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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第2部 大陸への挑戦
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38話 朝鮮戦線6

 朝鮮半島――漢城。

 かつて、李氏朝鮮の本拠だったその地は織田軍によって完全に制圧されていた。


 その一室が使われ、軍議が開かれた。

 むろん、議題はこの地の数日前までの主である李王朝をいかに滅ぼすかだ。


「それでは軍議を始める」


 第一軍・第二軍・第三軍の将達が揃っている。

 遠征軍の事実上の総司令官である秀吉の傍には、加藤清正、福島正則、石田三成、小西行長ら若手将校達の姿もある。


「予想以上の速さで李氏朝鮮の本拠を制圧できわけだが、今後の方針はどうするか、皆で話し合いたい」


 何か意見はないか、と秀吉は皆の顔を見合す。


 最も早くに口を開いたのは正則だった。


「予想以上に早い侵攻により、兵站が伸びきってしまっております。ここは我らは漢城に留まり、足場を固めるのが優先ではないでしょうか?」


「ほう? つまりどうするというのだ? 具体的に言ってみろ」


「今の李王朝に力はほとんど残っておりませぬ。おそらくは、平壌で守りを固めて明の援軍を待つつもりでしょう。ならば、無理に平壌を攻めずに南下して忠清道や全羅道を完全に平定すべきかと。そうすれば、この半島の南端部に我々は確固たる基盤を築くことができ、兵站を脅かされることもなくなるかと」


 と、南下策を正則は勧める。

 しかも、


「福島殿の言うとおりでしょうな」


「今のところ兵站に問題はないとはいえ、今後もという保証はない」


「それに、制圧した地域の民達を慰撫もする必要がある」


 などと、正則の意見に賛同するものが続出した。


 だが、それに反対する意見が出た。


「待たれよっ」


「何かな、石田殿」


 正則がじっ、と三成を見つめる。


 内心では、三成も正則と同じ考えを持っていた。

 だが、自分が強い敵対心を持つ正則も同意見とみて、即座にそれを認めることができず、三成も素直に正則の意見に賛同できなくなってきた。


「私はそうは思わぬ」


 不快そうに三成は吐き捨てた。


「今、我が軍は勢いにのっている。ここは、明の援軍が来る前に北上して平壌を攻めるべきと存ずる。朝鮮の王族達が、平壌にも逃れたのは宗主国である明に近く連携をしやすいからでありましょう。明からの援軍ら来る前に、王族連中に完全にとどめをさすべきでござろう。そうすれば、忠清道や全羅道など自然に陥落する」


