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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第2部 大陸への挑戦
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36話 朝鮮戦線4

 先鋒を任された、伊達政宗の陣。


 そこで、政宗は上機嫌で弾琴台の戦場を見渡した。

 周りでは、先陣を任された第三軍の武将達が慌ただしく行き来している。


 そんな中で、政宗は最高の気分でいた。

 彼らが率いる第三軍は、その大半は東北勢だ。

 本来は、その東北勢の全てが政宗の配下にいるわけではない。だが、今回の戦いでは指揮系統の混乱を避ける為、各部隊の大将に名目上ではあっても指揮下につくようになっていた。


 その為、第三軍には本来は政宗の与力というわけではない東北の小名達も少なからずいた。

 だが、この場では彼らに堂々と命令する事ができるのだ。

 政宗が高揚するのも無理がないだろう。


 しかし、そんな政宗の上機嫌を吹き飛ばすような事が起きた。


「殿っ! 一大事でございますっ!」


 政宗家臣の、伊達成実からの報告である。


「何事だ、騒々しい」


「も、森勢が、昨日の軍議の取り決めを無視して突撃を始めてしまいました」


「何だと! どういう事だ!?」


 政宗が驚いたような声を出す。


 だが、すぐに戦の喧騒の音が聞こえてきてそれらの思考は中断された。

 あろう事か、森勢が勝手に突撃を仕掛けているのだ。


「どういう事だっ! これでは、昨日の軍議は何だったというのだ!?」


「は、はあ……某には分かりかねます」


 戦場では鬼と化す、伊達成実ではあったが、彼をもってしても森勢の暴挙ともとれる行為は理解できかねた。




「見たか、田舎大名めっ! 織田の軍規では、軍議よりも鬼武蔵の意向が優先と知らんのか!」


 森長可は、この日も自ら槍を持って戦場に赴いていた。

 当然、立つ場所は戦の最前線である。


 朝鮮軍は、その狂気すら感じさせる森勢の勢いに戦慄した。

 が、それでも覇気を振り絞り、必死に戦おうと森勢に立ち向かう。

 

 朝鮮軍の兵士が、長可目指して突撃を駆けた。

 この地で長可の名は無名に近い。

 少なくともこの時点では。


 だが、立派な甲冑を纏っていることからそれなりの地位の武将だという事は察したのであろう。

 朝鮮軍の兵が集中してきた。


「それぃっ!」


 が、その朝鮮軍の兵士達を森長可は、ばっさりと斬り捨てた。

 長可にとって、理解不明な言語で悲鳴をあげて兵士は倒れる。


「他愛なしっ!」


 次なる敵を斬り捨てる。


「他愛がないわっ!」


 その次もだ。

 上機嫌のまま、長可は攻撃を続けた。


 が、それを中断させる出来事が起こる。



 ――ダダダダッ!



 雷でも鳴り響いたかのような音が戦場に響く。


 鉄砲隊による攻撃だった。

 何事か、と長可はすぐに理解できかねた。


 前述の通り、朝鮮側は鉄砲の知識に乏しい。

 にも関わらず、これほど大量の銃声が轟いたのだ。

 原因は一つしか考えられない。


「……何をする、田舎大名っ!」




「馬鹿者めがっ! 昨日の軍議で先鋒は、この伊達政宗と決まったのだ。ならば、儂の前をいる者は味方にあらずっ!」


 伊達政宗の声が響いた。

 何と、政宗は森勢が伊達勢の前にいるにも関わらず鉄砲隊に発砲を命じたのだ。


「やれいっ!」


 政宗は、容赦せず鉄砲隊にさらなる射撃を命じる。

 朝鮮軍から悲鳴が聞こえてくる。

 中には、味方であるはずの森勢の悲鳴もだ。


 が、構わずに政宗は鉄砲隊に射撃命令を出し続けた。


 一方の、朝鮮軍に為す術はなかった。


 この時点で開戦しておよそ二週間。

 朝鮮側もほとんど織田軍の戦法を理解していなかった。


 鳥を撃ち殺す為に使うはずの、鉄砲による攻撃部隊の力を完全に過小評価していたのだ。

 大量の火縄銃が火を噴いた。


 朝鮮軍も、ここでやられるわけにはいかないと反撃を試みる。

 だが、朝鮮軍に有力な飛び道具がない。弓を主力とした部隊はあるが、この時既に日本で戦場の飛び道具は弓から鉄砲へと変わりつつあった。

 その日本で戦い抜いた織田軍団相手に、弓などではほとんど効力を持たなかったのである。


 次々と、朝鮮軍の兵士達が鉛玉の餌食となって倒れていく。


「撃てーっ!」


 ――ダダダダッ!


