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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第2部 大陸への挑戦
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47話 朝鮮戦線12

 釜山海戦で、朝鮮水軍に大打撃を与えた織田水軍は釜山城に凱旋。

 そこまでは良かったものの、晋州城攻略には失敗した。だが、制海権を奪還した事によって航路を確保でき、十分な兵糧の補充ができた為、各地での反徒鎮圧はいくらかは治まりつつあった。

 しかし、まだ安心できない状況が続いている。

 朝鮮水軍は壊滅させたものの、全羅道の水軍基地で再建を急いでいるという情報も入ってきている。

 明への進軍も止まったままだ。


 そのまま信忠は、決して上機嫌とはいえないまま釜山で正月を過ごした。


 相変わらず、大陸の風は冷たい。

 それこそ、今の信忠の機嫌を現しているようにも見えた。


 ……ここらで、手打ちするべきかもしれん。


 信忠渡海後に劣勢だった情勢を、押し戻す事はできた。

 だが、和睦交渉にはもうひと押しが欲しい。


 ……最低でも、半島南部の四道くらいは割譲させねばこれほどの大兵を動員した意味がなくなる。それに、日明貿易の復活もだ。


 独自の辛味を用いた料理の膳が出されているが、好みの味ではない為か、信忠はあまり手をつけようとはしない。


「もうよい、下げよ」


 一瞬、何の事を言われたか分からぬ様子の小姓に、信忠の眉がかすかに吊り上る。


「膳を下げよ」


 ようやく理解した小姓が、慌てて膳を下げた。

 それとは別の小姓に、信忠は命じる。


「……酒を持ってこい」


 今度は早かった。

 小姓はすぐに、酒の用意をする。


「大陸の味は、予の舌に合わんようじゃ」


 小姓たちにそう言って、杯に酒を注ぎ、口元に運ぶ。

 ここで、護衛として信忠に伴っている黒人男性・弥助の方を向く。


「どうじゃ、弥助。大陸は」


「ハイ、イクラカ肌寒ク感ジマスル」


 長らく、日本で暮らしているせいか既に日本語が堪能になっている。

 信忠はそうか、と思うと杯を再び口に運んだ。


「食い物の方はどうじゃ?」


「アマリ、口ニハアイマセヌ」


「そちもそう思うか」


 ふふん、と信忠が上機嫌で言う。

 最近、気難しくなってきたとはいえ、長らく護衛として付き添うこの弥助に対しては別らしかった。


 飲み干した杯を、信忠は置く。

 すかさず、小姓が杯に酒を新たに注いだ。


「だが、北の方で戦っておる雑兵共はそうも言っておられんかもしれんがのう。何せ、戦線を伸ばしすぎたせいで兵站が途絶えつつある。からのう。口に入るものであれば、何でも食す必要がある」


