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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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31話 征明計画

 大坂城。

 その大広間で、諸大名が見守る中、織田信忠が二名の使者と対峙している。


 使者の名は、黄允吉。そしてもう片方は金誠一という。

 両名ともに、李氏朝鮮国から派遣された使節である。


 対馬の宗義智の説得により、ようやく李氏朝鮮から使節が発せられたのである。


「両名ともに、大義であった。予は日本国主として、貴殿らを心から歓迎する」


「――っ!!」


 開口一番に放たれた信忠の言葉に、軽いざわめきが起きる。

 何せ、今の発言は本来の国主である帝をないがしろにしているととられても仕方のないものだったからだ。

 が、このような場でその発言を窘めるわけにもいかない。

 皆は、顔を見合わせたまま無言のままだ。


 そういった事情を知ってか知らずか、朝鮮国使節の両名は淡々と信忠に対して日本統一の祝いの言葉を述べる。


 言葉が訳され、信忠に伝わる。

 信忠は、それを黙って聞いていた。


「祝いの言葉、それに贈り物はありがたくいただいた。予は日本国主として、貴殿らの忠義を称えよう」


 場が固まる。

 「忠義を称える」など、完全に臣下に対する物言いだ。

 使節達が、激怒してもおかしくない。


 案の定、言葉が訳されると使節達の態度が変わった。

 黄允吉は困惑、金誠一は怒りの色を顔に強く浮かべる。


 が、信忠は構う事なく続けた。


「予は、征明を志しておる。そして、その嚮導役を貴国に任そうと考えておる」


 そして、国書が渡される。


「これは、貴国に宛てた征明計画の指令書である。持ち帰り、よく吟味するとよい」


 訳されたその言葉を聞き、黄允吉と金誠一は驚きの表情を浮かべる。

 「征明」などという言葉ができてた事自体、彼らにとって驚きなのである。宗義智は単に日本統一を祝う為の使節だとしか知らされていなかったのだ。


「貴国は、以前にも元国に対して我が国への道を貸したという。その時と同様にしてくれればよい」


 当然、これは数百年前の元による九州への侵略行為――いわゆる元寇の事を言っているのだろう。

 だが、数百年前の宗主国に、道を貸したのだから今回は自分達に道を貸せなどとはとんでもない話である。

 まして、李氏朝鮮は織田政権に従属しているわけでもないのだ。


 黄允吉と金誠一は、信忠の言葉に驚き、互いに顔を見合わせている。


「また、このような事態にあいなったが我ら本来の目的は日明両国間による貿易の復活である。もし貴殿らの口添えにより、それが叶うのであれば予はそれを賞し、十分な褒賞を賜う事を約束しよう」


 この言葉で、対談は終わった。




 その後、朝鮮に帰国した黄允吉と金誠一は、李氏朝鮮の首都・漢城に慌てて帰還する。

 信忠の意思を国王ら上層部に伝えた。

 が、報告を聞いても信忠に大陸侵攻するほどの力はないと判断。この件に関して朝鮮上層部は無視を決め込んでしまった。


 無論、朝鮮側が大陸侵攻はないと判断したところで信忠の決意はもはや変わらない。この瞬間、「明征服」を目標とする計画は「朝鮮征服」へと変わっただけだった。織田家首脳陣も、朝鮮王朝がこんな一方的な従属要求に応じる可能性は低いと考えており、予想の範疇の事だった。


