34話 朝鮮戦線2
いよいよ、織田軍団の兵士達が大陸へと向かう事になった。
織田軍は、対馬大浦から釜山へと向かう。
その軍船の数は700隻。まさに、壮観といえる光景だった。
織田信忠は、当面は名護屋城に留まる。そして、釜山やその周辺の治安が安定してから渡海し、総大将として全軍の指揮を執る事になっていた。
信忠渡海までの間は、羽柴秀吉が総大将として指揮を執る事になる。
その先陣は、その秀吉自らが率いた軍勢だ。
前野長康、福島正則、加藤清正、小西行長、石田三成といった有力家臣団もこれにつき従う。
宗義智、有馬晴信といった九州の小大名の姿もある。
その数は、およそ2万になる。
一方、未だに大陸侵攻に関して半信半疑だった朝鮮側からの妨害は皆無に近い。
倭館から日本人達の姿が消えても、目と鼻の先に前線基地となる名護屋城が完成しても、今なお半信半疑だったのである。
結果としてみすみすと数万の軍勢を釜山に上陸させてしまった。
ここにいたって、ようやく李氏朝鮮側は信忠が本気で大陸侵攻を目論んだ事を悟ったようだ。
だが、時すでに遅し。
鎮城へと、慌てて兵を集めるので精一杯だった。
無論、織田軍が敵の事情など考えてやる必要はない。対応の遅れはむしろ好都合とさえ言えた。
とりあえずは、最初の目的地である釜山の鎮城へと向かう。
鎮城を守護する鄭撥将軍は、ろくに対策をとっていなかった現状の軍勢ではまともな戦闘は不可能と判断。
鎮城で籠って首都からの援軍を待つ策をとった。
一方、羽柴軍もそれで援軍が来るまで待ってくれるようなお人よし集団ではない。
まずは、使者を送り降伏を促した。
が、城側からの回答は拒絶。
織田軍は、攻撃をはじめる。
が、朝鮮の城は常に戦国の世界で使われている日本の城に比べるとはるかに弱い。天守閣も存在せず、塀で囲んだ屋敷といった程度のものだ。
当然、戦国の世で進化し続けた羽柴軍の攻城兵器の前に、まったく歯がたたなかった。
中でも、鉄砲の威力は凄まじかった。
この時期、朝鮮にも鉄砲は伝わっていたがその数はほとんどない。
また、戦乱の世で改良を続けた物と比べると性能も劣る。放ち手の実力もまるで違ったのである。
「やれ、やれーっ!」
宗義智の声が戦場に響く。
対馬に領土を持つ、彼の部隊は当然のように先鋒部隊となる第一軍に編入されていた。
彼は、戦が始まる前はそれの回避に努めた。
日本との交易も、朝鮮との交易も対馬にとっては生命線でありどちらとの関係も途絶えさせるわけにはいかないのだ。
が、それでも主と崇めるのは李氏朝鮮ではなく日本の織田信忠の方だ。
その主が朝鮮への侵攻を決断した以上、それに従うほかない。
釜山は朝鮮でも特に、対馬との交友が多かった地。
中には、見知った顔もあったが容赦する気はまるでなかった。
「我らも負けるなっ!」
小西行長の声も戦場に響く。
「薬屋」などと揶揄されるように、武家の出でない彼はさして武勇に優れた人物ではない。
だが、武勇を持たないものは武家政権である織田政権ではどうしても軽んじられる。
その為、人一倍武功を欲していた。
その行長が、兵を鼓舞して戦う。
行長自身の戦闘経験は乏しかったが、それでも兵達は戦国の世を生き抜いてきた武者たちである。
大した戦闘経験のない、朝鮮兵達を圧倒していた。
「市松には負けんっ! 儂も武功を欲しておるのだっ!」
加藤清正も吼えた。
彼は同格だったはずにも関わらず、九州征伐以降に一挙に数倍の石高を持つようになった正則に対して強い対抗意識を燃やしていた。
元々、海の外の世界にも強い興味を示していた清正である。
この大陸出兵は、彼にとっても待ちに待った事なのだ。
戦意は高揚し、天を突かんばかりの勢いだ。
その清正につられるように、選りすぐりの精鋭部隊である加藤隊が鎮城に猛攻を加え続けた。
「皆、よく動くのう」
そんな彼らを、福島正則は冷静に見ていた。
大局的な視野を持つ彼からすれば、この釜山攻防戦など、前哨戦に過ぎない。こんなところで全力を出してしまえば、今後の戦いに差し支える。
そう考え、適度に気を抜いていた。
また、既に10万石を領する正則は行長や清正と比べ、精神的にも余裕があったのだ。
無論、それだからといって油断するような正則ではなかったが。
そんな織田軍の猛攻を受け、遂に釜山鎮城は陥落し、鄭撥将軍自身も流れ弾によって討死した。
そして、残った朝鮮兵達も逃げるか殺されるかの二択を迫られたのだった。
「予想以上にあっけなかったのう」
完勝、といえるこの結果を見て羽柴秀吉が言う。
占領したばかりの、釜山を見回っている。
「はい、もう少し抵抗があるものと思いましたが……」
清正も同意見のようだった。
自身が手柄を立てる場を求めて参加した清正にとって、この結果は不満なのである。
「まあ、楽にいけるにこした事はあるまい」
小西行長が言った。
行長は、清正とは対照的にあっさりと釜山を制圧できた事に安堵しているようだった。
「それにしても、朝鮮の城は脆弱じゃのう」
清正はなおも不満そうに吐き捨てた。
「それもそうじゃのう」
だが、秀吉は清正の言葉を肯定した。
戦続きの日本の城と比べると、朝鮮の城の防衛能力は低い。
この釜山の城とて、城攻めの達人と言われる秀吉からすれば策を用いるまでもなく落せそうな城だ。
「このような城では、安心して眠る事もできませぬぞ」
「うーむ……」
清正の言葉に、秀吉は顎に手を当てて考え込む。
「これから、渡海してくる大名や武将連中にも普請の才を持った者もいるじゃろう。とりあえずは上様に城を普請するよう、報告に書いておく」
その言葉に清正たちも納得したように頷いた。
なお、その報告を受け取った信忠によって朝鮮の南端部には基地としての城が築かれるようになり、朝鮮側からは倭城と呼ばれるようになる。
そして、釜山にも織田軍の手によって新城が建てられ、この釜山の地は朝鮮攻めの大事な橋頭堡となった。




