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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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98話 安土決戦3

 織田信孝の謀反から始まった、今回の大乱は終結へと近づいていた。

 織田信忠を討ち、安土城を奪い、名護屋城を奪って大陸遠征軍を釘づけにして京の都も制圧した。

 順調に行くと思われた、信孝率いる安土方だったが、大坂方の反撃にあう羽目になる。

 大坂城を攻めあぐみ、濃尾国境で対峙した徳川軍との戦いは長期化した。

 そんなこんなしているうちに、名護屋城は奪い返され、大陸遠征軍は帰国した。


 起死回生を狙って挑んだ小牧合戦で安土織田軍は大敗し、岐阜城も奪われ。

 さらには、大垣城、佐和山城を奪われ、近江へと大坂方を招き入れてしまった。


 そして今、安土織田軍の象徴ともいえる安土城を包囲されていた。

 攻め手となる大坂織田軍は、およそ9万。

 元々、徳川勢、森勢、尾張・伊勢の織田勢、上杉・前田・金森・丹羽らの北陸勢らの軍勢である。

 対する、籠城する安土織田軍は4万。


 信孝籠城の時点で、2万5000の兵がこもっていたが第二次山崎の戦いに敗れ、逃亡した安土織田軍を滝川一益が何とかまとめあげ、1万5000ほどの兵を近江まで帰還させた。

 これにより、かろうじて4万にまで兵を増幅させたのである。


 それでも、9万対4万と攻める大坂織田軍の方が人数では勝っているものの、城攻めの基本は三倍の戦力だ。

 ましてや、安土城はかつて天下不武を志した織田信長の築いた巨城なのだ。


 こうして、大坂方は安土城攻めあぐんだ。


 そんな中、攻め手である大坂織田軍の本陣ではさらなる問題が発生した。


「御屋形様、恐れていた事が……」


 本多忠勝が苦々しい表情で言う。


「うむ。ついにか」


 家康の顔が苦々しかった。


「硝石がほぼ尽きました」


 大垣城攻めの頃から危惧されていた、硝石がついに底を突こうとしていたのだ。


「……如何なさいます」


「城攻めを続けるほかあるまい」


「……」


「不満そうじゃな」


「はい、これは無謀ではないかと」


「はっきり申すの」


 家康が苦笑する。


「ま、だからこそお主を傍に置いておるのじゃがのう。忠実なのもいいが、主君の言う事をただ聞くだけでもいかんからのう」


 そう言って、脳裏に本多正純や井伊直政の顔を思い浮かべた。


「でしたら、ここは硝石が補充されるまで安土城を囲むのに留めておいた方が」


「いや、攻める」


 家康ははっきりと言った。


「お主も分かっておろう。伊賀者が報告してきた」


「羽柴秀吉ですな」


 うむ、と家康が頷く。


「秀吉が京を奪還した。近江にも攻め込もうとしておる。瀬田の大橋を落としたらしいが、時間稼ぎにしかなるまい」


 秀吉の軍勢も、近江へと入ろうとしていた。


「直に、秀吉もこの安土城を囲もう」


「……」


「ならば、儂が城攻めにこだわる理由は分かるな」


「はい」


「秀吉が来る前に、安土城が落ちたのと秀吉が来てから共同で落したのでは皆に与える印象が変わる」


 じ、と家康は安土城に視線を雪ぐ。


「儂が本格的に天下人を目指すとすれば、最大の対抗馬は羽柴秀吉じゃ。奴は、名護屋城の件で下手を打っておるが、その後の大坂城の救援や京の奪還などでそこそこの手柄を立てておる」


「……」



「いえ、御屋形様がそこまで固く決意されているのであれば反対はしません」


 正信は頷き、改めて城攻めが再開された。

 大坂織田軍の士気は相変わらず高い。

 だが、戦果はなかなか上がらない。





「攻め寄せろっ!」


 徳川の赤備え・井伊隊の井伊直政が叫ぶ。

 今回の乱はまもなく終結するだろう。


 言うまでもなく、一番の功は小牧合戦で信孝の軍団を壊滅に追い込んだ直政の主君の家康になるだろう。

 だが、最後の最後にケチをつけられては敵わない。


 ――ダダダダッ!!


