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声

作者: 篠宮ほがら
掲載日:2015/06/16

「虚無にも等しい私という存在はいったい何を喋ればいいのでしょうか。話にもなりません。夢にもないことを……幾ら口に出したところでドウにかなるなんて解らない。私たちはいつまでも語り合わねばならぬのでしょう。同じことが続くのです」

「そんなことよりも、他にいわなければならないことがあるだろう」

「いわなければならないこと?」

「自分の行為だ」

「あぁ……そうだったそうだった。妹ですね。ついウッカリしていました。えぇ、私は妹の……佐知子を殺したんです」

「どうして殺したんだ」

「解らないんですか」

「あぁ」

「殺したいから殺した。それ以外に何の理由があるというんです。まさか殺したくないにもかかわらず殺しただなんてトンチンカンなことはいわせないでくださいよ。私はそこまで変梃な思考を持ち合わせていないもんでしてね。私は佐知子を殺したんですよ。包丁でね。ひと刺しでは死ななかったものだから二度三度と突き刺してやったんです。けれども刃を抜いて刺す度に息を吹きかけてきたんだ。湿っぽい息を……私だって苦しむ妹の顔を見ていたい訳ではなかったしそんな性癖もないものだからその儘にしたんです。……胸部の、丁度真ん中にピタリと刃が刺さって大の字に倒れていましたよ。私はそれから母か父でもいいから誰か帰ってくるのを冷凍庫にあったアイスクリームを食べながら待っていたんです。夕方だったから先に母がくるだろうと思っていたら、父のほうが早かったです。父さんは何を思ったでしょうね。咄嗟に私は私自身を何処か別の処から見ているような気分になったんです。ああ、私の後ろで妹はまだ辛そうに呼吸しているんです。それから救急車や警察車輌の音が聞こえました。見慣れた制服の警官たちが侵入してきました。私の躰はずんと重たくて足の先すら動かせそうになく、武器を持ち合わせなかったからすんなり捕縛されました。母がいつの間にか帰ってきていたんです。母さんは笑っていたと思います。或る意味彼女の計画通りなのですから。だって母さんが佐知子を甘やかすのがいけないんです。佐知子はすっかり甘えん坊になってしまった。いいや笑ってはいけません。有り得る可能性を話しているのです。樹系の一端です。母は佐知子に甘かったんです。私はそれではいけないと思いました、考えました。女性の社会進出が叫ばれる昨今、佐知子を軟弱な儘にする訳にはいかないと感じていたのです。気づいたんです。たがら佐知子を殺したんです」

「何故、母を狙わなかったんだ」

「母を殺してしまったら御飯を作ってくれる人がいなくなるじゃないですか。何かを食べなければ生きていけないじゃないですか。オカシなことをいう人ですねぇ。まぁ確かに他にも父がいますが、父を狙ったところでねぇ、いつも家族には無関心でまるで他人でしたからいつも眼中にいませんでした。ウッカリしていましたよ。実際、私は父の子供なのかも怪しいところです。だから父が時折佐知子に向ける眼が、鄙猥そうな気がしたんです。いや、錯覚ではなかったと思います。ますます佐知子を殺したくなるんです。だから佐知子を殺したんです」

「いいや、君は佐知子さんが成熟したひとりの女になることが嫌だった。不安で不安で堪らなかったんだ」

「不安などという不明瞭なものではない。私には明確な殺意があったと、何度もいっているではありませんか。妹が成熟であろうが清純であろうが、かまわないんです。殺したんです」

「では、どうして胸を狙ったんだ」

「またその説明ですか。私たちは対峙していました。先に動いたのは私です。心臓を狙ったつもりが、相手が動いたからか私の手元がズレたんでしょう。だから胸の少し上の真ん中に刺さったんです。私は相手の躰にのしかかるように倒れ、そうして私の左手は相手の乳房に触れ……柔らかくて大きかったですね……私は馬乗りになって相手の胸に刺さった包丁でぐりぐりとネジってやりたかったんです。でも床にまで刺さっていたのか硬く、重く、刃が折れてしまうかも知れない。だから抜こうとしたんです。私が包丁を動かすと相手は口から血を吹いたんです。汚いなぁと思いながら必死に我慢して包丁をぐいぐいと抜いていき、再び刺したんです。だから殺したんです」

