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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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32話 名護屋城1

 ついに、大陸出兵が秒読み状態になりつつあった。

 前線基地となる、名護屋城もすでに完成した。


 実際の渡海はまだ少し先にはなるが、今から準備をしている者も少なくない。


 城下には、有力大名たちの屋敷が築かれ、そこで起居する事になる。

 その中の一人である羽柴秀長の屋敷に、金剛秀国は招かれていた。


「忙しいところすまぬの、金剛殿」


 屋敷の主である秀長が言った。

 当然、秀国にも賦役が課せられているのだ。


「いえ、秀長様のお招きとあっては断るわけには」


 秀国がそう言って応じる。


「何、話したいことがあっての」


「さ、こちらに」


 藤堂高虎の案内により、屋敷内に作られた一室に案内される。


「渡海の予定も、概ね決まりましたな」


 秀国がまず言った。


 朝鮮半島に渡海する事になった、織田軍の各部隊はというと。


 第一軍――羽柴秀吉を総大将とし、宗義智、小西行長、福島正則、加藤清正、石田三成らが同陣する羽柴軍団。

 第二軍――森長可を大将とし、毛利長秀、川尻秀長らが率いる東濃、信州勢。

 第三軍――伊達政宗を大将とし、相馬義胤、岩城貞隆らが率いる奥羽勢。

 第四軍――龍造寺政家を大将とし、鍋島直茂、有馬晴信らが率いる肥前勢。

 第五軍――羽柴秀長を大将とし、藤堂高虎、桑山重晴らが率いる秀長を中心とした羽柴軍団。

 第六軍――大友義統を大将とした豊後勢。

 第七軍――毛利輝元を大将とした毛利一族の軍勢。

 第八軍――小早川隆景を大将に、小早川秀包、吉川広家ら毛利両川らが率いる、こ

ちらも毛利一族の軍勢。

 第九軍――長宗我部元親を大将とした四国勢。

 第十軍――羽柴秀勝を大将とし、前野長康や蜂須賀正勝の子・家政ら秀勝を中心とした羽柴勢。

 第十一軍――上杉景勝を大将とした越後勢。

 第十二軍――黒田孝高・長政親子や生駒親正ら羽柴勢。


 現時点での渡海が確定しているのは、十二に分けられた彼らである。

 原則的に、九州や四国、中国地方といった朝鮮半島に近い位置に領地を持つ大名達を中心に占められているが異様なのは東北の伊達政宗だ。


 逆に九州勢であるはずの、島津一族がいないのも異様だった。


 同じく東国に領地を持ちながら、比較的早い時期に渡海する者もいる。

 鬼武蔵こと森長可だ。


「しかし、森殿はまあ、鬼武蔵だから仕方がない事として……何故、伊達殿がこんなにも早い時期に渡海する事になっているのでしょうかな」


 徳川家康を中心とした、東国勢は原則的に渡海予定はない。

 あくまで現時点では、の話だが。


 にも関わらず政宗はこの時期の渡海を希望していた。

 長可に関して疑問は浮かばない。おそらくは、長らく戦地におらず戦いに飢えていた長可が臨んだのだろう。

 鬼武蔵だから、の一言は全てに納得してしまう不思議な力があった。


「本人が強く希望したようです」


 傍らから、高虎が言った。


「家督を継いだばかりだというのに、元気なものよのう」


 しみじみとした様子で、秀長が言った。

 彼もまた、老齢の域に入ってきているのだ。

 ちなみに、伊達家先代当主である伊達輝宗はこの時点で隠居。伊達政宗が家督を継いでいた。


「本人によると、もっと中央の争いが長引いていれば、自分自身が天下人になれたな

どと言っているようですな」


「法螺話もそこまで愉快なものよのう」


 そう言って秀長は苦笑する。

 彼に対する評価はさして高くない。

 先代の輝宗が織田に下って以降、九州征伐などにも顔を出してはいたがとりたてて目立つ武功はあげておらず、諸将の間でもさして評価は高くなかった。

 もっとも、東北での戦いが長引き、そこで武名を上げていれば別だったのかもしれないが。


「まあ、伊達殿の事はおいておいて……本題はそこではないのでは?」


 高虎が言った。


「おお、そうであったは」


 秀長は和やかに笑うと、話題を変えた。


「以前の件、覚えておるか?」


「はい。我が旧主・光秀が生きているという噂の事ですな?」


「そうじゃ」


 秀長が頷く。


「以前の噂じゃがのう……」


「消えてなくなったのですか?」


 秀国が訊ねた。


「その逆じゃ」


 秀長が眉にしわを寄せる。


「以前よりもいっそう、噂が大きくなっておる。光秀だけでなく、柴田勝家殿やお市の方様までもが謀反に加わり織田家の転覆を目論んでという話にまでなっておる」


「何と……」


 あまりにも大きくなった話に、秀国は目を丸くする。


「そ、そのような話を今度はどこから」


「前田殿じゃ」


 秀長は言った。


「兄上は、前田殿とは昵懇の仲での。今でも時折、酒を飲み交わしたりするそうなのじゃが、その時にぽろりとこぼした事があるらしい」


「確かに、前田殿は柴田殿と近い関係にありますが……」


「まあ、所詮は噂じゃ。儂もそこまで本気にしておるわけではない。しかしのう」


 秀長は続ける。


「貴殿は儂よりも、上様に近い立場による。何とか、諌言してくれまいか」


「それは構いませぬが……」


 最近の信忠は、以前以上に他者を寄せ付けなくなっている。

 まるで、かつての信長を見ているかのような錯覚にとらわれる。それでいて、故・信長の夢である征明を果たそうとしているのだ。


「今の上様に、某の言葉が届くかどうか……」


 秀国は自信がなさげに言った。


「それよりも、羽柴様の方がよいのでは? 羽柴様は今や名実ともに筆頭家老といってもいい御立場。羽柴様の言葉の方が説得力がありましょう」


「それは……」


 秀長は言いよどんだ。


「? どうかなさいましたか?」


「い、いや。兄上は、兄上はのう……」


 秀長の視線は泳いでいる。


「羽柴様に何か……?」


 秀国は、問いかけるような視線を向ける。

 それでも、秀長は答えようとしない。

 仕方なく、ここで高虎へと視線を変える。

 だが、秀長が応えないのであれば、といった様子で高虎も答えようとはしない。


「答えにくい事なのですか?」


「い、いやそのような事はない」


 秀長が慌てた様子で言った。


「兄上には言ったのだが、『そのような噂、信じるに値しない。そのような事で、いちいち上様のお耳に入れる必要はない』と言ってのう」


「そうなのですか……」


 秀国は、かすかに驚く。

 羽柴秀吉といえば、小さな情報であっても、くだらない噂話であってもいちいち収集し、主に届けているような男であった気がしていたのだが。


「まあ、そのようなわけなのだ」


「はあ……」


「兄上に言っても意味はなかった。それゆえに、貴殿の口から上様に言って欲しいのだ」


「確かにそのような噂は気になりますが。さきほども言いましたが、上様が聞き入れてくれるかどうか」


「そう言わずに、頼むぞ」


 秀長は、軽くではあるが頭まで下げた。

 そこまでされては、無碍にするわけにはいかない。


「分かりました。必ずや」


「おおっ、礼を言うぞ。金剛殿」


 秀国は頷き、この日の会話はここで終わった。



 そして、いよいよ織田信忠による朝鮮出兵が始まろうとしていた。

 各地から、名護屋城目指して多くの兵が集い始めたのである。

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