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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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26話 発禁教令

 大坂城。

 九州統一を果たし、名実ともに天下人となった織田信忠は、この織田家の本拠ともいうべき城に戻っていた。

 信忠の乗った、豪奢な駕籠が城下を通る。


 だが、信忠の表情は不機嫌そのものだった。

 出迎えた家臣団は、その理由を問いただす事はできなかった。

 最近、信長の面影が強く出るようになってきたこの信忠に意見ができる存在が一気に減っていた。

 信長が蘇ったかのような威圧感が、今の信忠にはあった。


 その信忠が大坂城の一室に戻ると、小姓に命じた。


「秀吉たちを集めい。九州の統治の為に残った連中を除いた、家臣団の全員を集める」


 信忠は一人一人の名をあげた。九州に残った者達を除けば、有力大名のほぼ全員である。

 何の為にですか、などとは問いただせる雰囲気ではない。

 小姓は恐る恐る、信忠の名をあげた有力幹部達に使者を発する事にした。




 翌日、有力家臣団が集められていた。

 織田信雄、信孝兄弟。羽柴秀吉、徳川家康、柴田勝家、蒲生氏郷ら九州攻めにも参加した諸将も揃っている。

 九州征伐後、彼らは大坂城城下に与えられた屋敷で起居していた。その為、これほども早い招集が可能だったのである。


 とはいえ、領国への帰国するべく準備をしていた者もいる。

 そういった者からすれば、突然の招集命令など迷惑極まりない。

 だが、絶対的主君として降臨する天下人・織田信忠の命令とあっては逆らいようがない。


「一体、何の用だというのだ?」


「分からん。明や朝鮮を攻めるのは、まだ当分先の事だと思っておったのに……」


「では、九州の国割りをやり直すという話かもしれんぞ」


 そのような私語が交わされる。



 やがて、信忠が入室してきた。

 何のためらいもなく、最上位の上座へと腰を下ろす。


 その仕草も、既に様になっておりまるで生まれながらにしての王の如き振る舞いだった。

 その信忠が、全員の耳目が自分に集まっている事を確認する。

 そして、口を開いた。


「忙しいところ呼び立てて申し訳なく思う。そち達も、忙しい身であると思うゆえ、早速本題に入らせてもらう」


 信忠は緊急の呼び出し簡単に詫びてから、即座に本題に入った。


「キリシタン禁教令を出す」


 信忠が、唐突に言った。

 場が固まる。


 すぐに、信忠が何を言ったのか正確に理解できなかったのだ。

 いや、言葉の意味そのものは理解できる。

 だが、あまりにも大きなその言葉の持つ意味に、皆の表情が硬直してしまっていたのである。


 沈黙が破られ、皆がその言葉の意味をしっかりと理解した途端に場にざわめきが起こった。


 特に驚きの色が大きいのは、蒲生氏郷だった。レオンという洗礼名を持ち、この場に集まる、大大名格の中では最もキリスト教との繋がりが深いのだから。


「静まれ」


 信忠が言う。

 その口調は威厳に満ちていた。


「これから、その理由を説明していく。質問ならば、後でまとめて聞く」


 信忠が口を開いて話し始める。


 元々、キリシタンに関して織田政権は好意的だった。

 そこからの方向転化である。


 そもそも、日本にキリスト教が伝わったのは天文18(1549)年の事。

 いわずとしれた、スペイン人宣教師フランシスコ・ザビエルの来訪である。


 ザビエルは、布教活動に熱心な人物でありその甲斐あって、九州や中国でキリスト教が徐々にではあるが根付き始める。

 その後、畿内へと行き将軍・足利義輝と謁見しようと試みる。

 が、当時戦乱の時代、畿内といえども安全とは言い難く、この時は畿内での布教をザビエルは断念。

 キリスト教に好意的な大友家や大内家の支援を受け、しばらくは彼らの領内で暮らした。


 時代は動き、信忠が生まれて桶狭間合戦が行われた時期となる。その頃には、畿内の事実上の支配者は三好長慶へと代わっていた。

 三好家もまた、キリスト教に好意的だった。

 布教を認めたばかり、教会の設立の許可も与える。


 だが、時代は動く。

 義輝の暗殺、三好の没落といった出来事が重なり、宣教師の未来に暗雲が漂い始めた。


 しかし、そこで台頭してきたのは織田信長である。

 義輝の弟である足利義昭を擁し、上洛を果たす。新たな天下人としての道を歩み始める。

 ここで、宣教師であるルイス・フロイスはその信長と謁見。

 京都での布教と、移住の許可を与えた。


