離さないように、しっかりと握り締めたまま……。