「…………」

「何を笑っているんですか、笑ってはいけませんよ。ヒトに対する感情が欠けているのではありませんか。ヒトが一人死んだんですよ死んだんです死んだんです死んだ筈だ、まさか死んでないとでも………………え? 何ですって。私に妹なんて実際はいない。何をいうんですか。実在しますよ。だって私は殺したのですから……で。では、私は幻覚を滅ぼしたというのですか。私はついに幻覚を打ち払うことができたんですね。確かに療法の成果かも知れません。私の記憶は正確です。えぇ、ではここから出られるのももうすぐですね。にしても、妹がいないだなんて。どうして解ったのですか。あの者はいったい誰だったというんですか。やはり幻覚ですか。薬による副作用ですか。奇妙な現実ですね。記憶が混濁しているので申し訳ありませんが、少し丁寧な解説を頂けないでしょうか? 憶えていない訳ではありませんからどうかお願いしますよ。いや、狂ってなんかいません。いったい私はどこまで話せばいいのですか。どこまでを話しましたか。私には解りません。はぁ、事件の話ですか。え、誰かが……

 ……アハハハハ、何故そのヒトが殺されたのかなんて判りません。赤の他人ですよ。名前も知りません、誰ですか。ハハハ、すいません。冗談だったんです。知ったかぶりですよ。……ですが、実際に私と両親の仲は悪かったんです。私がやったことにすれば両親たちの見る目も変わるのではないかと思ったんです。やってなんかいません。ゆ、許してください。だからか、帰してください。私はやっていないんですから、帰してくださいよ。家にはまだ両親が、家族がいるんです。母さんが心配しているかも知れません。帰してください。許してくださいよ。母さんは妊娠しているんです。誰の子供かって……さぁ判りません。父さんの姿なんてもう憶えていないです。どこに行ったかなんて聞いたこともありません。普通、訊かないでしょう? 私はもういっさいのことを知らないし憶えていたくないんです。憶えていたところで何になるんですか。私の視た風景は美しい、とはいえないものばかりです。あ、あぁ……私の名前を呼ばないでください。何度も何度も。笑わないでください。声

を止めてください。誰なんですか、貴方は。……ひっ、あ、あぁ。何かの冗談でしょう? 夢ではないんですか、これは。あっ……いかないでください。冷淡な眼を向けられたっていい。無関心でも構わない。何も話さなくていい。実存するのはアナタなんです。こんな処に、私を独りにしていかないでください。お願いします。お願いします。私には帰らねばならない処があるんです。この場所から出ていかなければならないんです。ここは、違うんです。確信なんてありません。でもここにいるのはアナタも私も間違いです。私なんかを待たなくてもいいです。アナタは何も聞いていないし、ここから出ていった時には憶えてすらいない。多分夢なんでしょう。みんな夢なんです。怖いんです。独りになったら、沈黙したら、私が私ではなくなるような気がするんです。怖いんです。だから……

  ……そんな……

 ……待ってくださあぁあい。……

 …………。

 アハハハハ、誰もいなくなった。いったい何だったんだ。誰でも構うものか、そもそも初めから誰もいなかったのではないか。全て傍観者だ。私は何なのか。私は私以外の誰でもない。貴方じゃない。同様に第三者でもないからこそ私なのだろう。

 アハハハハ、矛盾しているじゃないか。何も知らない私なのにどうして他人事を知っているというのだ。私も、私ではなくなっている。どうして忘れられないんだ……或いは、私は、私でないのか。アハハハハ。

 では。結論をいうと……何でもない…………

 !

 」


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