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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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93話 京洛死守

 朝鮮半島と名護屋城から撤退した、大陸遠征軍、及びに名護屋城包囲軍が遂に戻ってきた。

 だが、すぐに全軍の帰還とはならない。

 朝鮮を警戒して残った小西行長、毛利本家に合流する道を選んだ吉川広家以外にも疲労が激しく、暫しは九州で兵の疲れを癒す事を選んだ大名もいた。

 とはいえ、加藤清正の芝居の成果もあった為かすぐに合流すると意気込んではいたが。


 その為、この時点で大坂城に入城したのは4万ほどだった。

 残りの兵達も順次大坂に入る予定ではあるが、まだいない。


 帰ってきたのは、大陸遠征組では羽柴秀勝、加藤清正、細川忠興、蜂須賀家政、浅野幸長らだ。

 羽柴秀長をはじめとして、前野長泰、加藤光泰、島津義弘、鍋島直茂、黒田長政ら未だ戻ってきていない者達もいる。


 名護屋城包囲組では、羽柴秀次、宇喜多秀家、田中吉政、宮部継潤、亀井茲矩、石田三成、堀尾吉晴、山内一豊、中村一氏、大谷吉継、金剛秀国らだ。


「よくぞ戻った!」


 大陸渡海組の一人一人を個別に迎え入れ、海を隔てた大陸の先での武功を称えた。朝鮮半島の地で、碌に補充のない中、泥水を啜るような戦いを続ける羽目に陥っていた武将達も悪い気はしない。

 秀吉に向けられる悪感情は――名護屋城包囲組にその大半が向けられた事もあって――最低限に抑えられた。


 名護屋城包囲していた面々も、名護屋城攻めを長引かせた事を攻める事なく迎え入れた。

 名護屋城包囲組は、名護屋城攻めを長引かせた事を詫び、これからの戦いへの意気込みを語った。


 また、海から大坂城を封鎖していた安土方の滝川水軍も囲みを解かざるをえない状況になった。

 朝鮮半島にいた、藤堂高虎や加藤嘉明、脇坂安治らの水軍も破損のひどかったものを除いて大坂湾へと戻ったからだ。

 陸の包囲軍が引いた事もあり、大坂城を海上から封鎖していた滝川水軍も撤収していく事になったのである。


 さらに、河内から秀次付きの家老である木村重慈が3000ほどの兵を率いて合流した。

 彼は、名護屋にいた秀次に代わり、彼の領国である河内の国政を担っていた。

 が、今回の大乱による安土方の軍勢が河内にも押し寄せる事になりその戦闘を強いられた。

 しかし、大坂城包囲軍の撤退と共に河内に攻め寄せていた軍勢も撤退した。

 それゆえに、彼も合流する事ができたのだ。


 度重なる、安土方の猛攻により大坂城に籠る軍勢も多少は減じていたがそれでもまだ数万の軍勢が残っていた。


 合計すれば、現時点でも6万数千にもなる兵が大坂城にはいる。


 だが、すぐには行動に移さない。

 大陸遠征軍がまだまだ戻ってくる。

 後数万ほどの兵が大坂城に戻ってから、改めて反撃に出る気でいた。


 ところが。

 思いもよらぬ情報が入る。


「――安土方の軍勢、今は京洛にまで引いたそうじゃが、妙な噂が出た」


 有力武将達を集めた軍議の席で秀吉は言った。


「噂? 何なのですか?」


「うむ。どうも京が戦乱に巻き込まれる事を恐れた安土方が、帝を他所へと移そうとしているという噂じゃ」


「帝を?」


 驚いた様子で武将達はざわめく。


「しかし、我らは帝を害する気などないですぞ」


 浅野長政が疑問符を浮かべた。


「勿論、儂もそのような意思はない」


 秀吉が答える。


「だが、安土方もそれが分かったうえで無理に連れ去る気でおるのかもしれん。最悪、帝を人質にとれば我らも無理に攻め寄せるわけにはいかんからの」


「ま、まさか畏れ多くもそのような事を……」


「ありえない、とは言い切れまい。追い詰められた連中は何をしでかすか分からんからな」


 秀吉の言葉に、尊皇の気持ちの強い武将達の顔に強い緊張が走った。


「……」


「……」


「……」


 強い焦慮の色が、各武将達の顔に浮かぶのが分かる。

 もはや勝ち戦同然と考えていた思いも、吹き飛んでいる。仮に勝利したとしても帝殺しなどという汚名を着せられてはたまったものではない。


「大陸遠征組が完全に戻ってからの方が都合が良いと思ったが」


 こうなった以上、と秀吉は告げる。


「一刻も早く京を取り戻した方が良さそうじゃな」


「しかし、殿。擬兵として、殿が連れてきた兵は既に領国に帰しまいましたし、我らが動かせる兵は6、7万ほど。1万ほどは大坂城に残す必要がありますので連れていけるのはおそらく5万を少し上回る程度。兵が減ったとはいえ、未だに4万以上の兵を持つ安土方と無理に野戦を挑む必要はないかと」


