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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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70話 大坂戦線2

 柴田勝家は7万の軍勢を引き連れて京の都を発して、大坂城を囲んだ。

 摂津に入ってからも、何の抵抗もなかった。


 難なく、安土織田軍は大坂城の包囲に成功していた。


 ……まあ、桶狭間のような例もあるし籠城と決めつけるわけにもいかんか。


 そんな風に警戒していた勝家だったが、妨害らしい妨害は大坂城に到達するまでなかった。

 形ばかりの開城勧告が行われるが、大坂城に籠る大坂織田軍はこれを拒否。


 城攻めが始まろうとしていた。

 改めて、石垣の高さ、堀の深さ、そして大坂城の広大さに圧倒されそうになる。


 ……まさに、天下人の城、よな。


 勝家は内心で呟く。

 だが、この天下人の城を落とす必要があるのだ。


 ……これは、時間との闘いだ。


 勝家も、秀吉と同様の考えをしていた。

 時間が経てば、名護屋城にいる軍勢と大陸遠征軍が戻ってくる。そうすれば、人数の優位は一気に消え失せる。


 ……もっと、味方が欲しい。


 そのために、大坂方を朝敵として欲しかったのだが、それを朝廷は渋った。

 味方として期待していた、池田恒興の娘婿である森長可は、中立を宣言した。佐竹も消極的ながら安土方に着く旨の書状を送っておきながらも兵を徳川領に出そうとしない。

 讃岐の丹羽長秀は明確に安土方に着いた。

 そのため、若狭にいる子の丹羽長重も警戒する必要ができた。

 越前には、柴田勝政を配置しているものの、不安が残った。


 ……越前には、お市がいる。


 正室・お市の方を頭に浮かべる。

 決起した理由の一つでもあった、愛しい正室だ。

 万が一、北庄が陥落するような事態になれば、お市は恥辱に甘んじて敵に下るような女ではない。武士を真似て腹を切りかねない。

 最愛の女性に、そのような末路を辿って欲しくないという思いがある。


 ……いっそ、若狭に軍勢を進めては。


 近江にいる軍勢の一部を回せば、若狭の丹羽領を一気に奪うのも夢ではない。が、現在は積極的に動いていない丹羽長重であっても領内に攻め込まれれば必死に抵抗をするだろう。

