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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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6話 徳川家康

 甲斐国。

 かつての、甲斐武田家の本国ともいうべき地である。

 甲信の切り取りの許可を信忠から得た徳川家康は、その甲斐の地にいた。

 本能寺の変の後、光秀討伐のために軍勢を集めていたが山崎の合戦の報告を聞き、徳川軍は進路を変更。混乱状態にあった旧武田領を平定するために甲斐へと進軍しており、今はその甲斐一国を掌中に治めつつあった。

 この時、甲斐一国を任せられていた川尻秀隆は武田旧臣に殺されており甲斐の国は主なき空白地帯となっていた。それに、甲斐巨摩郡は家康に属する穴山梅雪の遺領だ。

 そこに、武田旧臣であり今は家康に仕える岡部正綱が武田時代の伝手を使い、国人達を慰撫した。彼らも、いつまでも甲斐が不安定な状況にあるのを望ましくないと考えていたのかいとも容易く徳川軍に下った。

 そのため、呆気ないほど簡単に甲斐の大半を徳川軍は掌握する。


 が、問題は信濃だった。

 本能寺の変の後、北条のみならず、柴田勝家らの北陸への進軍も止まり、織田の脅威を脱した上杉までもが信濃を奪い取るべく南下を開始していたのだ。

 北信濃に配置されていたのは森長可だ。『鬼武蔵』の異名を持ち、信長からの信頼も厚かった猛将だ。

 本来であれば、多少不利な情勢であっても上杉軍と戦いぬいたであろう武将である。

 しかし、領国化したばかりの信濃では十分な兵を集める事ができず、しかも信長横死後という事もあり混乱状態にあった。この状況で上杉の大軍を打ち破るのは困難と判断。素早く安全圏の美濃へと撤退した。

 結果、上杉軍は難なく信濃の北端部を制圧。

 さらなる領土を求めて軍勢を南下させていた。


 一方の北条軍もさらなる領土拡大を目指し、信濃佐久郡へと入る。

 主を失い、混乱している織田軍は北条の大軍を前にろくな対応もできなかった。いとも容易く佐久郡は北条の手に落ちた。

 北条も、上杉同様にこれだけで満足する気はなかった。

 さらなる領国拡大を目指して信濃を制圧し始める。


 こうなれば当然、両軍はどこかでぶつかる事になる。

 そこが川中島となった。


 川中島で両軍は対峙する。

 が、一戦する事はなく時間は経過する。


 そして今。

 甲斐の府中にて、北条と上杉の動向を探らせていた家康が軍議を開いていた。


「伊賀者から、報告があった」


 家康には、伊賀者と言われる間諜集団がいる。

 いわゆる忍者達による、諜報組織である。


 その忍からの情報である。


「北条と上杉の間で同盟を結ぶ動きがあるらしい」


「まことですか?」


「うむ、当面は北信濃四郡を上杉領、それより以南を全て北条領とする事で両者は同意するようだ」


 ざわめきが起こる。

 元より、北条と上杉の仲は良くない。

 何せ上杉家の先代当主である上杉謙信は、たびたび関東に遠征して北条領を荒らしまくっていたのだ。

 武田が今川との盟約を一方的に破棄し、三国同盟が瓦解した後は武田という共通の敵に対応するために同盟していた時期もあったが、その同盟はほとんど機能することなく終わり、北条氏康死後に完全に破綻した。