 だが、信長自身はキリスト教そのものにさして興味を示さなかった。

 二つの大海を超え、日の本にまで渡ってまで布教をしようとする宣教師の熱意そのものは高く評価していたが、キリスト教の教えそのものは別だったのだ。

 が、当時の信長は大坂の地を巡って石山本願寺との関係が悪化しており、その対抗馬としての存在を欲してもいた。


 そんな思惑がありつつも、信長はキリスト教を保護。

 結果として、織田家臣団にもキリシタン武将が出始めた。


 が、必ずしも信長がキリシタンの味方だったかというとそうでもない。

 かつて、荒木村重や高山重友が反旗を翻した際には、その説得にイタリア人宣教師のグネッキ・ソルディ・オルガンティーノを使者に送った事があるが、その際に「交渉に失敗した場合は、畿内の教会を全て取り壊したうえに布教を禁止する」と脅しに近い事までやっている。


 その後も、持ちつ持たれつの関係は続きやがて天正10年になる。


 そこで、事件は起こった。

 本能寺の変である。宣教師達を、庇護していた信長が横死してしまったのだ。 


 が、それでも跡を継いだ信忠は原則的に信長のやり方を継承しておりキリシタンに対して好意的だった。

 自分自身こそ、キリシタンになる事はなかったが家臣達がキリシタンに傾倒するのを止める事もしなかった。


 だが、天下人としての道を順調に歩むにつれて南蛮人に対して不信感を抱くようになり始めた。

 イスパニア人は、領土欲が旺盛で日本を支配する気であるという話も聞いた。

 それどころか、イスパニア人達は既に日本は自国の領土だと主張しているなどという話まである。


 それは事実でもあった。

 新大陸やアジアに頻繁に船を出すようになった、大航海時代の常識としてヨーロッパの国々では最初の発見国が、原則的にその国の統治者を名乗っていたのである。

 それらの情報が、信忠を不快にさせたのは事実だがもっと決定的なものがあった。


 それは、九州で日本人を奴隷として売り払っていた南蛮人達である。

 この時代、身体そのものが立派な財産であり国外で売買される事も決して珍しくはなかった。

 信忠がよく伴っている黒人男性の弥助などもその一人だ。


 また、南蛮人達は日本語を覚えるのは熱心ではあっても、自分達の言葉を積極的に日本人に教えようとはしていなかった。

 言語そのものが、立派な武器になりえる事を彼らはよく理解していたからだ。こちらが、一方的に相手側の言葉を知る事はできるがこちらの言葉は、相手は理解できない。

 これは、もし戦争になれば大きなアドバンテージになる事であり、この事もまた信忠の疑惑をなお大きなものにしてしまうものだった。


 また、布教は現地の情報を得るためという意味合いもあると知った。

 無論、そのような目的でばかり布教をする宣教師だらけではない。だが、信忠の心に乗じた疑惑はさらに大きなものへと膨れ上がっていた。


 いずれにせよ、この時点の信忠はキリシタンに対する好意的な感情のほとんどが破壊されてしまったのだ。


「しかも、大友は勝手に領土を南蛮人共に売っているそうではないか」


 信忠の憤りは治まらない、といった様子で言った。

 大友宗麟は、自身の治める領地の一部を宣教師を通じて本国の方へと献上するという形をとっていた。

 立派な売国行為だと、信忠は内心で罵っていた。


 それだけではない。

 信忠は九州征伐の折、南蛮人宣教師が日本人を奴隷として売買しているのを目撃してしまっていたのだ。

 元より、南蛮、というよりはイスパニアに対して警戒心を高めていた信忠である。宣教師に対する心象は最低値になったといってもいい。


 その彼らに対する答えが、今回の禁教令である。


「で、ですが上様……」


 秀吉が必死に反論の言葉を出そうとする。

 秀吉の配下の有力武将や、側室達にはキリシタンが多い。それだけに、自分自身の派閥の弱体化にも繋がりかねないと考えたのだ。


「何だ?」


「布教の件はともかく、南蛮との交易の利はあまりにも大きいです。それらの利も上様は捨てるとおっしゃるのですか?」


「無論、一気に中止にはせん。下手に禁止すれば、南蛮貿易も途絶えかねん。南蛮貿易で得られる利は馬鹿にできんからのう」


 信忠が言った。


「これから、公にキリシタンである事を名乗るのは禁ずる。だが、勝手に祈る事までは止める気はない」


「はっ……」


 これで、秀吉は安堵したように深く平伏した。


 今回出された禁教令は、それほど強制力を持つものではなかった。

 だが、それでもこれは信忠政権に与えた意味を決して小さくはなかったのである。

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