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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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91話 名護屋城6

 肥前――名護屋城。

 東では、小牧での戦いで徳川家康や織田信包率いる大坂方が織田信孝の軍勢を破り、岐阜城を奪っていた頃。


 ようやく、念願の奪還のなったこの城の大広間に武将達が集っている。この広間の一部にも、攻城戦の痕が残っているが気にするような余裕はなかった。


 上座の席には、羽柴秀次と羽柴秀長。


 その下座には、対面する形で武将達が並んで座っている。


 宇喜多秀家、宮部継潤、田中吉政、石田三成、山内一豊、堀尾吉晴、中村一氏、亀井茲矩、有馬晴信、金剛秀国ら。

 彼らは、主に名護屋城包囲軍の指揮を執っていた者達だ。


 それらを睨むように座っているのは、羽柴秀勝、前野長康、加藤光泰、加藤清正、細川忠興、吉川広家、小西行長、加藤嘉明、蜂須賀家政、脇坂安治、浅野幸長、島津義弘ら。


 朝鮮の地から、ようやく撤退なった彼らが対面していたのである。


「……」


「……」


「……」


 大小の違いはあれど、何か言いたげな視線で名護屋城包囲組を睨みつけていた。

 それらの視線が分からないほど、彼らも鈍感ではない。

 明らかに、険悪な雰囲気が場に漂う。


「……よくぞ戻られた」


 その険悪な雰囲気のまま、秀次が口を開いた。

 彼としても、この雰囲気は察しているがそれでも口を開かなければならない。


「慣れない朝鮮の地で、多大な苦労をされた事であろう。この地で、ゆるりと疲れを癒していただきたい」


 労わりの籠った言葉だが、大陸遠征組の感情にさしたる変化は見られない。


「……」


「……」


「……」


 声をあげるものはいない。

 だが、その表情はどう見ても和やかなものではない。


 ある意味、当然といえば当然かもしれない。

 海を隔てた朝鮮半島の地で、碌な補給もできないまま彼らは先の見えない戦いを強いられてきた。

 名護屋城が奪還できていれば、もっと楽ができていたはずなのだ。

 そして、それは名護屋城を包囲していていた羽柴秀次をはじめとする名護屋城包囲組に怒りが向けられる。


「……」


「……」


「……」


 だが、いつまでもこんな状態のままでいるわけにはいかない。

 大坂城では、こうしている間にも援軍を待っている状態なのだ。

 それも、数万単位の数をだ。

 そしての為には、大陸遠征軍に加わってもらうしかないのだ。


 しかし、今の大陸遠征組の様子を見る限りそれを言い出すのは躊躇される。

 どうするべきか、と悩む中切り出したのは三成だった。


「今宵はゆるりと休まれ、明日の為に英気を養ってくだされ」


「……何?」


 大陸遠征組の細川忠興の眉がぴくりと動いた。


「左様。大坂では一日千秋の思いで、我らの援軍を待っております。明日にでも各々方には援軍として大坂に向かっていただきたい」


「某達は、ようやくの思いでここにたどり着いたばかりなのでござるぞ。にも関わらず、とっとと大坂に行けと言われるのか」


「大坂城では、一刻も早い後詰を待っているのでござるぞ。いつまでものんびりしている場合ではありますまい」


 その言葉に、大陸遠征組の武将達の顔が一斉に剣呑になる。

 一瞬、刀の柄に手をかけようとした者までいる。


 そんな中。



「……したと思っている……」



 ぼそり、と呟くような声だった。

 だが、直後にそれは大声に変わった。



「我らが、どれほどの苦労をここまでにしたと思っておるっ!」



 凄まじい大音響だ。

 名護屋城包囲組のみならず、大陸遠征組の武将達も、思わず後ずさる。


「か、加藤殿……」


 清正は立ち上がると、三成の元に近寄ると怒鳴った。


「朝鮮の地にいた我らは、兵站は途絶え、援軍が来ないまま孤立無援の戦いを強いられた! 名護屋城を貴殿らが手早く奪い返していればこのような事にはならなんだではないかっ」


