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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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59話 徳川軍団

 信忠死す。

 この情報は、日本列島を震撼させた。


 父・信長の偉業を引き継ぎ、天下一統を成し遂げた信忠だ。

 その死の影響は大きすぎる。


 その衝撃をさらに上書きするような情報が入る。


 織田信孝――謀反。


 安土に留まっていた信孝が、安土城を占拠。

 大坂の織田秀信に近い将兵達を、安土城から追い払ったのだ。


 そのまま、京の都まで占拠してしまった。


 織田軍団のほとんどは、名護屋城、あるいは朝鮮半島にいる。

 その名護屋城も、今は明智光秀に占拠されており、いつ奪還できるかもわからない状況だった。

 また、九州の佐々、大友らも安土方に組した。

 豊前や筑後は大坂方である、黒田孝高や小早川隆景の領国ではある。また、中国の毛利は今のところ大坂方と行動を共にしているが、佐々成政や大友義統らの警戒の為に大軍を割けない状態だった。

 島津は不気味な沈黙を保っており、動向は不明だ。しかし、島津歳久は明確に安土方に着く事を表明。一方、朝鮮半島にいる島津義弘は必然的に大坂方に近い立ち位置にいた。


 そして、東国はというと、未だ領国の整備がほとんどできていない者も多く、また大坂方や安土方につく義務も義理もない者も多い。

 ほとんどは、日和見を決め込んだ。


 そんな中、最上義光と伊達政宗は大坂方につく事を表明。

 明智の旧臣であり、安土方につく事を表明した木村吉清への攻撃を開始した。蒲生氏郷は、病を理由に名護屋城から自領のある黒川城に戻っていたが、不気味な沈黙を保った。

 安土方の大義名分に、「キリシタンの保護」を入れている以上、レオンという洗礼名まで得ている氏郷は当然、安土方につくと思われたが今のところは同行不明のままだった。


 そして関東。

 関東では、徳川家にとって大きな問題が起きた。

 織田信孝のところに、身柄預かりになっていた北条氏直が、北条家の再興を大義名分として挙兵。

 叔父の北条氏邦、旧臣の松田憲秀、大道寺政繁らを中心に決起した。徳川家も、できる限り北条の旧臣を取り込むべく努力してきたが、それでも完璧というわけにはいかなかった。

 彼らの元に、関東征伐後に浪人となった者たちが続々と集まり始めていたのだ。

 しかも、それを信孝が豊富な資金を背景に支援したのだ。

 やがてそれは、3万もの大軍に膨れ上がり決して侮れる数ではなくなった。


 これに、一番衝撃を受けたのはいうまでもない。

 駿河の徳川家康である。


 信忠との関係が深い彼を誘うのを危険が高いと信孝らは判断し、彼をこの決起に誘う事はなかった。

 また、北条氏直を味方に引き込む際に、北条の再興と同時に関東一円を恩賞にしたのだ。

 関東に太い根を張る家康が、それを了承できるはずなかった。

 当然、彼は大坂方という事になる。


「――やりおるわっ! 信孝め」


 一連の決起を聞いた時の、家康の第一声がこれである。


 信孝や柴田勝家、明智旧臣達による怪しげな噂は家康の耳にも入っていた。

 だが、これほどまでに大規模な謀反を目論んでいたのは家康の予想すら超えていた。


「義元公、信長公、そして信忠公。いずれも、天下に号令するだけの資格がある御方だった……」


 家康は、手を組んで黙考する。


「だが、彼らもまた武運つたなく身罷った」


 ごくり、とここで生唾を飲み込む。


「儂は、これまで主君に仕えるに値すると思う者にのみ仕えてきたし、これからもそのつもりじゃ」


 だが、と続ける。


「この時点の存命者で、儂が仕えるに値する人物など存在するのであろうか」


 家康は自問する。


 このままいけば、信忠の跡を継ぐであろう信忠の子・秀信はまだ幼年ではあるが愚物と評判が悪く父・信忠、祖父・信長とは比べるべくもなかった。

 到底、家康が仕えるに値する人物とはとても思えないのだ。


 ……もはや、いないのか。そんな人物は。


 大樹に隠れ、力を発揮するのは楽だ。

 だが、家康はもう50に近づいている。


 ……本当に、大樹に隠れるだけでよいのか。


 そんな自問自答を繰り返す。


 ……大樹となるような存在ももはやいない。


 家康を圧倒するような相手はもはやいない。


 ……となれば。


「儂自身が動かすべきなのか、天下を……」


 さらなる沈黙が、場を支配する。

 応える者など、誰もいない。


「……」


 決意したように、家康は立ち上がる。


「すぐに結論を出す必要はない、か」


 しかし、と続ける。


「長々と、考えていい事ではない。結論は出す必要がある。遠くない未来に」


 ふう、と一息ついてから家康は続けた。


「……今、決めるべき事は信孝を盟主と仰ぐ安土方を壊滅させる事。そうしなければ、儂も、そして徳川家は破滅じゃ」


 家康は、自室を出ると駿府城の大広間へと向かっていった。






 駿府城の一室に、重臣達が集まっていた。


「皆、揃っておるか」


「はっ。既に軍議の準備は整っております」


 皆を代表する形で、石川数正が言った。


「お待ちしておりました」


 本多忠勝、榊原康政、石川数正、井伊直政ら「徳川四天王」も答える。

 鳥居元忠、酒井家次といった徳川家を支える重臣達の姿も見える。

 家康の子、松平秀康の姿もある。

 徳川水軍を束ねる本多重次、向井正綱といった姿もある。


 明確に安土方につく事を表明している北条再興軍や宇都宮、日和見を決め込んでいるものの今なお警戒対象である蒲生や佐竹といった相手を警戒する為に関東に残っている者を除いたほぼ全ての重臣達がこの場に集っている。


