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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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25話 九州征伐2

 肥前国――蓮池城。

 対馬の地を安堵された、宗義智がこの城で織田信忠に謁見した。

 書状を通して既に、織田家と交友はあったが信忠と直接謁見するのは初めてである。


「大義である」


 信忠が言った。


「はっ……。此度は、拝謁の栄誉に賜り光栄であります」


 宗義智が、平伏する。

 儀礼的な話から始まり、他愛もない話へと発展する。


 そんな中、信忠が不意に話題を転じた。


「ところで――」


「何でございましょうか」


「朝鮮半島、それに李王朝について尋ねたい」


「は、はい――」


 宗義智は少し戸惑った後、改めて口を開いた。


「文官の支配する脆弱な土地でございます」


「織田と比べてどうだ?」


「はっ、比較対象にすらなりません」


「そうか」


 信忠はそう言って頷く。


「文化的にも軍事的にもはるかに下ですな。京の都や堺のような華やかな都市もありませぬし、軍事面でも上様の率いる強力無比の織田軍団と比べてはるかに劣ります。何より、朝鮮の地には鉄砲がろくに伝わっておりませぬ」


 義智は織田家を、そして信忠を持ち上げるように言った。


「話に聞く、上様の築き上げた大坂の都市などとは比べ物になりませぬ」


「そうか――」


 自身の城下町を褒められ、どこか嬉しそうな織田信忠だった。

 賞賛をあびた事など、一度や二度ではないはずだが、やはり比較対象があった上での賞賛となると話は違うのかもしれない。


 上機嫌そうな信忠を見て、義智はほっとしかけたが、次の一言で一気に暗鬱な気持ちになった。


「ならば、明征伐の前哨戦となるであろう朝鮮攻めでは楽ができそうだな」


「ははっ――」


 明征伐、そして唐入りの構想そのものは、すでに宗義智に伝わっていた。

 だが、これまではさして本気にしておらず、法螺話の類とばかりに思い込んでいた。


 ……やはり、上様は本気で朝鮮に攻め入る気なのか。


 まだ、この九州の地に織田に影響がほとんどなかった頃。

 本能寺の変で織田信長が横死したばかりの頃は、そう思っていた。


 だが、九州へと織田に勢力を伸ばし、書状のやり取りも増えてくると、どうやら信忠が本気である事も分かってきた。

 本気で、大陸を征服するべく遠征軍を送り込む気なのだと。


 そうなった場合、最初の目標となるのは朝鮮半島を支配する李王朝という事になる。

 それは、対馬の大名である義智にとって他人事ではなかった。

 対馬は、朝鮮との交易がないとやっていけないほどに小さい。

 しかし、それ以上に日の本の支援がないとやっていけない。遠征軍を送り込むとなれば、九州と朝鮮半島に挟まれた位置にある対馬を支配する宗家は当然、最前線に立たされるだろう。そうなれば、朝鮮からの交易が打ち切られるのは必定なのだ。

 板挟みになった宗義智は、慌てて李王朝に、織田に対して友好の意を示すように働きかけていた。

 にも関わらず、李王朝はこの段階になってようやく織田信忠の日の本統一を祝す使者を送るという返答を寄越しただけだった。

 しかも、その使者が来る時期もかなり先のようだ。


 信忠は既に肥前名護屋の地に、前線基地としての城の築城に取り掛かり始めており、李王朝の対応はどう考えても遅すぎる。


 ……これは、最悪の場合を考えた方がいいのかもしれん。


 そう決意する、対馬領主・宗義智だった。






 それはそうと、九州も織田に下る事になったが問題がないわけではなかった。

 豊前城井谷城である。

 この地の城主・城井鎮房は、領国の安堵を条件に織田に下った。

 しかし、島津降伏後に、織田の下した裁定は伊予への加増転封であった。

 約束が違う、と鎮房は激怒した。


「何ともまあ、面倒を起こしてくれる者がいるものよのう」


 報告を受けた、秀吉の言葉である。

 彼からすれば、理解できかねる事だったのだ。

 石高を減らされた上での転封ならばいざしれず、加増された上での転封なのだ。何故それで納得しないのか。

 想像を絶する愚かしさだった。


 秀吉、というよりは織田や羽柴の家中には故地への拘りを持つ者がほとんどいない。

 彼らは、織田の勢力拡大と共に相次いで本拠を変えてきた。信長出生の城である、那古野城から、清州城に。清州城から、小牧山城。そして、岐阜城、安土城、大坂城といった具合だ。