 そうすれば、少なくない時間を浪費する。

 そんな時間や兵に余裕があるのであれば、大坂攻めに使うべきだろう。


 ……そうだ。儂の目的は大坂城を奪う事のみ。


 味方が予想よりも少ないとはいえ、敵はもっと少ない。

 実質的には、2万数千から3万程度の敵だ。


 ……必ず大坂城を落とす。


 そう強く決意する勝家だったが、不安の種がないわけではない。

 それは――、



「殿」



 近習から、声をかけられた。


「む……。何じゃ」


 慌てて平静さを取り戻し、近習へと視線を向ける。


「使者が来ております。大坂から」


「何?」


「羽柴秀吉臣下の、黒田孝高と名乗っておりますが。お会いになりますか?」


「秀吉の帷幕か……会おう。だが、身体検査は厳重にな」


「は――」


 近習は下がり、

 やがて黒田孝高が現れた。


「柴田殿、此度は――」


「前置きは良い」


 勝家は、孝高の言葉を遮った。


「何用で参られた。とっとと用件を申せ」


「これはこれは、随分と急かしますな」


「ふん。貴殿とて、二度目の幽閉生活を送りたくはなかろう」


 勝家の視線が、不自由になった孝高の足に向けられる。

 孝高はかつて、織田信長を見限った荒木村重が有岡城で挙兵した際、その説得に赴いたものの、逆に捕縛されて1年近い幽閉生活を送った時期があるのだ。

 その事を指摘され、孝高の眉がぴくりと動いたものの、本題に入った。


「承知しました。それでは」


 と孝高が始める。


「単刀直入に申す。大坂城下にいる、安土方の人質を返還するゆえ、安土城下にいた大坂方の人質も返還していただきたい」


「……む」


 勝家の眉がぴくりと動く。

 安土城下と、大坂城下には、織田軍団の幹部達の妻子が人質として暮らしている。

 そこには、勝家の正室であるお市の方の娘・茶々も含まれていた。


 本音を言えば、決起前に彼ら、彼女らも救出しておきたかったし、事実決起前の集会でそういう案が出た事もある。

 が、急に信孝に親しい者達の人質がまとめていなくなれば怪しまれるという意見が強く、結局は最悪見捨てても仕方がないという結論になった。


 それでも、返してもらえるというのであればそれに越したことはない。


「……安土城にいる人質が交換条件でござるか」


 勝家が言った。

 実際のところ、安土城下にいる大坂方の大名達の妻子に、人質としての価値はあまりないと考えていた。

 人質で無理矢理脅して味方させても、反感を持たれるだけだ。

 かといって、殺してでもしたら間違いなく怨まれる。そうなれば、大坂方の大名達は決死の抵抗を試みる事だろう。


「うーむ……」


 ゆえに、この取引には応じてもいいと考えた。


「それは、秀信公や信雄公、それに羽柴殿はご存じなのか?」


「無論です。それゆえに、某が派遣されたのですから」


 孝高が答えた。


「むむ……」


 もう数秒考えた後、勝家は言った。


「承知した。安土城にいる妻子達は間違いなく、解放いたそう」


 と言った後、


「無論、約束を反故にされるような真似は困るぞ」


「はい。お市様の御息女も無事に解放致します」


 内心を見透かされたようで勝家はどきりとするが、平静を装った。


「……当然だ」






 ――大坂城。


 安土方の有力武将達の人質が解放される事は、当事者である人質達にも伝えられた。


「というわけで、皆様方は柴田殿の元に無事にお届けする事を約束いたします。命を奪うような真似はしませんので、ご安心くだされ」


 秀吉は、できる限り穏やかな表情を作って人質達に告げた。

 皆、不安そうな表情を顔に浮かべている。


「……では、私達はそのまま帰していただけるのですね」


 人質達を代表するように言ったのは、お市の方の娘である茶々である。

 既に、20になろうという彼女は少女としてのあどけなさが消えかけており、代わりに母であるお市の方のような気品が身に付きつつあった。


「無論です。柴田殿達とは、袂を分かつ仕儀と相成りましたが我らは無駄な殺生は好みません」


 そう口にしながら、秀吉は奇妙な感覚が込み上げてきた。


 ……案外、気持ちの良いものじゃのう。


 この場にいるのは、旧守護大名やら高貴な生まれの者が多い。

 そのような妻子達の生殺与奪の権利を持つというのは、思いのほか快感だった。


「……皆様には警護兵もつけ、無事に送り届ける事を約束いたします」


 無論、警護としてだけでなく勝手に逃げ出さない為の監視としての意味合いもあった。


「感謝致します、羽柴殿」


 茶々が軽く頭を下げる。


「茶々殿も、どうかご無事で。またお会い致ししましょう」


 その言葉に、茶々は一瞬顔を引きつらせるがすぐに元に戻す。

 そんな茶々にはは、と秀吉は軽く笑いながらも思う。


 ……うむ。それにしてもやはり高貴な生まれの者はいいのう。


 茶々の実家である織田も浅井も、戦乱の世で名を高めたものの、そこまで高貴な家というわけではない。

 だが、秀吉にとって絶対ともいえた織田信長の姪であり、自分が最初に賜った領地の前領主である浅井長政の娘だ。

 そういう意味では、茶々は別格ともいえる存在なのである。


 ……いずれ、傍に置いておきたいものじゃ。


 ついそんな事を考えてしまう。


 ……いかんいかん。今は目の前の事に集中せねば。


 何せ、いつ大坂城を囲まれてもおかしくない状況なのだ。

 だが、と秀吉は思い直す。


 ……まあ、先の事を考えるぐらい余裕があった方がいいかもしれんな。






 数日後、勝家は信孝の許可を得て安土城で軟禁下にあった、大坂方の妻子達を解放する。

 片方の大坂方も、大坂城下にいた安土方の有力武将達の妻子を解放した。

 両軍共に、人質と親しい者達に本人に間違いない事を確認させてから人質交換はすまされた。


 これにより、両軍共に解放された人質を実家のある領地へと送り返した。現状、実家が敵領の中に孤立しており、送り届けるのが難しいと判断した大名家はこの大乱が集結するまで大坂方の武将の妻子は大坂城、安土方の武将の妻子は安土城に留め置かれたのである。

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