 鉄砲部隊長の命令が下され、再び銃撃音が聞こえる。


 しかも、結果的には森勢が突出していたのは幸運だった。

 森勢との乱戦の間に、鉄砲の射程距離までうまいぐあいに近づく事に成功していたのだ。


 こうなれば、朝鮮軍に逃れる術はなかった。


 無論、倒れていく朝鮮軍の兵士達の言葉を理解できる日本出身の織田軍の将や兵は少ない。

 だが、予想はついた。


『こんな戦い方が、あったのか……』


 驚愕と衝撃、それに恐怖を張り受けた顔で、朝鮮軍の兵士達が倒れていく。




「まるで長篠の戦いですな」


 ぼそり、と秀吉に同行している正則が言う。


「なんじゃ、お主はまだおらなんだ戦の話ではないか」


「某はおらずとも、長篠での功を話したがる者は多くおりますゆえ」


 正則はそう言ってふふ、と笑う。


 長篠の戦いでは、織田・徳川連合軍が武田軍を相手に完勝した戦だ。

 織田信長が鉄砲を大量投入する事によって、武田軍団を完膚なきまでに叩きのめしたのだ。

 実際のところ、鉄砲だけが勝因ではないのだが「大量の鉄砲を使って武田騎馬隊を叩きのめした」という部分のみが誇張して伝わっていた。


「ま、よい。それよりも、長篠通りだといのであれば、甲州武田家のように李王朝からも寝返る者が続出して漢城まで陥落するという事になるが」


「そうなる事を、祈るとしましょう」


「祈るだけか?」


「とんでもありませぬ。祈るだけでは、何も得る事ができませぬ。十全を尽くして行動して、はじめて人は得る事ができるのです」


「さすがは正則よ」


 その答えに、秀吉はにっと笑う。


「はっ」


「ならば、するべき事は分かっておるな」


「無論です」


 正則が立ち上がって見せる。


「一軍を率いる長としての、この福島正則の力を秀吉様にお見せするとしましょう」




「……」


 申リツ将軍の、顔が青い。

 声にならないうめき声をあげている。


 過小評価していた鉄砲隊の、思わぬ反撃に即座に言葉が出てこないのだ。

 そんな事をしている間に、さらに鉄砲隊による犠牲者は増え続ける。


「……」


 こんなはずではなかった。

 そうは思ったが、口には出さなかった。


 だが、戦場で大将がいつまでも放心状態でいてはならない。


「怖気付くなっ、突撃だ、突撃ーっ!」


 申リツは、思考よりも先に言葉が出ていた。

 彼としても、ここで放心状態になっては、即部隊の壊滅につながりかねない事をしっかりと理解していたのだ。



 しかし、彼の声も空しく朝鮮軍の戦意は既に挫かれていた。


 かつて、新大陸に存在して強大な帝国を築いた先住民族達もスペインの持ち込んだ鉄砲の威力に恐れをなし、わずか数十人の兵にその百倍以上の軍勢が戦わずして屈したという。


 無論、新大陸の先住民と違い朝鮮人達は鉄砲の存在をしっかりと知っていた。

 だが、それでも戦場で雷のように轟き続ける銃声は、慣れない者にとって恐怖以外の何者でもなかった。


「ひるむなっ! 突撃だっ、突撃ーっ!」


 だが、朝鮮軍の中にも勇猛な者はいたようであり決死の突撃を駆ける。

 しかし、結果的にそのほとんどは無駄に終わった。


 一方の、織田軍も第二軍にばかり任せてはおれぬと第一軍も包囲戦に加わる。



「殲滅せいっ!」


 第一軍で一部隊を率いる福島正則の声が響き渡る。

 今こそが好機と見た正則は、自軍に突撃を命じた。

 正則同様に宗義智、小西行長といった者たちも戦場に加わる。


「やれ、やれーっ!」


 相手が、いかに相手が戦意を吹き飛ばされた朝鮮軍といっても宗義智や小西行長の勢いは凄まじいものだった。

 朝鮮軍を圧倒し、一方的に押しまくっているのだ。

 朝鮮軍の兵士の、絶叫する声が聞こえてくる。


「ほう……。虎之助の奴が薬屋風情と侮っておった小西殿も、なかなかやるではないか」


 頼りないと思っていた味方の思わぬ奮戦に、正則も感嘆の声を出した。


「儂も負けてはおれんの」


 正則の築きあげた精強な軍勢が、朝鮮軍に襲いかかる。

 再び、朝鮮軍の絶叫する声が響いた。



 すでに、朝鮮軍はぼろぼろになっていた。

 この時点で戦意を維持しているものは、おそらく2割にも満たないだろう。


 ついには、申リツ将軍は撤退を決意する。


「やむをえん、撤退するぞっ!」


 猛将といえども、これ以上の突撃は無謀と判断した申リツは、撤退を決断する。

 だが、それは少しばかり遅かったようだ。


 撤退途中に彼は、川へと落ちてしまいそのまま亡くなった。

 これは、焦る思いからの事故だったのか、それともこの敗退の責任を取っての自害だったのかは分からない。


 だが、確かなのは大将格だった彼が死んだという事実。

 これにより、朝鮮軍は実質的に崩壊した。


 この弾琴台の戦いは、織田軍の完勝に終わったのである。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 長篠通りだといのであれば、 は 長篠通りだというのであれば、 の誤りだと思いました。
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