 秀吉も、横山城、長浜城、姫路城と出世街道を駆けると同時に城を変えてきた。

 そのため、城など変え続けるものであり一つの城に執着する城井鎮房の気持ちが理解できなかった。

 理解はできないが、とにかく鎮房が織田の裁定に異議を唱えた事は理解した。従わないというのであれば討ち果たす必要がでてくる。


「黒田孝高に命じる。とっとと鎮房の首を刎ねい」



 かくして、城井征伐を秀吉は決断。孝高に城井谷城を攻めさせた。


 だが、城井谷城は予想以上の堅城であり羽柴軍の誇る戦上手である黒田孝高の力をもってしても落とせない。


「父上、大丈夫なのですか? あまりに時間をかけすぎると上様の不興を買うかと」


 子の、黒田長政が言った。

 城井谷城攻めの、軍議の席での発言である。


「ふん。確かに予想以上にしぶといの。だが、それならばそれで手はある」


 ここで、孝高は一策を練り上げた。


 和睦案を、城井鎮房に出したのだ。

 その条件は、


 ・名目上、城井家は黒田の与力となる事で所領を安堵する。

 ・黒田長政に、城井鎮房の娘・鶴姫を正室として嫁がせる。

 ・城井家の家臣団はそのまま、助命する。


 好餌である。

 鎮房も、天下統一を事実上成し遂げた織田とこのまま戦い続けても展望が開けないと考えたのか、この条件を飲んで城井谷城を開城した。


 だが、これは孝高の罠だったのである。

 長政に、城井一族を中津城に呼び出させ、両家の和睦を祝って酒宴を開いている所に襲撃をかけた。

 ここで、当主の鎮房とその一族は討ち取られ。長政の正室となるはずだった鎮房の娘、鶴姫も捕えられた後に磔の刑に処された。

 この時、行動を別にしていた鎮房の子・長房も孝高によって討ち取られた。

 これで、城井一族は滅亡したのである。



「うまくいったのう」


 数日後の晩、黒田親子は改めて酒宴を開いた。

 今度は、両家に和睦を祝っての酒宴ではない。城井一族の成敗を祝っての酒宴である。


「はっ。さすがは父上、お見事でした」


 子の長政は、正室となる相手と義父となる相手を謀殺したというのに、感情にさしたる変化はなかった。

 戦場では荒ぶる武士と化す長政だが、普段は父である孝高ですら物怖じるほどに静かな青年だった。


「お前もな。見事に大役を果たした」


 孝高の機嫌も良かった。

 杯に注がれた酒を、美味そうに呷る。


「これで、城井の旧領は接収される事になったのだが……」


 ここで、これまでの上機嫌ぶりを一変させ、複雑そうなものが顔に浮かぶ。


「? どうかしたのですか?」


 そんな父の表情の変化を感じ取り、長政は怪訝そうに言った。


「鎮房に与えられるはずだった伊予10万石には、代わりに殿の子飼いである福島正則が入る事になった」


「ほう……」


 長政の瞳に、わずかに驚きの色が浮かんだ。

 そして、少年時代に出会った正則の顔を脳裏に浮かべる。

 長政はかつて、人質として長浜の城にいた時期があり、長浜城で育てられていた福島正則とは面識があったのだ。


「長年、殿に仕え続けた蜂須賀殿でさえ、ようやく阿波15万石。そして儂が豊前10万石というのにそれとほぼ同格になるというのか……」


 孝高はどこかつまらなさげに言った。


「儂だけでなく、加藤殿や石田殿ら、他の殿直属の子飼い連中もおもしろくないであろうな」


 加藤清正や、石田三成、といった秀吉子飼いの若手武将らの石高はこの時点ではせいぜいが小大名クラス。多い者でも1万数千石といったところだ。そんな中、正則は一躍中堅大名クラスへの出世なのだ。妬心を抱く者も少なくないだろう。


「そのような事は……」


「ないと言い切れるか?」


「いえ。ですが、福島殿であれば実力で黙らせる事ができましょう。福島殿の力量は並ではありませんゆえ」


「……ふん」


 可愛げのない、子の返答に父・孝高は不快そうに答えると酒を再び呷った。

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