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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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71話 濃尾戦線1

 尾張小牧山城――徳川・大坂織田連合軍が本拠として使っている城である。


 濃尾国境に、大軍を終結させた徳川・大坂連合軍と安土織田軍の両軍はこの地に多くの砦や城塞を築いた。短期間での事だが、そこは戦乱の世を生き抜いてきた男達。手慣れた作業であり、さして時間はかからなかった。


 だが、それだけではない。

 彼らは、もっと前線にある城を本拠として使いたがっていたのだ。


「小牧山城の修繕はまだかかるのか」


 織田信包がぽそりと言った。

 小牧山城は、かつて美濃攻めを志した織田信長が本拠としていた城だ。が、信長の美濃攻めが完了し、美濃稲葉山城――現岐阜城を奪い取り、本拠とするようになってからは自然と寂れていった。

 その小牧山城を前線の本拠として、これからの安土織田軍との決戦に備えようとしていたのだ。


「何分、敵が近隣にいる状況での事ですゆえ……」


 土方雄久が申し訳なさそうに言った。


「まあ、そう焦る事はありませぬ」


 徳川家康が、信包を安堵させるように言う。

 彼らは、今修繕工事中の小牧山城の検分の為、この地に来ていたのだ。


 小牧山は、平地からわずかに膨らんだような山だ。

 その上に、見下ろすように築かれているのがこの小牧山城なのだ。

 廃城になったとはいえ、かつては織田信長の本拠として使われた城だ。既に、立派な城郭として機能しており修繕工事に対して時間はかからなかった。

 残された作業は、堀を少しばかり深くしたりする程度である。


 だが、一刻を争う今の状況で信包は焦っていた。

 その信包を安心させるように家康は言う。


「時間が経てば、不利になるのは安土方の方ですぞ。名護屋城の包囲軍と、朝鮮の遠征軍が戻ってくれば、10万を超える後詰になりますからな」


「うむ、それはそうだが……」


 むむ、と信包が煮え切らない様子で唸った。


「それはそうと」


 家康が話題を転じた。


「大坂の方には、羽柴殿が入ったようですな」


「うむ。秀信公も、信雄殿もこれで救われよう」


 安堵したような表情を、信包は浮かべる。

 彼もまた、羽柴秀吉という存在が大坂城に入った事で安心しているらしい。


 ……やはり、織田家中で羽柴の名は大きいか。


 家康は、内心でそう考える。


 ……儂と秀吉を比べれば、まだ秀吉の名の方が大きい。それをこの大乱で縮める。いや、一気に抜く。


 ……秀吉は、大坂に籠ったままだという。柴田勝家も大坂城を攻めかねている。あの大坂城は、信忠公が心血を注いで築いた天下無双の城。勝家が戦上手であっても、数万の大軍で攻めようとも、そう簡単には落ちん。


