69話 東北戦線
勢力図の挿絵を、Rimaさんからいただきました。
ありがとうございます。
織田秀信を盟主とする、大坂方。
織田信孝を盟主とする、安土方。
いずれにもつかない、中立。
両派に分かれ、日の本を二分する事になったこの大乱も概ねの、勢力図が決まってきていた。
そんな中、東北の地でも大坂方に着く事を決めた勢力が安土方の勢力に攻撃を加えようとしていた。
最上義光と、伊達政宗である。
両者は、叔父と甥の関係でもあった。
共に大坂方に着く事になった、両家は連合していた。
東北の地の大名達は、かつて織田信忠による東北仕置の際に命運は大きく分かれた。早くから織田家と誼を結んでいた、伊達家や最上家は概ね所領を安堵されたが、あくまで織田家の支配を拒んだ蘆名や葛西、大崎らは取り潰され、その所領は没収された。
そして、旧蘆名領には蒲生氏郷を、旧葛西・大崎領には木村吉清を配置して東北の大名達の目付とした。
が、皮肉な事にその木村吉清は信忠を討った安土方に着き、最上や伊達は大坂方に着こうとしていた。
彼らが攻めようとする木村吉清の領土は、元々は東北の大名である大崎家や葛西家の治める地だった。
だが、織田信忠による東北仕置の際に、あくまで織田家に反発。そのまま取り潰された。
以後、この地は吉清に与えられた。
彼の差配できる軍勢はおよそ8000。
一方、伊達・最上は両家が連合した場合に両家が動員できる兵力は領国の留守兵を除いても1万6000はできる。
が、それでも吉清が挙兵したのは頼りになる味方が近くにいたからである。
それが、大崎・葛西同様に取り潰された旧蘆名領を与えられていた蒲生氏郷である。
吉清と親しい間柄であり、キリシタンでもある彼は、キリシタンの保護を唱える安土方に当然加わるであろうと思われた。
しかし、この大乱が始まって一か月以上経った今でも、日和見を決め込んでいた。
木村領に、最上・伊達連合軍が攻め込んでもそれは変わらず、吉清の援軍要請にを拒みこそしなかったものの、応じもしなかった。
ただ、のらりくらりと返答を先延ばしにしていたのである。
倍の人数が相手とあっては、野戦で勝利できないと考えた吉清は寺池城への籠城を決断。
一方の、最上・伊達連合軍も寺池城を包囲した。
人数が倍程度とあっては、強引な力攻めはできない。
そんな中、寺池城攻めの本陣で義光と政宗は会話を交わしていた。
「まさか、信忠公の築いた天下が、こんなにも早く割れるとはのう」
義光は嘆息気味に言った。
民の平和を愛する彼からすれば、織田信孝の行為はそれを無にする暴挙にしか見えないのだ。
だが、政宗はそんな叔父・義光をきょとんとした目で見て、
「何を言うのですか、この大乱は我らが領国を拡大する好機なのですぞ」
政宗が、そんな義光の心情など知った事かと言った口調で言った。
「儂らからすればそうじゃがのう、戦となって犠牲になるのは民達なのじゃぞ」
そんな政宗をギロリと睨む。
その叔父を嘲るように、政宗の顔に失笑が浮かぶ。
「民の犠牲など恐れていては、戦などできませぬぞ。我らは、そのような事を気にする必要などありますまい」
「……そのような態度だと、そのうち民達にも見放されるぞ」
忠告めいた口調の義光だが、政宗は全く気にしていないようだった。
「ははは、確かにあまりにも民を蔑ろにすれば、人心は離れましょう。ですが、民の事ばかり気にしては天下は取れませぬ」
「天下、か。お主は天下を取る気でおるのか?」
「無論です。私にはそれだけの才があるのですから」
「……随分とでかい口を叩くのう」
義光の皮肉に、政宗は動じる事はなかった。
「ま、そんな事はどうでもいいではありませんか。寺池城攻めの算段を建てましょうぞ」
この日の軍議を終えた政宗は、そのまま自身の宿営へと戻った。
が、即座に寝るわけではない。
今度は、最上家の者を除いた伊達家の者ばかりが集まり、第二の軍議を開いていた。
「結局、有効な策を出しませんでしたな」
政宗の重臣・片倉景綱が言った。
彼は、政宗の幼少期からの側近。
後世では、「小十郎」の呼び名が有名となる男だ。
「ま、暫くは形勢を見極める為に城攻めを長引かせる必要があるからの」
政宗はそう言って笑った。
「殿も人が悪い。既に手は打っているくせに」
「まあな。 ……大丈夫であろうな、葛西殿」
政宗の視線が、葛西晴信の元へと向けられる。
彼は、元々この地の領主。
織田家によって改易された後は、伊達家の食客となっていたのである。
「既に、旧臣達の間で話はついております」
そう言って、晴信は平伏すると、政宗は満足そうな笑みを浮かべる。
晴信は、今は吉清に仕えているかつての旧臣と繋ぎを入れ、いつでも反乱を起こせるようにしていたのである。
元々、この地の吉清による統治は安定していなかった。
