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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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78話 大坂戦線4

 大坂城を包囲する、安土織田軍の本陣。

 この日も、大坂城攻防を巡って軍議が開かれていた。


 さすがに、戦線が硬直してくると、幹部武将達の声にも苛立ちが混じり始めた。


「まだ落ちんのかっ」


「いや、焦る事はない。敵の兵糧だっていずれ底をつく」


「何を言う、そのいずれがいつ来るかが問題なのであろうっ」


「我らの兵糧も無限ではないのだぞっ」


 以前にも話題に出たように、大坂城包囲軍の兵糧は近隣を治める紀伊の滝川一益や大和の筒井定次が大半を負担していた。

 それゆえに、滝川家や筒井家の幹部達が北陸の将兵達に強い批判の声をあげた。


「力攻めをすべきだっ。大坂城が堅城でも、人数でも兵の質でも我らが勝っておる!」


「そうじゃそうじゃ!」


「馬鹿を言え、いかにこの程度の人数差で大坂城を落とせるものか」


「その通りじゃ!」


 どこか、険悪な雰囲気のまま軍議は進む。


 ここで、ぽそりと滝川一益が言った。


「儂からも意見をいいか?」


「滝川殿か。一体何じゃ?」


 議長役の柴田勝家が訊ねた。


「力攻めは難しい。かといって、時間が立てば九州からの後詰がある以上、兵糧攻めも愚策。ならば、他の策がある」


「ほう。それは?」


 勝家が興味を示した。


「調略」


 一益の答えは一言だった。

 が、勝家はさらに興味を持つ。


「なるほど。確かにその手もあるな」


 滝川一益も、信長に仕え上洛前の伊勢平定戦の時から武力だけでなく調略も用いてきた。

 その力量は、勝家も認めるほどなのだ。


「だが、誰を寝返らせる気だ? 小物を寝返らせても効果は薄いぞ」


「秀吉ではなく、信雄の家臣の内応を促せてはいかがだろうか」


「信雄の家臣にだと?」


「その通り。信雄の家臣もこの状況に不安を抱えておろう。いつ来るか分からない、援軍。いつ落とされるか分からない城といった状況ではな」


 一益の言う通り、秀吉の帰還を知り一時は高まった士気も、籠城戦が続くにつれ、少しずつ下降していった。

 兵糧に今のところ余裕はあるとはいえ、数万の兵が籠っている以上、尽きるのは遥か未来ではない。

 いずれ来るであろうその時を恐れ、強い不安を抱く兵も多かったのだ。

 そして、それは将兵のみならず幹部武将にも少ならからずいた。


 元より、彼らは強く決意してこの大坂城に籠ったわけではない。安土方の決起により、緊急避難的にこの城に入った者も少なからずいたのだ。


「それもそうだが……。一体、誰を寝返らせるというのだ」


「津川義近」


 一益は言った。


 津川義近。

 またの名を、斯波義銀という。

 義近は、かつての尾張守護の地位にあった斯波家の最後の当主だ。

 つまり、織田信長よりも格上の存在だった。


 だが、父の斯波義統は川狩りの際に、尾張守護代の織田信友によって謀殺される。その後、信友の襲撃を恐れた彼は信長に庇護を求めた。

 当時の信長は、家督を継いでさして時が経っておらず、東には西上を志す今川家、北には同盟関係が破綻して関係が悪化していた斎藤家という最悪な状況であり、一刻も早く尾張をまとめあげる必要があった。