 三成が口を挟んだが、それを遮る者がいた。


「お主は黙っておれ。殿がお決めになった事だぞ」


 清正である。

 名護屋城での一件以降、二人の仲はかなり険悪になっていた。


「何?」


 一瞬、三成の目が鋭いものへと変わる。

 不穏な空気が、大広間に漂い始める。


「よ、よさぬか! 殿の御前だぞっ」


 窘めるように言ったのは、秀次である。

 二人が不仲になった一因を、自身の名護屋城攻めで手間取ったせいだと考えている秀次にとって、さらなる恥の上塗りは避けたかった。


「……」


「……」


 清正と三成もまた、一応は秀次の顔を立てたのか黙り込む。

 「さて」と、秀吉が何事もなかったかのように軍議を再開した。


「今すぐに京の奪還に動くよりも、遠征軍が完全に帰ってきてからの方が確実という考えもあろう。帝の避難、いや拉致計画そのものが、安土方の流した狂言という可能性もある。いや、その可能性の方が高い」


 だが、と秀吉は続ける。


「仮に、そうだとしてもだ。帝の簒奪などと、万が一にもあってはならん事だ。そんな事になれば、直接拉致を企てた安土方のみならず、それを見過ごした我らの責も重い」


 実はこの時、秀吉は密かに自身が天下を取ってからの公儀体制に関して考えて

いた。

 この時、足利幕府のように征夷大将軍職に就く者こそが事実上の天下人だという図式が成立していた。

 ゆえに、天下人を目指すのであれば将軍職を――そう考える者は多かった。


 今なお足利幕府は健在とはいえ、今やほとんど名目だけの存在。

 幾らかの、隠棲料を払えば未だ将軍職を手放していない足利義昭もそれを返上するだろうと思われた。


 が、仮に足利幕府が名実共に消滅したとしても秀吉は将軍職には就けない。

 なぜなら、征夷大将軍は源氏長者を意味する存在でもあり、源氏の血を引かない秀吉ではなれない。


 ゆえに、別の形で事実上の天下人として君臨しようと考えていた。

 それには朝廷の心証を良くする必要があった。


 そのためには、例えはったりだとしても帝簒奪を目論んでいるとされる安土方から一早く京を奪還する必要があった。


「では、即座に出陣ですか?」


 清正や三成とは違い、長らく大坂城に籠る羽目になっていた正則にとっては、久々に大坂城外へ出ての戦なのである。

 気分も高揚しているようだ。


「うむ。中心となるのは正則や秀久、長政ら大坂城にいた兵どもじゃ。度重なる大坂攻めでの疲労もあろうが頼むの」


「はっ」


「仕り候」


 正則に続き、仙石秀久と浅野長政も平伏する。


「秀次」


「は、はいっ」


 秀次が緊張した様子で答える。


「お前の配下達にも期待しておるぞ」


「も、もったいなきお言葉……」


 正則や秀久達とは違い、どこか恐縮した様子で平伏する。

 おそらく、名護屋城での失態を穴埋めする為に、何とか戦場で手柄をあげようと考えているのだろう。

 顔には、強い焦りの色が見えた。


「殿! それでは我らはどうなるのですか?」


 ここで大陸遠征組を代表するような形で、羽柴秀勝が訊ねた。

 加藤清正、浅野幸長らも不満そうな表情を浮かべる。


「お主らは、朝鮮半島での戦いで疲労も溜っておろう。即座には無理じゃ。大坂城の警護に残す」


「ここは殿の言葉に甘えよう」


 窘めるように言ったのは、蜂須賀家政だった。

 既に、父である蜂須賀正勝の訃報は届いている。

 偉大な父の死に、かなり気落ちしており戦に赴く気力を大きく削いでいた。それだけに、清正や幸長と違いこの待機命令はむしろ願ったりだった。


「蜂須賀殿……」


 だが、清正は納得しかねる様子で秀吉を強く説得。

 最終的には秀吉が折れ、大陸遠征軍の一部も秀吉の軍勢に加わる事になった。

 加藤清正と浅野幸長らが5000ほどの兵を率いる事になる。


 なお、この軍勢の総大将は秀吉ではない。

 織田信雄だった。

 秀吉はもはや、この戦を己が天下人になる為の布石としか考えていないが、名目上そうはいかない。あくまで、正当な織田宗家の後継者である織田秀信に対する反逆者・織田信孝の討伐というのが建前だ。

 未だ幼年の秀信では無理だ。となれば、大坂城にいる成人した信長の息子の中で、名目上とはいえ数万の大軍勢の大将になる資格があるのは彼ぐらいしかいないのだ。

 とはいえ、実質的な指揮は秀吉が取る事になるが。


 こうして、信雄を総大将とする秀吉ら5万数千ほどの軍勢が京の奪還を目指して大坂城を発したのである。


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