 ……ならば、その間に儂が目の前の信孝軍団を倒せば。


 修繕作業中の、小牧山城から目の前に広がる広大な濃尾の国境を見る。


 ……あの先の信孝を討てば。


 武功第一となり、徳川家康の名は羽柴秀吉を抜く。

 そうなれば、織田家の取り込みも容易となろう。


 ……儂は勝つ。必ずな。


 家康は、強く決意していた。






 美濃岐阜城――安土織田軍の本拠はここに置かれた。


 当初、濃尾国境に来た信孝は徳川家康が戦上手といえども、1万以上の人数差がある以上、容易に勝てるものと思っていた。


 が、短期間で砦や城塞を築き上げた家康は、濃尾国境に堅い防衛線を維持。人数で勝るとはいえ、安土織田軍が容易に攻められないようになっていた。


「さすがは、東海道一の弓取り。見事なものですな」


 軍議の席で、高山重友が言った。


「誠に……」


 中川清秀が同意する。


「感心しておる場合かっ」


 激怒したのは、織田信孝である。

 濃尾国境に、堅い防衛線を張られた為、人数で勝り、しかも犬山城と言う楔を打ちこんだにも関わらず攻め寄せる事ができずに苛立っていた。


「そうは言われましてもな」


 池田恒興が嘆息気味に言った。


「此度の戦い、おそらく最初に動いた方が不利となりましょう」


「うむ。徳川も万全の構えで待ち構えているだろうしの」


 中川清秀が言った。


「かといって、戦上手の家康が不利を承知で攻めてくるとは思えんぞ」


 筒井順慶がうむむと唸っている。


「こっちから仕掛けては不利、かといってあちらから仕掛ける可能性も乏しい、か」


 重友も顎に手を当てて考え込む。

 他の者達の顔も明るくない。


 皆、考え込んでいるようだが妙案が浮かばないようだ。


「ならば、攻める方向を変えてみてはいかがですか?」


 ここで、清秀が発言した。


「攻める方向を変える? どういう意味じゃ」


 信孝が怪訝そうに尋ねた。


「軍勢の一部を動かし、伊賀や伊勢を攻めるべきかと」


「なるほど、そちらに攻める手もあったか」


 信孝は、納得したように頷いている。

 伊賀や伊勢と隣接する近江は勿論、大和の筒井順慶や紀伊の滝川一益は、安土方だ。伊賀と伊勢の侵攻路に困る事はない。


 しばらく、信孝は考え込んでいたが、


「分かった。では、中川清秀と高山重友。お主らは1万5000の兵を引き連れて、伊勢を併呑してこい」


「ははっ」


「御意」


 重友と清秀が答える。


「筒井順慶」


「は」


 筒井順慶が答える。


「お主の手持ちの兵は1000ほどだったな」


「はい」


「ならば、9000の兵を与える。計1万の兵で伊賀に攻め入れ」


「承知しました」


 順慶はこの時点で子の定次に家督を譲り、その定次は筒井軍の大半を率いて柴田勝家と共に大坂城を攻めていた。

 その為、彼が引き連れている兵は少ないのだ。


「では、軍議を終える。儂は、この岐阜の地で吉報を待っておるぞ」


 その言葉で、軍議は締めくくられた。






 やがて、筒井順慶を総大将とした軍勢1万が、まずは伊賀に送り込まれた。

 大和口を通っての、伊賀侵攻である。


 同時に、高山重友と中川清秀が1万5000の兵を率いて伊勢街道から伊勢へと侵攻。

 信雄のかつての本拠でもある、長島城を囲んだ。


 家康は当初、2万5000に減じた岐阜城の敵を、伊賀・伊勢を捨ててでも全軍で叩く事を軍議の席で提案した。

 が、それに信包は反論。

 現状であれば、1万ほど上回るとはいえ、岐阜城は堅城。確実に落とせる保障はない。それよりも、今まさに敵勢に攻め寄せられている分国の城を救援すべきだと主張した。

 信包は、軍勢の大半を尾張に集結させており、伊勢や伊賀にほとんど兵を配していない。

 1万を超える敵勢に抵抗する事もできず、陥落は必至だった。


 家康は渋い顔をしたものの、信包は結局、大坂織田軍2万のうち半数を超える1万2000ほどの兵を引き連れて伊勢長島城の後詰に向かった。

 援軍が到着した事により、伊勢長島城を囲む安土織田軍との間で、本格的なぶつかりあいは起きない。

 その間に、濃尾戦線では2万3000に減じた味方で岐阜城攻略は困難と家康は判断。

 こちらでも、睨みあいが続く。


 その間に、筒井順慶は伊賀上野城、丸山城、柏原城等を攻略。伊賀をほぼ完全に平定してしまった。

 伊賀を平定した筒井軍は、高山重友ら伊勢方面軍と合流。

 伊勢戦線の安土織田軍は2万5000と膨れ上がった。


 が、しかし長島城は木曽川、長良川、揖斐川に囲まれた天然の要塞。

 人数で勝るとはいえ、攻略は難しかった。


 人数差に物を言わせ、無理やりな城攻めを行ったものの、無駄に犠牲者を出しただけだった。

 順慶、重友、清秀らはこれ以上の攻撃を諦め、来た時と同じように、伊勢街道を北上して関ヶ原から美濃岐阜へと戻った。

 一方、大坂織田軍も伊賀は奪われたものの、伊勢長島の防衛に成功した事に安堵し、軍勢を濃尾戦線へと戻した。


 結局、この伊賀・伊勢攻防戦は安土織田軍がある程度の犠牲者を出したものの、伊賀を奪って終わったのである。

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