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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第2部 大陸への挑戦
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52話 決起開始

 近江――安土城。

 留守居役として残っている、織田信孝がいた。


 この、大陸出兵が始まって以降、織田信忠が名護屋城で指揮を執るため、中央での政務からはどうしても目が遠ざかる。

 その間、大坂城の責任者として残ったのは信忠嫡男の織田秀信――既に元服させている――である。

 が、まだ幼い彼が全権を握っていたわけではない。

 事実上、政務を担っていたのは彼の叔父であり信忠の弟、そして信孝の兄である織田信雄である。


 信孝も、安土城に入り自領の美濃だけでなく、北陸や東国にかけての監督役も担っていたのである。


 ちなみに、東国の覇者ともいえる徳川家康は既に自領へと戻っており、滞りがちだった関東の統治に今は力を注いでいた。

 家康のみならず、最上義光、伊達政宗、佐竹義重らも自領へと戻っている。

 そして、つい最近に上杉景勝も帰国した。


 そんな中での事である。

 安土城に、柴田勝家が訪れていた。


 彼は、越前の北庄城を本拠とするが、自領の統治だけでなく、安土城や大坂城にも何度も訪れていた。

 織田家の重臣として、やるべき事はいくらでもあるのだ。


 だが、今はいつになく真剣な表情での訪問である。

 人払いがなされ、二人きりでの対談となった。


「今こそが好機、であるな」


 信孝が言った。


「はい」


 勝家が答えた。


「決起すべきは、今かと思うが……」


「さすがは信孝様。某も同感です。信孝様が言わなければ、某が進言しようかと思っていたところです」


 勝家はそう言った。

 言葉は静かである。

 丁重でもある。

 が、それでも歴戦の武士である勝家から醸し出される闘気ともいうべきものは、信孝に大きな重圧をかけていた。


「最初の狼煙はどこであがる事になっているのだったかな」


「九州です」


 勝家は短く答える。


「九州というと、名護屋城だったかな?」


「違いますぞ。名護屋は二番です」


 こほん、と小さく咳払いしてから勝家は続ける。


「まずは、肥後で火種が上がるようになっております」


「そうであったな」


 信孝は自分を落ち着かせるように、心臓の当たりに手を当てて、「うむうむ」などと頷いていた。


「な、なあ勝家」


「何ですかな?」


「やはり、今を置いて好機はない。儂もそう思っておったのじゃが……」


 信孝は、一瞬だけ間をおいてから、


「……しかし、家康や景勝も不在であった時の方が都合が良かったのだがのう」


 そう、ぼそりと言った。


「完璧に条件が揃うなど、そうそうありませぬ」


 勝家は静かに言った。


「今の状況は、完璧でないにせよ、それに近い状況が揃っております。今、決起の機会を逃してはならぬかと」


「う、うむ……」


 信孝の顔に、わずかではあるが躊躇の色が浮かぶ。


「しかし、待てば我らにもっと状況が整うやも……」


 ここでかっ、と勝家は目を見開いた。


「信孝様っ!」


 既に、勝家は60を超えている。

 当時としては、完全に老人の領域に踏み入ってはいたが、それを全く感じさせない。

 凄まじい音量で、勝家は怒鳴りつけた。


「な、何じゃ」


 勝家の気迫に、信孝は思わず後ずさる。


「よろしいですか? 今ほどの好条件が揃う状況など、そうはありませぬ」


 鋭い視線が、勝家から信孝に注がれる。


「……それに」


 勝家の表情が、落ち着いたものへと戻っていた。


「明との和議が結ばれたとあっては、この戦いそのものが終わりかねません。そうなれば、次の好機など――ありませんぞ」


 恭順な姿勢とは裏腹に、その言葉には決起以外の選択を許さない、という強い意思が勝家の瞳には宿っていた。


「……」