 現在の上杉家と北条家の仲は、むしろ先代の時よりも悪くなっている。

 何せ上杉家当主の上杉景勝が家督を相続する際――いわゆる御館の乱――において景勝は、北条家先代当主の北条氏政の弟である上杉景虎を謀殺しているのだ。


 その仇敵同士が手を組んだ。


「驚くのはまだ早い」


 家康が続ける。


「さらに、北条はこの甲斐の地も狙う気でおる。儂らを一掃するべくこちらに向けて兵をむける気らしい。しかも、上杉軍も同時にじゃ」


 ざわめきはさらに大きくなる。

 北条軍との対決は予想の範疇にあった。

 だが、上杉軍まで加わるとなると予想外だ。


「御屋形様」


 口を挟んだのは、本多正信だ。

 かつて、三河一向一揆の際、家康と袂を分かち、一揆側につき家康と戦った事もある人物だ。

 三河を再平定した後も、正信は帰参する事なく長らく出奔していたがこの時点では徳川家に復帰していた。

 帰参の時期は三方ヶ原の時辺りから本能寺の直前とまでばらけており、正確な時期は不明だが、少なくともこの時点では家康の元に戻っていたようだ。


「なんじゃ?」


 家康が返す。


「北条と上杉が連合するとなると、総勢は優に5万を超えます。それに対し、我らはその半分にも」


「それがどうした」


 はっ、と不快そうな声で正信の言葉は遮られた。


「どうもこうもあるまい。北条も上杉も敵になるというのであれば、まとめて相手をしてやるまでであろう」


 言葉の主は、本多忠勝だ。

 徳川家の誇る猛将であり、桶狭間・姉川・三方ヶ原・長篠といった徳川軍の主だった戦いのほとんどに参戦し、他家にも勇名を轟かせている。

 同姓ではあるが、正信との関連性は他ならぬ本人が強く否定している。それほどに不仲の間柄なのだ。


「しかし、我らは領国化したばかりの駿河からは多くは出せず、三河と遠江の実質二国の兵のみで戦わねばならんのですぞ。劣勢になるは必定」


 正信が反論する。


「まあ、二人とも落ち着け」


 家康が割って入った。


「儂の考えを言う」


 家康の言葉に、家臣たちがじっと黙り込む。

 静かになったのを見計らってから、家康が口を開いた。


「北条も上杉も敵になるというのであれば、相手をしてやるまで」


 忠勝の言葉に賛同するかのようなその言葉に、忠勝の顔がぱっと輝く。


「御屋形様、それでは」


「まあ待て、そう話を先走るな」


 家康が苦笑して話を続ける。


「それでも、北条や上杉の大軍を相手にすれば相当な犠牲者が出る。ならば、できる限り戦を避けれるのならば避ける必要がある。そのためには最大限の手をうつ必要がある」


 そう言って正信に家康は目線を合わせる。

 それだけで理解したように、正信は小さく頭を下げた。


「それにしても北条も上杉も甘い。信長殿が死んだとはいえ、織田家は信忠殿が健在なのだ」


 家康も、信忠の器量を高く評価していた。


「武田征伐の際、隣国だというのに何を見ていたというのか」


 武田征伐の際、織田軍の事実上の総大将となっていたのは信長ではなく信忠だ。

 既に内部分裂が進んでいたとはいえ、それを差し引いてもわずか二か月ほどで武田軍を崩壊させた信忠の力量は決して侮れるものではないはずだ。

 それを上杉と北条はよく見知っていたはずなのに。


 それとも、信忠を過小評価したというよりは信長の力を必要以上に高く見積もっているのか。


「いずれにせよ、北条も上杉も信長殿亡き後の織田家など簡単に傾くと思っていたのであろうな」


 そう言って家康は愉快そうに笑う。


 ……あるいは、両家で手を結べば信長殿は無理でも信忠殿なら対抗できると考えたのか。


「だが、どちらも甘い。後で後悔することになるやもしれんぞ」


「ですが、ここで両家を追い払わなければ我らも危ういですぞ」


 水を差すように言ったのは、石川数正だ。

 今川従属時代からの重臣であり、家康の片腕といってもいい存在だ。家康にとって本貫の城ともいえる、岡崎城の城代を任せた程に信頼する男だ。

 が、家康嫡男の信康の切腹――信康事件以降は信康に近い立場にいたため、その発言力は低下しつつあったが。


「分かっておるわ」


 ふふ、と重臣の忠言に家康は小さく笑う。


「今は迫る、北条・上杉連合軍を退治することのみを考えるとするか。皆の者、励めよ。勝てば甲斐一国のみならず信濃も手に入る。恩賞は望みのままぞ」


 応! と広間の徳川家家臣達が応じた。

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