 そして、織田軍は朝鮮半島を征伐するべく、改めて軍備を整え始めた。

 以前より目をつけていた肥前名護屋の地に巨大な城を築くべく普請奉行に羽柴秀吉――なお、大坂城築城を担当した丹羽長秀はこの時、病に臥せっていた――を命じた。

 諸大名にも、朝鮮半島への渡海の準備を怠らないように指示を出した。兵の提供が難しい東国大名達には、兵糧や船や武器を造る為の資材の提供を命じた。

 島津を通し、織田政権に従属する事を誓った琉球王国も兵こそ派遣しなかったものの兵糧や資材を提供し、織田家の大陸出兵を支援した。

 まさに全国の大名達が、大陸出兵の準備に取り掛かろうとしていたのだ。


 が、信忠の決断を大いに迷惑だと考えた者がいた。

 対馬の宗家である。


 宗家としては、朝鮮との交易が絶たれるのは死活問題になる。

 ほとんどの大名が、本格的に大陸出兵の準備に取り掛かろうという中でもなおも平和的な解決を望んでいた。


 家臣の柳川調信を漢城へ送り、交渉を行った。


 信忠の大陸侵攻は本気である。

 本来、日明貿易の復活こそが望みであり、明や朝鮮を本気で支配する気はない。

 日明貿易の復活が叶うのであれば、征明計画も避ける事ができる。

 といった内容で、説得を試みた。


 だが、この状況でも李氏朝鮮は信忠の大陸侵攻を本気で信じていなかった。というより、そんな力はないという見方が強かった。

 日本は100年以上も、争い続ける野蛮な国であり大陸へと侵攻する力などない。口にこそ出さなかったものの、朝鮮上層部はそういった考えでもあったのだ。

 明や朝鮮の民たちも、「矮小な」「取るに足らない小さな人間」などという蔑称として日本人を「倭人」と呼んでいた。


 さらに悪い事も重なった。

 当時の李氏朝鮮は二つの派閥に分かれていた。

 金孝元を中心とする東人派と、沈義謙を中心とする西人派の二派である。西人派の沈義謙はこの前年に亡くなっていたが、二派の争いはさらに続いていた。

 そして、使節として大坂城に赴いていた金誠一は東人派であり、もう片方の黄允吉は西人派だったのである。

 黄允吉は、「信忠なる王が、大艦隊を編成して朝鮮に侵攻する気である」と織田信忠の朝鮮侵攻に関しての脅威を訴えたが、金誠一は「あの倭人達にそのような気概はない。朝鮮侵攻などただの法螺話」であろうと、報告した。

 当時の朝鮮国は東人派が優位だった。

 そのため、結局は東人派の意見が受け入れられてしまい、目と鼻の先にある対馬、そして肥前名護屋で巨城が築かれはじめているにも関わらず黄允吉の報告は完全に黙殺されたのである。


 宗義智としても、開戦は避けたい。

 しかし、当事者であるはずの李氏朝鮮がまるで危機感を持ってくれないのだ。


 義智自身も直接朝鮮に赴いたが、結局何も変わらなかった。


 交渉は頓挫した。

 もはや、衝突は避けられないと考えた義智は釜山へと戻り、日本の民が多く住む倭館に滞在していた日本人達を帰国させた。

 これは、日本人達の保護と同時に朝鮮半島の事情に詳しい彼らから情報を得るという目的もあった。


 いずれにせよ、平和的な解決はこの瞬間になくなったといってもよかった。




 ――大坂城。


「名護屋城の築城は順調のようじゃの」


 信忠が、最上位の位置にある上座から言った。

 答えるのは、信忠よりも一つ下の座に座る羽柴秀吉である。

 もはや、名実ともにその権勢は筆頭家老だったはずの柴田勝家を凌いでいた。


「はっ。某の家臣共には、築城に長けたものがおりますゆえ」


 二人のやり取りを、背後に控える家臣団はじっと眺めていた。


 名護屋城の築城を任された秀吉は、加藤清正や藤堂高虎といった築城術に長けた者を積極的に使っていた。

 しかも信忠から十分に資金は与えられている。

 決して、他の城に見劣りしないだけの城がいずれは名護屋の地に築かれる事だろう。


「大義である。完成の暁には、十分な褒美をとらそう」


「ははっ」


 秀吉が下がるのを見て信忠は満足そうにうなずく。

 その様は、かつての信長を見ているかのようだった。


 ……最近、ますます信長公に似てきたな。


 前田玄以は、内心でそう呟いた。


 あの「日本国主」の自称の件は、朝廷の耳にも入ったようだが「迂闊な発言は慎むように」と控えめな抗議があっただけだ。

 それ以上、信忠を咎める言葉はなかった。

 また、信忠もそれを気にしている様子はなかった。


 ……いや、信長公よりも質が悪いかもしれん。


 京都所司代として、朝廷との折衝役を任せられている彼からすれば信忠が、未だに無位無官でいる事の方が気になっていた。

 何度言っても、今なお官位を朝廷から受けようとしない。

 玄以は、信忠がどのような公儀体制をつくろうとしているのかまるで分からないのだ。


 ……信長公も、朝廷をないがしろにするところはあったが、それでも朝廷の力を何度も頼っておった。


 かつて、足利義昭によって信長包囲網が敷かれ、窮地に陥った際に袞竜の袖に縋り、危機を乗り越えてきた。

 織田家は、決して家柄が良いとはいえない。元はといえば、陪臣の陪臣の出だ。当時の織田家は、諸国随一の大大名ではあったがその基盤は盤石ではなかったのだ。


 しかし、今は違う。

 明智光秀の討滅後は、北条を倒し、奥羽を平定し、長宗我部、島津を屈服させた。もはや、誰に聞いても織田家が、というよりは織田信忠が天下人だというだろう。


 ……上様は、信忠様は。朝廷に対してどう考えておられるのだ?


 不安が募る前田玄以だったが、それを口にする事はできず、じっと主君である信忠を見つめるだけだった。


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