 信孝も、思わず視線をずらす。

 だが、勝家は眼光を逸らす事なく信孝を見つめ続けた。


「……」


 やがて、信孝はぼそりと言った。


「……分かった」


 ゆっくりと、信孝は立ち合がる。


「……決起じゃ……」


 その言葉は、小さい。

 だが、確かに勝家の耳に届いていた。






 肥前――名護屋城。

 この時期、名護屋在留軍の最高責任者として羽柴秀吉はこの地にいた。


 当然、九州内で起きた出来事は秀吉の元に届けられる事になる。

 大抵の事は、無難に処理できる事ではあったがこの日、秀吉の元に届けられた情報はそうはいかなかった。


「何だと……。梅北国兼が、佐々成政殿の肥後に侵攻したじゃと!?」


「はい。佐々殿の支城である、佐敷城を占拠した模様です」


 報告するのは、黒田孝高である。

 九州に所領を持つ彼は、自然と九州領内の情報が多く入ってくるのだ。


「なんと……」


 その報告に、秀吉は絶句する。

 事実であるのならば、織田政権に対する明確な叛逆行為なのだ。


「梅北はどういうつもりだ?」


「畏れながら、殿。これは明確な謀反かと」


「……」


 秀吉は、思わず黙り込む。

 人様の城を奪っておきながら、はいそうですかですむはずがない。

 そんな事は、梅北国兼もよく分かっている事だろう。


「黒田殿、それは梅北単独での事なのですか?」


 秀吉の傍らに控えていた、福島正則が訊ねた。

 梅北単独では間違っても織田政権に背いたところで勝てない。周りの諸大名に討伐を命じれば瞬く間に蹂躙されるだろう。

 国兼も、そんな単純な計画を立てる男ではあるまい。


 つまり、謀反への協力を約束した黒幕がいるのではないか、と正則は暗に言っているのだ。


 正則の言っている言葉の意味を理解した、仙石秀久が横から訊ねた。


「つまり、黒幕がいると?」


「はい」


「となると――島津か」


「はい。梅北は島津に仕えております。島津の関与を疑うのは当然かと」


「それで、どうなのだ孝高」


 秀吉が孝高に改めて聞いた。


「はい。梅北の決起と同時に島津歳久殿が、不穏な動きをしているようです」


「歳久か……」


 秀吉の顔に苦いものが浮かぶ。

 島津歳久は、九州征伐の際、織田への降伏に最後まで反対した男だ。

 今もなお、織田への従属を選んだ兄を批判している事を島津領に放った忍を通じて、秀吉もまた知っていたのである。


「あ奴もこの機に反旗を翻すというのか……」


「その可能性は高いかと」


 孝高が応える。


「ようやく、明との交渉がまとまろうとしている時期に何と面倒な事を……」


 秀吉が、苦悶の表情を浮かべる。


「しかし、島津義弘殿は上様と共に子息共々朝鮮に渡海しているではないか。それでも島津は背くというのか?」


 秀久が聞いた。

 うむ、と孝高は頷く。


「確かに、義弘殿は朝鮮で織田の為に戦っておる。しかし義弘殿と歳久殿は、近頃は意見が衝突する事も多かったようだ。義弘殿ももしかしたら知らぬのではないか?」


「むむむ」


 秀吉の顔が歪む。


「では、歳久単独の謀反だというのか?」


「そうかもしれませんが、油断はできませんぞ」


 孝高が言った。


「もし、義弘を見捨てる覚悟での、島津家の総意としての謀反であるなら一大事です。梅北の討伐どころではなくなります」


「そうよのう……」


 秀吉が、顎に手を当てて考え込む。


「殿、ここは考える必要はないかと」


 孝高が言った。


「一刻も早く、謀反を鎮圧せねば九州各地に飛び火しかねませぬぞ」


「では、肥後に兵を送るべきだと?」


「某は、そう愚考します」


 孝高はそう答える。


「正則、秀久。お主らの意見は?」


「某も、黒田殿に同意いたします」


「某も」


 正則、秀久が言った。


「……よし」


 秀吉は、決意したように立ち上がった。


「梅北を討伐するっ。長く時間はかけぬぞ、上様が帰国するまでに片をつけるのだっ」

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