 どうだ、と言わんばかりに周りを見渡す。


「なるほど」


「確かに、その方が手っ取り早いか……」


 などといった、賛同意見もぽつりぽつりと出る。

 だが、その数は少ない。


 正則をはじめとする他の諸将の顔は明るくない。

 口にこそ出すものはいないが、不満そうな表情を皆浮かべている。


「貴殿らは反対だというのか」


 三成も、自分の策に皆が賛同していない事を悟る。

 強い口調で言い、諸将を睨みつける。


 秀吉は、若手将校達を試そうと考えている為か口を挟む様子はない。


 再び沈黙が訪れるが、数分ほどの時が流れてようやく、口を開いたものがいた。


「……下策ですな」


 鍋島直茂である。


「何ですと!?」


 直茂の物言いに、三成が怒鳴る。


「ただでさえ、兵站を確保できているとは言い難い状況なのですぞ。そんな事をして、無駄に戦線を広げようものならば名護屋との連携が完全に絶たれかねません」


 何か言いかけようと、口を開きかえた三成よりも先に、


「そうだな。某も鍋島殿に賛成だ」


 長可が言った。


 鬼武蔵こと長可は苛烈な武将だが、決して単純なだけの男ではない。

 本能寺の変の際には形勢の不利を即座に悟り、いち早く信濃からの撤退を決断した男でもあるのだ。


「ほう、鬼が理屈を語るか」


 それを横目で見るのは、伊達政宗である。

 弾琴台の戦いで、伊達勢は森勢ごと朝鮮軍に射撃を行い、森勢は甚大な被害を被った。これにより、両者の関係は一気に険悪なものになったのだ。


 ……ふん、田舎大名め。


 長可は、侮蔑の視線を政宗に送った。

 だが、敵地のど真ん中ともいえるこの地では無駄に騒ぐ気はなかった。


 ……だが、名護屋に帰ってから政宗の暴挙を上様に訴えてやるわ。


 内心では、どす黒い思いが渦巻く長可だったが軍議の邪魔をする事はなかった。


「そうですな。ここは足場を固めるためにも南下しておくべきかと」


「兵糧も満足とは言い難いですしな」


「某も同意です」


 の言葉を皮切りに、次々とこの案に賛同する者が出始める。

 だが、なおも納得できない様子で三成は反論を口にしようとする。


「しかし……」


「では、こうしたらいかがでしょうか」


 口を挟んだのは、小西行長だった。


「軍を二手に分け、片方の部隊は平安道に。もう片方の部隊が忠清道を攻めるのです」


 行長の言う案は北上派と南下派の折衷案というべきものだった。

 長くなってきた軍議にだれてきた諸将は、それに賛同を示す。


「なるほど……」


「悪くない策でござるな」


 諸将は口ぐちに言う。


「兵を分散すると申されるのか」


 しかし、三成は未だに不満そうに唇の端を歪めていた。


「はい。一般的には兵の分散は愚策とされますが、我が軍は今のところ敵勢を圧倒しております。多少兵が減っても制圧は可能と考えますが」


「ふむ……」


 と、秀吉が頷きかけた時だった。


「失礼しますっ」


 大慌てで駆け込んできたものがいた。

 秀吉に仕える小姓の一人である。


「おお、お前か」


 秀吉は少し驚きはしたものの、咎める事なく迎えた。


「何かあったのか?」


「はっ。平安道に、先行させていた斥候部隊から報告がありました」


 小姓は続ける。


「明から、援軍が到着した様子。その数10万との事!」


「10万だと!?」


 軍議の席がざわめく。

 とんでもない驚きが、場を支配している。


「静まれっ!」


 秀吉が一括して見せた。

 しん、と一瞬で静まり帰る。


「その数は間違いないのか?」


 秀吉は、小姓に訊ねる。

 場の雰囲気に気圧されるようになるが、気を取り直した様子で小姓は続ける。


「いえ、正確には分かりかねます。ただ、平安道に逃げ込んだ朝鮮の民たちの間で、そのような噂が飛び交っているようでして……」


「うむ……」


 秀吉は、腕を組んで考え始める。


「殿っ。ここはやはり北上策を取るべきですぞっ」


 ここで息を吹き返したように、声をあげたのは三成である。

 じろり、と場の諸将から冷たい視線が注がれるが三成は気にする事なく顔を紅くして続ける。


「この場にいる我らは、総勢でも5万ほどにすぎませぬ。朝鮮軍は瓦解しているとはいえ、それでもまだ数万の兵はおりましょう。明の援軍と合わされば十数万もの大軍になるのですぞ。そのような相手を、北に抱えながら兵を分散するなど愚策というほかありませぬっ」


「待たれよ、石田殿」


 口から唾をとばし、力説する三成を正則が制した。


「敵勢が10万というのは、いくら何でもありえまい。明か朝鮮の流したはったりでござろう」


「なぜそのような事がいいきれるっ」


「いかに明が大国といえども即座に、10万もの兵が動員できるなど考えにくいからでござるよ」


 正則は、出来の悪い生徒を諭すような口調で言う。


「よろしいですかな。我らは、一月も経たぬうちに朝鮮のほぼ首都を制圧した。これは、朝鮮は勿論、宗主国である明の予想すら超える事でござろう」


 そして、と正則は続ける。


「朝鮮側はどうも、今回の大陸侵攻を本気にしておらず防備を怠っていたようでござる。となれば、それは宗主国の明も同様のはず。我らが朝鮮に上陸してくるなど、予想の範疇にもなかったに違いありますまい。ならば、十分な準備ができたていなかったのは明も同様。にも関わらず、10万もの兵をすぐに動かせるとは思えないのでござるよ」


「……」


 正則の反論に、三成は押し黙る。


「貴殿も知っているとは思うが、10万もの大軍を動かすとなれば武器も食わせるだけの兵糧の手配も大変な手間がかかる。これは、明も同じはず。にも関わらず、10万もの大軍を養うだけの準備がすぐにできたとはやはりありえますまい」


「……しかし、明の援軍が来たというのは本当でござろう」


 辛うじて反論の材料を見つけようといった様子で、三成が声をしぼり出す。


「それは事実であろうな」


 小姓から詳しい報告を聞いていた、秀吉が答えた。


「斥候隊からの確かな報告だ」


「何と……」


 軽いざわめきが、諸将らの間に起こる。

 明はやはり大国。その明からの援軍とあっては多少は動揺の色が、武将達の顔に浮かんでいる。


「明も、いきなり自分達の足元まで儂らが迫って焦っておるのであろうよ」


 諸将の不安を吹き飛ばすようにはっはっは、と秀吉は快活に笑った。


「とりあえず、自分達に降りかかる火の粉は振り払おうという気であろう。援軍を送ったというのは多分間違いない。だが、数は正則の言ったように多くはなかろうよ。おそらくは5000前後。大目に見積もっても1万を超える事はあるまい」


