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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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5話 羽柴秀吉

 播磨姫路城。

 数年前、織田軍団の中国方面軍の総司令官として中国地方を平定させるため織田信長は播磨へと羽柴秀吉を送り込んだ。その羽柴秀吉の拠点にと、当時小寺孝高と名乗っていた黒田孝高が自ら差し出した城である。

 以前は、もっと規模の小さな城だったが今は改修工事を終えており織田家の重臣の居城にふさわしい規模の城になっている。


 この地を、秀吉は二か月ぶりに訪れていた。

 が、かつてこの城を訪れたのがはるか昔のように感じられる。


 何せ、秀吉はこの城を発して以降、山崎の戦いや清州会議での激務をこなし、ほとんど休む間もなく働き通しだったのだ。


 この姫路城で秀吉は有力家臣を集め、この二か月の慰労をかねてのささやかな酒宴を開いていた。


「やれやれ、久しぶりに休めるわ」


 ゆっくりと、秀吉が腰を下ろした。

 主に倣うように、家臣達も次々と腰を下ろす。

 羽柴秀長、蜂須賀正勝、前野長康、浅野長政、黒田孝高、加藤光泰らの羽柴軍を支える幹部達だ。


 間もなく、酒と肴が用意された。


「しかしの、信忠様が即座に織田家をまとめてくれて助かったわ」


 そういうと、自分で杯に酒を注いだ。

 他にこの場に人はおらず、酌をする者はいない。

 これは気の知れた者ばかりを集めた、密議でもあるのだ。


「まことに……」


 長康が同意するように頷く。

 彼は、秀吉が歴史の表舞台に出る前からの朋友であり、信頼の厚い重臣だ。古参中の古参といってもいい。


「一時は、どうなる事かと思いましたが……」


 正勝も続いた。

 こちらも同じく秀吉がまだ織田家の末端の末端にいた時期からの朋友。美濃攻め以降、秀吉が日の出の勢いで出世していく中、参謀として仕え続けた。


「さすがは、上様のご子息。立派に役目を果たしましたな」


 秀長も信忠を褒めた。

 彼は、秀吉の弟であり数少ない血縁だ。

 武士の生まれではない秀吉にとって、貴重な存在といえる。


「うむ。曲者ぞろいの織田家の家臣の掌握もうまくいっておるようだし、儂も一安心というものよ」


 秀吉は、口元まで杯を運ぶ。


「はたして、これでよいのでしょうかな」


 はじめて、孝高が口を開く。

 後世、黒田官兵衛の名で知られるようになる男だ。

 数年前、織田家に反旗を翻した荒木村重の説得に赴いた際、逆に捕縛されて1年ほどの幽閉生活を余儀なくされた事ある。

 そのため、体が少し不自由になっている。


「? どういう事じゃ孝高」


「いえいえ、信忠様にもしもの事があれば織田家は大混乱に陥った事でしょう。そうなれば、後を継ぐべきは、未だ幼い三法師様のみ。よからく事を目論む者が出たやもしれませんな」


「何が言いたい」


「いえ、某は何も。ただ不安に思った事を口にしてまで。ですが、気に障ったのならばお許しを」


(まったく、こやつは……)


 自身の家臣の不謹慎ともいえる発言に、秀吉は思わず苦笑した。


「いずれにせよ、改めて上様から西国攻略を任されたのじゃ。いっそう励めばな」


「となると、問題は毛利ですな」


 長政が言った。

 長政は、叔父である浅野長勝に子がいなかった関係で、長勝の養子となり浅野姓も相続した。それによって思わぬ縁ができる。

 秀吉の正室・寧々も浅野家の養女になっていたのだ。

 その繋がりから、秀吉に仕えている。


「安国寺殿を通して働きかけておりますが、おおむねは現状に満足しているかと。元より、このままでは織田に勝てぬと考えたからこそ和睦に応じたわけですし」


 孝高が口を挟んだ。


 本能寺の変の後、伯耆・備中・美作の三か国を割譲する事で毛利家は存続を許されている。

 それでも中国地方随一の大大名であることにかわりはないが、播磨にまで手を伸ばしていた全盛期と比べると見劣りする事は否めない。


「信長公が亡くなったとはいえ、信忠様でも織田家はまとまるというところをしっかりと見せつければ毛利もよからぬ事は企まんじゃろう」


「長宗我部の方はどうなのですか?」


 光泰が言った。

 彼は、元美濃斎藤家の家臣。

 斎藤家が織田信長によって滅ぼされた後、秀吉に仕えている。


「こちらはやりたい放題じゃな。好き勝手にしておる」


 本能寺の変の後、大坂にいた信孝の四国方面軍が壊滅してしまい、滅亡の危機に陥っていた長宗我部は完全に息を吹き返していた。

 織田に下る様子もなく、四国中に兵を出している。


「いずれ成敗してくれるわ」


 ふん、と秀吉は不機嫌そうに飲み干した杯を置いた。


「しかし、このまま長宗我部を放置してよろしいので?」


 孝高の言葉に、秀吉は答える。


「当面は、淡路に仙石秀久を入れて牽制させる」


 仙石秀久は、こちらも光泰同様に美濃の出身。

 斎藤家滅亡後、織田家へと属する。その勇猛な風貌を一目で気に行った信長は即座に登用を決めたという。

 そしてその頃、木下藤吉郎と名乗っていた秀吉のところに配属された。

 当時の秀吉の元には、はっきりとした武家の出身者は少なく、それを快く思わずに、内心で軽蔑しながら秀吉に仕えるような者も多かった中で、彼は秀吉見下す事なく真摯に仕え続けた。

 そして、姉川の戦いや淡路平定戦などでも功績をあげている。


「仙石殿ならば問題はないかと……」


 孝高は納得したように頷く。

 孝高は、秀久と共に淡路に何度か赴いており親交がそれなりにあった。


「ですが、東国の方はどうなるのですかな」


 長政が改めて杯に酒を注いだ。


「うむ……」


 秀吉も杯に酒を注ぐ。

 杯から零れそうになるぎりぎりのところでそれを止めて口元に運ぶ。


「興味があるか、長政」


 その杯の中身を、秀吉は口に含んだ。


「それなりには」


 長政は頷く。

 そうか、と杯を置いてから秀吉は話を続ける。


「北条や上杉は、徳川殿や上様と一戦する気なのかもしれん」


「北条と上杉が、ですか」


「まあ、徳川殿単独ならばともかく、上様もとなれば間違いなく勝てんだろうがな」


「断言できるのですか?」


「できる。国力が違いすぎるゆえな」


 そう言って秀吉は笑う。


「だが、本格的にこの二家を潰すとなればそれなりの時間と費用がかかる。弱体化しつつあるとはいえ、上杉は大国だし北条も関東に覇を唱える大国だ」


 それに、と続ける。


「当分の間は織田家も信長公亡き後の新体制に慣れるための時間がいる。東国に大軍を送る事はできまい。徳川殿単独で戦う必要がある。仮に上様が援軍を送ったとしても、そう多くはあるまい」


 そこで、考えるように秀吉は腕を組んでから言った。


「まあ、当面は徳川殿のお手並み拝見と行こう」


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