 ここで、いくらか顔が真剣なものへと変わる。


 ……やはり、限界か。


 無念の思いはある。


 ……父上、貴方の意思を継いでみたかった。


 父の夢、明征服をなし得たかった。

 しかし、それは難しい状況だ。


 信忠も優秀な織田家の当主だ。

 今となっては、朝鮮戦線をこれ以上維持する事すら困難である事は、しっかりと理解している。


 だが。


 ……今ならばまだ、朝鮮全域をほぼ制圧している。


 点と点による、部分的な支配といえども朝鮮全域に織田軍団は手を伸ばしている。

 そんな余力のある今こそが、手打ちの好機なのだ。


「だが、もう一つ。もう一つ勝ちが欲しかった」


 ……晋州城の攻略に成功しておれば。


 ぎり、と信忠は歯を噛みしめる。

 そうであれば、南端部割譲の条件を求めやすかったというのに。


 ……しかし、やむをえんか。


 失敗に終わった事をいつまでもぐだぐだ言ったところで仕方がない。


 ぽん、と信忠は手を鳴らした。


「秀吉を呼べい」


 小姓に命じる。

 ほどなくして、秀吉が姿を現した。


「上様、お呼びと聞きましたが……」


「うむ。予は明と和議を結ぶ決意をした」


「は?」


 一瞬、秀吉は驚いたように目を見開くが、そこは秀吉。

 それだけで、信忠の考えを読み取ったようだった。


「承知致しました。それではただちにその準備を」


 信忠もこの決断を本位でない事を秀吉は察しているのだ。

 それゆえに、下手に言葉を増やして機嫌を害しないように訊ねる。


「条件は、朝鮮の下四道の慶尚道、忠清道、全羅道、江原道の割譲。及びに、日明貿易の復活。この二点を重点的に行け」


「はっ……」


「それと、秀吉……」


「なんでございましょうか?」


「行長らに、指示を出した後はそちは名護屋に帰れ」


「は……?」


 信忠の言った言葉の意味がわからず、秀吉はぽかんと口を開ける。


「そちは、昨年に半島の地に上陸して以降、戦い続けで疲れておるであろう」


「そのような事は……」


「隠さずともよい」


 秀吉は否定するが、実際秀吉とその配下達の疲労は大きかった。

 上陸当初、慣れない地での戦闘。

 なかなか言葉が通じない地での生活。

 そして、その地の統治。

 予想以上に、秀吉やその配下の疲れは溜まっていたのである。


「そちの、働きは家中の誰もが知る。名護屋で少し休んだところで、誰も咎めはすまい」


「ははっ、もったいなきお言葉……」


「だから、良い。秀長や行長らも一息ついたら名護屋に戻らせる。ゆえに、そちも安心して名護屋に戻るがよい」


「はっ……」


 指示を受けた秀吉は退室、平壌に残る小西行長や宗義智に指示を出す事にした。


 行長らは平壌に残っていた、明の将校らと対談。

 日本側の要求に対して、上層部の判断を仰ぐためと北京へと戻った。

 同時に、その間での戦闘行為を防ぐ為と再度、50日間の休戦協定を結んだのである。






 休戦協定を結んで、数日後。

 羽柴秀吉、福島正則らは名護屋城へと戻る準備をしていた。

 釜山での事である。


「しかし、儂らに帰国命令とはのう」


 船の上で、秀吉がぼやくように言った。


「何分、殿は上陸以降戦い続けでござったからな。上様が渡海された以上、指揮系統の点では問題ありませぬ」


「そうだがのう。まあ、漢城には秀長、それに三成や光泰が残っておるし問題はないか。しかし……」


「しかし、何ですかな?」


「休戦期間とはいえ、明を信用してよいものかどうか……」


「ですが、以前の休戦協定を結んだ時は何もなかったではありませぬか」


 正則が応える。


「以前はの。だが、今回もという保証はない」


「そうですな。しかし、平壌には小西殿や大友殿が残っておりますゆえ」


「あ奴らを信じるほか、ないか」


 秀吉はふう、と小さく息を吐いた。


「羽柴殿、それに福島殿」


 ここで、秀吉に声をかけられた。


「おお、そなたは確か……」


「金剛秀国でござる。こうして話すのは珍しいですな」


「はい。某は、渡海したばかりですが早々に帰国命令が下されましてな」


「ほう、そうであったか。しかしまた何故に?」


「お恥ずかしい話だが、晋州城の攻略に参加した際、某の部隊の被害が思いのほか多かったのでござるよ」


「なるほど……」


 秀吉は、納得したように腕を組んだ。


「ところで」


 秀国はここで話題を転じた。


「羽柴殿は名護屋城の陣中に流れる妙な噂に関してご存じか?」


「陣中に流れる噂? 何のことじゃ?」


 秀吉が首を傾げた。


「我が旧主・光秀が生きており、上様を弑逆しようという噂でござるよ」


「ああ、その事か」


 秀吉は一笑に付した。


「信じるに値すまい。取るに足らん噂話よ」


「最近では、信孝様が柴田殿や高山殿と結託して上様を放逐しようという噂もござるぞ」


「懸念がすぎるぞ、金剛殿」


「ですが……」


「柴田殿は、亡き信長公の時代からの織田の忠臣じゃし、信孝様も芳しからぬ噂があるとはいえ上様の実弟じゃ。のう、お主もそう思うであろう」


 ここで正則の方を、秀吉はちらりと見る。

 だが、正則は黙したままだった。


「では、羽柴殿は根も葉もない噂に過ぎぬと……」


「そうよ、そんな噂話が流れているとは名護屋城は実に平和なようじゃのう」


 そう言って秀吉は快活に笑った。

 その後も、適当に雑談した後に両名は互いに撤兵作業へと移った。


 こうして、大陸出兵が始まって以降、朝鮮に総司令格として滞在し続けた羽柴秀吉は帰国したのだ。


 そして、朝鮮戦線は新たな局面を迎えようとしている。


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