「殿……」


 三成が、どこか不満そうな声をしぼりだす。

 秀吉までが、正則の意見に賛同するような事を言っており不満なのだ。


「だが、明の援軍の数が少なかろうが明が本格的に支援に乗り出したとすると我らも本気でいく必要がある」


 秀吉の瞳に、じっと強い決意の色が浮かぶ。


「ここは、三成の言うように北上策をとる」


「殿っ!」


「殿!?」


 三成の歓喜の声と、正則の驚きの声が交差する。


「殿。よろしいのですか、先ほどもいったように北上策は危険も大きいかと」


 正則の反論を、秀吉は手を上下に振って封じる。


「よいのだ、正則」


「殿……」


「ここは、明の軍勢に我らの恐ろしさを一度教えておく必要がある」


 秀吉は言う。


「どれほどの数か知らんが、明の援軍ともに痛撃をあびせれば当面は我らに手を出そうなどという気にはなれんであろう」


「確かに、一度は明軍を叩く必要はあります。ですが、それでも足場を十分に固めずにこのまま攻め寄せるのは危険では……」


「これは戦ぞ」


 秀吉がぴしゃり、と押さえつけるように言う。


「……それはよく分かっておりますが」


「ならば、危険であっても行く必要がある。明日には、秀長たちの部隊が漢城に到着する予定になっておる。秀長らが漢城の守りについてから、儂らは平安道に出陣する」


 こうして、織田軍は北上策を取る事が決まった。

 全羅道や、忠清道といった、未だ未征服の朝鮮半島の南端部は今後、合流予定の部隊が担当する事になった。




 秀吉達が出陣準備を進める中、漢城に龍造寺政家率いる第四軍と、羽柴秀長率いる第五軍が漢城に到着した。


 それとほぼ同時に情報が入る。

 朝鮮半島、北東部の咸鏡道にも朝鮮の王族が逃れたという報告が入ったのだ。


 その事を聞いた、秀吉は悩む。


 咸鏡道にも軍勢を送るべきではないかと。

 咸鏡道は、王族が逃げ込んだ場所というだけでなく北方にも通じている。北方方面から、明へと侵攻する経路が見つける事ができるかもしれない。


 ……うーむ。しかし、朝鮮の軍勢は予想以上に弱かった事だし。それほどの軍勢はいらんかもしれんのう。


 秀吉は悩むが、軍勢をさらに二手に分ける事を決断する。


 織田軍は、二手に分かれて北上する事となった。

 片方は平壌を目指す、秀吉率いる部隊。その数は3万ほど。もう片方は咸鏡道へと進軍する部隊だった。

 だが、秀吉にとっての本命はあくまで平壌。

 咸鏡道方面に多くの兵は割けない。


「うむ。どうするべきか……」


 軍勢を二手に分ける事が決まり、再び開かれた軍議の席で秀吉は悩んだ。兵の配分は決まったが、問題は兵を率いる将の人選だ。

 そして、誰かの名前を口にしようと口を開きかけた時、


「殿。それでしたら自分に兵をお預けください!」


 ずい、と前に出たのは加藤清正だ。

 その瞳には強い自信の色が浮かんでいる。


「お主がか……」


 清正の才を秀吉は高く買っている。

 だが、それでもこの時点の清正は知行は1万数千石ほど。一軍を与えていいものか悩む。


「加藤殿、そういうことならば某たちも同行いたそう」


 そう発言したのは、龍造寺の重臣である鍋島直茂だ。


「おお、鍋島殿か」


「我が主も同意している」


 そう言って、鍋島直茂の主君に視線が集中する。


 父親譲りなのか、小太りな体型をしている男だ。

 龍造寺家当主・龍造寺政家である。

 第四軍を束ねる大将として、秀長と共に漢城の地に来ていたのだ。


 龍造寺政家は、あの「肥前の熊」として恐れられた龍造寺隆信の子とは思えなかった。

 ただし、それは悪い意味での話だ。


 父・隆信には残虐、残忍などという評もあった。だが、そういった一面が戦国の世を生きる武将達をまとめるのに大きく働いていたのも事実であり、だからこそ隆信も九州三傑の一角としての地位を築けていたのだ。

 だが、政家にそういった面はなく戦地でありながらもどこか怯えたような仕草をしている。


「そうですな、殿」


 その政家に、鋭い眼光で直茂が見つめる。

 その眼光に気圧されたように、政家が小さくうなずく。


「うむ……」


 直茂に、主君の命令を待つ臣下といった様子はまるでなかった。


「そうか。龍造寺殿も鍋島殿も、よくぞ言ってくれたっ」


 だが、そのような龍造寺主従に秀吉は喜色を全面に出して礼を言う。


「清正、お主もよいな」


「無論です。武名の高い鍋島殿に助勢していただけるのであれば、これほど心強い事はありません」


「そうかそうか」


 秀吉は破顔した。


 かくして、加藤清正と龍造寺政家、鍋島直茂ら1万ほどの兵が咸鏡道目指して進軍を始めたのだった。


 そして、秀吉自身も3万の兵を率いて漢城を発した。

 向かう先は、平安道――平壌。


 朝鮮軍の残党はもはや敵ではない。

 秀吉にとっての本命は、その背後に控える巨大な敵・明国の援軍だった。


 不安と期待が交錯する中、秀吉の軍勢は平壌へと急いだ。


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