 ――ダダダダッ!!


 ――ダダダダッ!!


 安土織田軍を守る、鉄砲部隊による一斉射撃である。


「ぎええっっ!!」


「ぎゃああっっ!!」


 勇猛で鳴らす、赤備え部隊から悲鳴が聞こえる。

 それに対し、味方からの擁護射撃はほとんどない。

 わずかに残った硝石を少しずつ、使うだけだった。


 ――ダダダダッ!


 ……やはり、厳しいのか。


 ちっ、と直政は内心で舌打ちする。


 何せ、鉄砲のほとんどが無用の鉄の棒と化してしまったのだ。


 一方の安土織田軍の硝石は豊富だ。

 紀伊を領国とする、滝川一益がいるし、多くの雑賀衆も安土城に籠っていた。

 城門に取りつこうとする、大坂織田軍の軍勢を大量の鉄砲を用いて追い払う。


 ――ダダダダッ!!


 ――ダダダダッ!!


 井伊隊の勇猛な兵達が、次々と倒れていく。

 それでも、必死に戦おうとする者もいるがあまり効果はあがっていない。


「御屋形様に恥をかかす気かっ!」


 直政が叫ぶ。

 改めて、井伊隊が突撃をかける。


 ……むぅ。いかんな、これは。


 直政は内心で、攻撃の失敗を理解しつつあった。

 だが、主君・家康は城攻めの強行を指示しているし、その理由も分かっている。


 ……大坂から恩着せがましく禿鼠が来るであろうしな。


 柴田勝家や、佐久間盛政らの討ち死にしたという情報は、既に届いている。


 ……安土城を囲んだのは我らが先なのに。


「いいかっ、攻めて、攻めて、攻めまくれっ! さすれば道は開かれる!」


 直政の鬼気迫る叫びが戦場に響いた。




 本多忠勝の部隊も同様である。

 忠勝率いる、本多隊も城門に果敢に攻め寄せるがめぼしい戦果は出せない。


「何をしておるっ! お前らは、勇猛果敢な三河武士であろうがっ!」


 戦場で士気を高める為に怒鳴る事はあっても、焦ったりするような事は滅多にない男だが、この時ばかりは焦りが感じられた。


 彼もまた、主君の思惑は察している。

 このままでは、恩着せがましく最後の最後でおいしいところを秀吉に持っていかれかねない。


 そうならない為にも、安土城は徳川家康の手によって落とす必要があったのだ。


「前だ、もっと前に出ろ!」


 自ら槍を持って、各部隊を前進させる。


 ……このままでは、犬死させるだけではないのか。


 そう言った思いもある。

 だが、それでも前に進まざるをえない。


 しかし、相次いで兵達は銃弾や矢の餌食になっていった。

 それでも、確実に戦果を出していれば話はまだ違っただろうが、未だに城門に辿り着く事もできず、無駄にこちらの犠牲者を増やすだけだった。


 忠勝の家臣に撤退を進言する者も出始めた。

 ばかりか、勝手に撤退を始める兵もだ。


 ずるずると部隊は後退していく。



 織田信包、上杉景勝、前田利家、松平秀康、森長可といった他の部隊も、戦果をほとんど出せない。

 この日は結局、安土城を落とす事ができずに終わったのである。




 翌日の明朝。

 朝早くから、凄まじい数の将兵達が今日の戦の為の準備をしている。

 朝餉は既に済ませ、いかにして安土城を落とすべきかに家康や幹部武将達に思考は集中している。

 無論、徳川家中だけでなく織田信包、上杉景勝、前田利家、金森長近ら他家の者達にも城攻めの準備を急がせている。


 ……今日こそ落とす。


 強く家康が決意した時だった。



「御屋形様っ!」



 慌てた様子で近習が飛び込んできた。


「何じゃ? 敵襲でもあったか」


 嫌な予感を感じつつも家康は訊ねた。


「い、いえそうではなく……」


 近習は一瞬言いよどんだ後、