 だが三成も負けてはいない。


「そのような物言いは心外でござる。我らは力を尽くしました」


 火に油を注ぐような物言いだった。


 諸将は清正がさらに爆発する事を予想した。

 だが、意外にも清正の返しは冷静だった。


「力を尽くした、か。言葉だけは立派じゃなのう。己らの無能ぶりを棚にあげ」


 ふん、と清正は鼻を鳴らすと、


「だが、貴殿らと大坂の地に籠る殿や上様には関係のない事。ただちに救援に向かうわしてもらう。休息など不要! 今からでも、我らは大坂の救援に向かいましょうぞっ」


 清正の言葉に、蜂須賀家政、浅野幸長といった若手武将達が応じる。


「その通り!」


「我らは、長らく安穏と名護屋城を囲んでいた方々とは違う。今すぐでも、戦えますぞ!」


 それらに感化されたかのように、他の武将達も応じる。


「加藤殿の言う通りじゃ!」


「貴殿らだけにいいところはとらさせん!」


「我らも同じ思いじゃ!」


 そんな彼らを清正は眺めつつ、秀長にそっと目配せした。


 ……これでよろしいですな、秀長様。


 それに気づいた秀長が、小さく笑みを浮かべて頷いた。

 今のやり取りは、芝居だった。


 大陸遠征組の中に溜め込まれていた鬱憤を、清正が代表する形で掃出し、その上で大坂城の救援に向けて大陸遠征組を結束させる。

 今のやり取りの後ならば、疲れているのでもう少し休ませて欲しいなどと言い出す武将もいまい。


 ……まあ、全てが芝居だったわけではないがな。


 そう思いながら、名護屋城包囲組を睨みつける。

 先ほどの言葉は、本心もかなり混じっている。

 名護屋城を囲んでいた彼らが、もっと早くに城を落としていればここまで朝鮮の地で苦労をする事もなかった。

 撤退ももっと順調に行けたはずだ。

 そう思う気持ちが少なからずあったのだ。


 ……ここの連中がもっとしっかりしておれば。


 そう思いながら、名護屋城包囲組を見渡す清正だった。


 特に、石田三成には不信感があった。

 彼は、織田信忠が帰国し、その途上で長宗我部信親に打たれる事になる際。

 ちょうどその直前に帰国していたのだ。

 帰国の時期がわずかでもずれていれば、本来は朝鮮の地に清正ら大陸遠征組と共に残されるはずだったのだ。

 これはただの偶然ではあったのだが、元々三成との間に隔たりのあった清正はどうしても悪意的に考えてしまうのだ。


 いずれにせよ、大坂城救援へと方針は固まった。



 だが、ここで大陸遠征軍の中で清正の意見に同意しなかった者がいた。

 小西行長と、吉川広家である。


「某は、この地に残ろうと思っている」


「何ですと?」


 軽く、場がざわめく。


「小西殿、どういうつもりでござるか」


 非難の色の混じった声が、清正の口から放たれた。

 釜山での一件以降、二人の仲はかなり冷え切っていたのである。


「某は宗殿が心配でござる」


 行長は言った。

 彼は、対馬の宗義智と昵懇の間柄なのだ。


「朝鮮とは、和議を結んだわけではないし、明も信用できん」


 朝鮮との間に、正式に和睦したわけでも休戦協定が結ばれたわけではない。

 織田軍が撤退したからといって、朝鮮側が黙っている理由はどこにもない。今度は、こちらの領土である対馬に逆侵攻してくる可能性も十分にありえるのだ。

 そうなれば、対馬の宗家は織田の援軍なしに朝鮮の軍勢と戦う必要がある。


「それはそうでござるが……」


 それが分かっている為か、三成の声の調子が弱まった。


「皆の者には迷惑をかける、申し訳ない」


 そう言って、行長は平伏した。


「確かに、全軍が撤退してしまうのはまずいか……」


「いやしかし」


「やむをえまい。小西殿は残っても問題ないのではないか?」


 そんな声が、聞こえてくる。


「うーむ、ならばやむをえんか」


 秀次が、行長の名護屋残留を認めた後、広家が口を挟んだ。


「羽柴殿、某は毛利宗家の御屋形様と合流したい。今、御屋形様は佐々成政や島津歳久の軍勢と対峙しているのでござろう」


「それはそうでござるが……」


 秀次は悩むが、広家の意見も認めざるをえない。


 実際問題、約半数の織田家の武将達が離反してしまった事により、織田家の命令系統は無茶苦茶だ。

 広家に同陣を強制する権利など、秀次にはないのである。

 こうして、広家は毛利輝元の軍勢に同陣する事になった。

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