 その信長からしても、守護を保護するのは尾張統一の大義名分になる。彼を庇護した信長は信友の討伐に成功し、尾張統一へと躍進する事になる。

 が、信長が実権を握り傀儡の立ち位置に甘んじるようになった義近は不満を募らせ、信長の放逐を目論む。


 しかし、企みは露見し、激怒した信長によって追放された。信長にとって、もはや尾張統治の大義名分としての斯波家も不要になっていたようだ。

 だが、しばらく経ってから信長と和解し、信雄に仕えるようになる。

 しかし、今や天下一の身代となった織田家に憚り、斯波姓を捨て津川義近と名乗るようになり、今に至る。


 何より、彼は隠れキリシタンなのである。

 大坂方が誘うのに十分な理由だった。


「それに、義近は名家の生まれという事もあって、交友関係もそれなりに広いようだ。義近を抱き込めば、他にも何人か寝返らせる事が可能かと思うが」


「おもしろい。やって見ろ」


 一益の言葉に勝家も了承し、津川義近の調略が行われる事になった。






 三日後の深夜。

 津川義近の寝所となっている一室。


 夜更けになり、布団の上に座っているものの、義近は横になろうとも、目を閉じようともしない。

 両腕を組み、不気味な沈黙を保っていた。


 目の前には、一通の書状が置かれている。


 安土方からの、書状である。

 安土方に組すれば、倍以上の加増を約束する内容が書かれてある。


 ……やはり、安土方か。


 勝家らが見込んだように、義近の心は安土方に揺れていた。

 大坂方への忠誠心はさしてない。


 ならば、自分を少しでも高く買う安土方へ、と考えていたのだ。

 ここで、単独での謀反ではなく何人かの同僚を巻き込む事を思いついた。

 ここで、弟の津川義冬、その同僚の岡田重孝、浅井長時を抱き込んだ。彼らは、いずれも信雄付きの家老である。

 彼らも現状に不安を感じており、安土方の誘いに乗った。


 その翌日、安土方に了承の返事を送り、安土方も具体的な恩賞の記された書状を送る。

 それが、今の義近の前に置かれている書状である。

 そして、その返書として内応の具体的な内容を書いた。

 彼らの受け持つ京橋口で、手勢の兵を決起させ、一気に安土方の兵を入れるという内容である。


 ここで、屋根裏に気配がした。


「来たか」


 義近が呟くと、黒装束の男が上から飛び降りる。


「こちらが、我が主からの約束のものとなります」


「うむ」


 義近は、それを確認する。


「間違いなく、これは念書だのう。了承した。ただちに、返事を書く」


 既に、先ほど書いたばかりの返書がすぐに差し出された。

 それを、相手は懐に仕舞い込む。


 それを見て、怪訝そうに義近は見る。


「内容は確認せんのか?」


「はい。某の役割はこれを主君に届けるだけと決まっておりますので」


「左様か」


 それ以上に義近は追及する事なかった。

 次の瞬間、黒装束は姿を消した。




 その頃、仙石秀久は大坂城下の見回りをしていた。

 非常時という事もあり、どの兵も緊張状態にあるのが分かる。


 既に、彼は数万石を領する大名なのだから、何も自らが見回りに参加する必要はない。

 しかし、若い頃から戦場で手柄をあげて出世街道を駆け廻った彼からすれば、他人などにやらせるよりも自身で行動した方がはるかにいいと考えていた。


 そのため、数人ほどの信頼できる家臣と共にこの日も見回りをしていた。


 そんな中、城門の近くで妙な気配を感じた。


「……誰だ?」


 警戒体制を解かないまま、近づいてみる。

 すると、城門近くにあった黒い影が蠢いた。


「何者だっ!」


 仙石秀久は、その不審な影に向けて大声で叫んだ。

 瞬間、その影は姿を消そうとする。


 だが、そこは長年、戦場で生き抜いてきた秀久だった。


「やあっ!」


 考えるよりも先に手が出た。

 ほぼ一瞬で手元の槍が、黒装束に突き刺さった。

 辺りに、何やら液体が飛び出る。

 暗くてよく見えないが、おそらくは血だろう。


「ぐっ」


 小さな悲鳴を残しただけで、黒装束は絶命したようだった。

 安全を確認してから、秀久は黒装束に近づく。


「殿、この者は一体……」


 傍らに控える、家臣が問いかける。


「さあな。だが、儂の姿を見て逃げようとしたのだ。おそらくは、安土方の間者であろうな」


 そう言って、秀久は黒装束を調べ始めた。

 一通の書状が見つかる。


 ……これはっ!


 そして、それを見て秀久は驚愕した。


 あの義近が、安土方の幹部達に宛てた書状である。

 内容は、安土方に組する事。


「むむ。これは一大事だぞ……」


 秀久は、津川義近らの内応を知り、驚愕した。


「秀吉様に報告せねば……」


 ただちに、この件は秀吉へと報告された。

 秀吉は、即座に津川義近の身柄を拘束するように指示。

 同時に、書状に書かれてあった岡田重孝と浅井長時、それに義冬の身柄も拘束した。

 安土方の内応工作は、失敗に終わったのである。






 そうとも知らず、津川らが内応すると信じ込んだ攻め手の安土織田軍は攻撃を開始する。


「先に行くぞっ」


 徳永寿昌隊が、手柄を求めて突撃をはじめる。


「我らも続け!」


 不破光治隊も、それに続いた。

 先を争うかのように、両隊は突撃をかける。


 特に、不破光治は自ら太刀を持ってという気合の入れようだった。


 これを、福島正則隊が迎え撃つ。


「撃ていっ」


 配置された鉄砲隊により、銃撃による攻撃だ。

 不破隊や徳永隊の兵達が、悲鳴をあげて倒れていく。


 だが、多少の犠牲は承知の上の攻撃である。

 さして気にする事なく、部隊を前に押し出す。


 大坂城の塀は高いし、堀も深い。

 寄せ手も大坂城をよく知る織田軍の将兵だ。

 当然、大坂城を過小評価していたわけではないだろうが、それでも大坂城はの守りはあまりに険しかった。


 迫る兵を、福島隊の鉄砲部隊が追い払う。

 鉄砲部隊だけでなく、丸太や大石を落としたりもした。


 不破・徳永隊は悲鳴をあげて犠牲者を増やし始める。


 背後から、その不破・徳永隊を支援するように拝郷家嘉の部隊が到着する。

 しかし、支援にはほとんどならず不破・徳永隊同様に犠牲者を増やすばかりだ。


 ……津川達はまだなのか。


 彼らは、すでに内応が露見して津川らが軟禁状態に置かれた事を知らない。

 津川らの内応により、戦局が変わる事に希望を抱き、無謀ともいえる攻撃を繰り返した。


 が、福島正則の巧な采配の前に無駄な死人を出し続けた。


 堀の中に叩き落される者、大坂織田軍の鉄砲玉の餌食になるものらが続出する。

 久々の攻撃命令と言う事であり、寄せては気合を入れてのいた。

 それだけに、戦意が高揚していた安土織田軍の諸将たちはなかなか撤退命令を出せずにいたのだ。


 本陣にて、全体の指揮を執っていた柴田勝家はさすがに不利を察して撤退するように使番を何度も送った。

 だが、彼の指揮下にある部隊は勝家の家臣というよりは信長や信忠の命令で配属された与力武将達が大半なのである。


 勝家の命令に強制力ともいえるものはなかった。


 ゆえに、撤退命令は遅れに遅れ、ようやく寄せ手が撤退を開始したのは既に数千の犠牲者を出した後だった。

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