「羽柴殿が……」


「参じてきたのか」


「……はい」


 家康の顔が、一瞬にして苦虫を噛み潰したようなものへと変わる。


 ……ついに来てしまったか。


 時間切れ、だ。

 遂に羽柴秀吉の介入を招いてしまった。

 予想の範疇だったとはいえ、家康の失意は大きい。


「それで、羽柴殿は?」


「本陣近くに。それに……」


 近習が言いよどんだ。


「まだ何かあるのか?」


「総大将として織田信雄様も」


「信雄様もか……」


 家康の顔に苦い物が混じる。

 秀吉だけならともかく、信雄もいると言う事は名目上の総大将は彼という事になるだろう。

 序列第二位であり、織田宗家当主の秀信が幼年な以上、事実上の第一位といってもいい。

 その信雄を無視するのはまずい。


 家康は内心で軽く舌打ちする。


 ……無視するわけにもいかんか。


「会おう。連れてまいれ」


「はっ」


 近習は下がり、やがて豪奢な甲冑を来た秀吉が現れた。

 傍らには、黒田孝高と仙石秀久も引き連れている。

 背後には、織田信雄の姿もある。


 信雄、そして秀吉に儀礼的な挨拶を述べる。

 信雄が、それを労った後、


「おおっ、徳川殿!」


 満面の笑みを浮かべた状態で秀吉は近づいてくる。


「此度は、参陣が遅れてまことに申し訳がなかった。むしろ、徳川殿にとって我らの軍勢など邪魔ではないかとびくびくしておりますぞ」


「……」


 ……よくもぬけぬけと。


 そう思ったが、心とは真逆の事を家康は口にする。


「そのような事はありませぬ。羽柴殿は、織田信長公に見いだされて出世街道の最前をただひたすらに走り続けた御方。若き子飼の武将達にも恵まれ、朝鮮の地で多大な成果をあげたと聞いております。その羽柴殿や羽柴殿を支える羽柴軍団に支援していただけるとあれば此度の戦、勝ったも同然でござるよ」


「何の、精強と謳われる三河軍団を抱える徳川殿ほどではありませぬぞ」


 はは、と笑ってから秀吉はですが、と続ける。


「いかに、徳川殿の軍勢が精強無比といえどもそろそろ不足して来るものがあるのではないかと思いましてな」


 ふふ、と秀吉は笑う。


「硝石でござる。余計なお世話かもしれませんが、あって困るものではありますまい。こちらで、たんと用意してありますぞ」


「……それは有難い」


 見透かしたような秀吉の発言にわずかではあるが家康は表情を曇らせる。


「おお、何の何の、むしろ邪魔ではないかとびくびくしておりましたぞ。さて、それで我らはどこを攻めればよろしいのかな? 徳川殿の軍略を伺いたい」


「軍略も何も、総大将は信雄様です。某ではなく、信雄様とも相談して決めるべき事柄かと」


「構わん」


 が、信雄が口を挟んだ。


「儂よりも、秀吉や家康の方が軍略に優れておろう。貴殿らで議論して決めよ」


「は……」


 自ら指揮を執る事に、さして拘りがないのか、秀吉や家康にその権限を託した。


 ……まあ、ありがたくはあるのだが。


 下手にあれこれ口を挟まれても困る。


「承りました」


 家康も表面上は平静を取り繕って笑った。


「城攻めの配置に関しては、信包殿や上杉殿とも相談する必要がありますからな。改めて軍議を開く必要があります」


「そうでしたな、これは失礼」


 秀吉も少なくとも顔のみは笑顔のままそう告げた。

 こうして、包囲する大坂方の数は一段と増えた。

 秀吉の引き連れてきた軍勢はおよそ6万。

 これにより、合計15万の軍勢が安土城を囲む事になったのである。

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