彼がこの地を与えられるまでの分限は5000石ほどに過ぎず、葛西・大崎領はおよそ30万石で一躍大出世を成し遂げた。
しかし、一気に60倍の所領を持つ事になったとなると、それに見合った家臣の数も必要となる。
吉清は、浪人を雇い入れたり、これまで低い地位にあったものを出世させるなどをして、家臣団の増強を図った。
が、急遽に増員した家臣団では、明らかに与えられた地位に見合っただけの力がなかった。結果、強引な支配を行い、民や葛西旧臣の怒りを買う事になった。
そんなところに、かつての領主である晴信を通して政宗は協力を呼びかけたのである。
現在、籠城している寺池城内にも、晴信と内通している者がかなりいる。
だが、政宗は即座に彼らを動かそうと考えていない。
落城させるのに、都合のいい時期を狙っていたのである。
「失礼」
そこに、静かに入ってきた男がいた。
伊達成実が、苛立った様子で男を怒鳴りつける。
「何用だ、軍議の最中だぞっ」
「申し訳ありません。是非が早急にと」
男は、表情を変えないまま言った。
「構わん。その者は、黒脛巾組の者だ」
政宗が言った。
徳川家の伊賀者や、北条家の風魔党のように、伊達家も独自の諜報集団を持っていた。
それが、黒脛巾組と呼ばれる伊達家の諜報組織である。
「それで、何があった」
「殿。こちらを。安土方と思われる間者が持っておりました」
そう言って、一通の書状を差し出す。
政宗は、それを黙って受け取った。
「……」
無言のまま、読み進める。
そして、読み進めるごとに顔色が変わる。
「綱元っ!」
政宗の視線が突如、鬼庭綱元へと向けられる。
彼もまた、伊達家の重臣であり、父親の代から忠実に政宗に仕え続けた男だ。
その綱元相手に、凄まじい形相で政宗が怒鳴りつける。
他の家臣達は、急変した政宗の様子に驚きながらも、何事かと事態を見ている。
「これはどういう事じゃっ」
政宗が勢いよく、綱元に書状を突きつけた。
「と、殿。如何されたのですか……?」
困惑した様子の綱元に対し、政宗は攻め立てるように言う。
「どうされたも何もないわ! これを見ろ。見覚えがあろうっ」
「そのような事を言われましても……」
綱元もその書状を読み始めるが、やがてそれが青ざめはじめる。
「これは、貴様が安土方との間で交わされた書状であろう」
その言葉に、場がざわめき始める。
家臣団は皆、驚いた様子だった。
その書状は、綱元の名で書かれたものだった。
機があり次第、政宗を暗殺して伊達軍を領国に撤退させるといった内容のものだったのだ。
政宗が激怒するのも当然と言えよう。
無論、この書状が事実ならばの話だが。
「そのような事は……」
綱元は、慌てた様子で否定する。
「では、この書状は何だ!」
怒り狂ったように、政宗はその書状を叩きつけた。
凄まじいその形相に、他の家臣達は口を挟む事すらできない。
「ここに書かれた筆跡は、まぎれもなくお前のものだぞっ」
「濡れ衣でございます。安土方のものが、某の筆跡を真似てでっち上げたに決まっております!」
綱元は、必死に言うが、政宗は聞く耳を持つ様子はない。
「その安土方の間者とやらと対決させてくだされっ! その者が嘘を言っているに決まっております!」
綱元は、必死に抗弁する。
政宗は、黒脛巾組の男に視線を動かす。
「間者の男は、逃亡を図った為、既に斬り捨てております」
「だそうだ」
政宗の視線は冷たいままだ。
「殿。鬼庭殿が、そのような事をするとはとても思えませぬ。やはり、安土方の仕組んだ罠なのでは……?」
擁護するように、成実が割って入る。
その成実にも、政宗は冷たい視線を雪ぐ。
「ほう、随分と綱元を庇うのう。もしかして、お前も安土方と通じておるのか?」
「何を仰る! 某がそのような事をっ」
思わぬ言葉を受け、成実は驚いた。
成実の視線が、縋るように景綱へと向けられる。
景綱は、政宗の最も信頼の厚い側近だ。
それだけでなく、景綱にとって綱元は義兄にあたる。
その景綱の口から擁護して欲しい、と視線をぶつけた。
だが、景綱は特に口を開く事はなかった。
そんな成実など、もはや知った事ではないといった様子で綱元へと再び視線を動かす。
「ふん。では、お前は暫く米沢の屋敷で待機しておれ。時間が経てば、自然とお前の無実は証明されよう。 ……あるいは、安土方と通じておる確固たる証拠が逆に見つかるかもしれんがのう」
「……承知しました」
綱元は、平伏して言うとこの席から立ち去った。
「……」
「……」
後には、気まずい沈黙のみがこの場には残された。
「それでは、改めて軍議に入る」
改めて、寺池城攻めの軍議が開かれたがどこか気まずさが残ったままだった。
そんな中、伊達・最上連合軍の寺池城攻めが再開されたのだった。