「御屋形様。それでは、軍議を」


 本多正信・正純親子の姿が目に入った。


「……うむ」


 最上位の席に家康はゆっくりと、腰を下ろす。

 数十の瞳が、家康に集まるのを感じた。


「まず、我らの取るべき戦略は何だと思う? 忌憚なく意見を申せ」


 ざわり、と徳川家臣団にざわめきが起きる。

 即座に意見を出す者はいない。


 だが、これは意見がないのではなく誰が発言するべきかで悩んでいるようだった。そんな中、一際よく通る声が部屋に響いた。 


「尾張の信雄殿と連携するべきでしょうな」


 石川数正である。


「北条再興軍は、およそ2万を超えていると聞きます。佐竹の動向も不明です。これの抑えとして関東の兵は動かせません」


 古参の重臣の発言に、榊原康政が続いた。


「信濃の方も放置できんな。川中島の森長可は分からんが、真田昌幸は安土方として上田城で挙兵したらしい」


 森長可は、現状では動向不明。

 しかし、伊達政宗との諍いで信忠を怨んでいる可能性はあったし、既に安土方として挙兵している池田恒興は義父だ。

 安土方に着く可能性は十分にある。


 また、真田昌幸も同様だった。関東では、池田恒興、高山重友、中川清秀らが家康をぐるりと囲む形で安土方についていた。

 家康包囲網ともいうべきものが、できあがっていたのだ。


「――忠隣」


「はっ」


 声をかけられた、大久保忠隣が頷く。


「お主は、関東に戻って秀忠と合流せい」


 忠隣は、北条征伐の後は小田原城を与えられていた。

 本来、彼は江戸の方に詰めるべき人間ではあったが庶務の為、たまたまこの地におり、そんな中で信孝挙兵の報を受けたのである。


「――承知いたしました」


 この時点、元服したばかりの家康の子・徳川秀忠は江戸城にいた。だが、この時点で年齢はまだ11歳。若い、というよりは幼い年齢であり補佐する家臣団の役割は重い。


「秀康」


 次いで、家康は秀忠とは腹違いの兄である秀康に視線を動かす。

 秀忠同様に元服したばかりである。


「――はっ」


「そちに、1万の兵を預ける。信濃を平定せい」


「某が、でございますか?」


「そうじゃ」


 家康は答える。


「南信濃は信孝の直轄じゃが、兵の大半は美濃に集めておるらしいし、川中島の森長可は現時点で動く様子はなく中立を保っている様子だ。となれば、実質的に相手をする必要があるのは上田城の真田ぐらいであろう。1万もいれば、十分に制圧できる。それとも、もっと必要だと申すのか?」


「い、いえ。それほどで十分かと……しかし」


「しかし、何じゃ?」


 家康は、怪訝そうな目で自身の子・秀康を見つめる。


「いえ、その……」


「何が言いたい。はっきりと申せ」


「……」


 秀康は、やがて意を決したように話し始める。


「父上」


 ごくり、と一度生唾を飲み込んでから秀康は続ける。


「某も、濃尾の戦線に加えていただくわけにはいかないでしょうか」


「何じゃと?」


 突然の息子の言葉に家康はかすかに、目を見開く。


「今回、間違いなく一番の激戦地となるのは信雄様と信孝の尾張と美濃の境目――濃尾の戦線になるでしょう。そこに、父上の子として、某もぜひとも」


「秀康よ」


 ぎろり、と家康は秀康を睨む。

 その迫力に、秀康つい気圧されるように体を後ろにずらしてしまう。


「は、はい……」


「お前は、徳川家の当主が決めた決定に異を唱えると申すか」


「い、いえそのような事は……」


 秀康が圧倒された。

 どぎまぎとした様子で、かろうじて声を出す。


「そ、某は父上の子であると同時に徳川の将です。当主の決定に異を唱えるなどありえませぬ」


「うむ。では、問題はないな。ならば、儂の命に従い、信州を平定してみせよ」


「しょ、承知致しました……」


 秀康が頷いたのを見て、家康は改めて次の議題に入る。


 詳細が決められ、方針は決まった。

 徳川軍は以後、大きく三手にわかれて各地の脅威に対抗していく事になる。


 家康本隊――総大将は徳川家康自ら。本多忠勝、本多正純、井伊直政、石川数正、酒井家次、奥平信昌、菅沼定盈らを率いる。総勢は1万5000。

 信濃方面軍――総大将は、家康の次男・松平秀康。榊原康政、本多正信、鳥居元忠、木曽義昌らが補佐につく。総勢は1万。

 関東方面軍――総大将は家康と父親違いの弟である松平康元。大久保忠世、大久保忠隣、平岩親吉らの他、真田信幸、池田輝政ら父とは別に大坂方に着いた者達。それに北条氏勝、北条氏規ら関東徳川軍に組する北条の旧臣が率いられる。総勢は2万。

 残りの兵は、中立を保っている佐竹や里見の警戒の為に留守兵として残留。


「ではよいな。各自、各々の役目を果たせっ。次に会うのは、信孝討滅を祝す酒宴の場ぞっ」


 家康の言葉に「応っ!」と徳川家臣団が応じる。

 こうして、徳川軍団の反攻が始まろうとしていた。

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