248話 最終決戦10
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駿府城を包囲した、江戸幕府方は即座に軍議を開いた。
総大将である徳川家光は、冒頭で少し話しただけで、議長役を伊達政宗へと譲る。
この状況になっても、なおもあくまで家光の代理という立場を政宗は貫くつもりだった。
「さて、軍議をはじめるとしよう」
それでも顔には満面の笑みが浮かんでいる。
ついに、大願成就が目前に迫り、これまで辛抱に辛抱を重ねてきた政宗だが、我慢できずにいるらしい。
「そうよな。駿府城は天下の名城。まだ勝負は決まっておらん」
そんな政宗に、松平忠輝が言う。
戦後には大幅な加増や、家光の後見としての地位などを約束してはいるのだが、それでも総大将代行のような立場で振る舞う政宗には不満があるのだろう。
「そうですな」
政宗も鷹揚に頷いて見せた。
政宗の立場からしても、まだ忠輝の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「それに、駿府城に籠った兵は4万とはいえ、どこからか後詰が駆けつけてくる可能性もある」
「後詰か。今の状況でありえるかな」
福島正則が、忠輝の言葉に疑問を口にした。
ムッとした様子を見せつつも、忠輝は言う。
「今の状況で、家光らに味方する大名がどこにいるというのだ。大坂の織田か? 大和の織田か? それとも豊臣ら西国大名か? 京や江州の駿府方の連中も駆けつける事はできんぞ。我らの味方と睨みあっておるのだからな」
「名古屋城の軍勢を忘れておりますぞ」
「確かに、それがまだいたな」
正則の言葉に、政宗が頷いて見せる。
名古屋城には、大坂の陣の切っ掛けとなった松平忠吉の旧臣らを中心に1万ほどの兵がおり、徳川義直が暫定的な城主として入っていた。
「とりあえず、名古屋城にいる連中が駆けつけてくる可能性があるので、駿遠の国境に1万の兵を向かわせる事にする」
「そうですな。数はそこまで多くはありませんが、警戒するに越した事はないでしょう」
政宗の言葉に、前田利長が頷く。
「他に援軍になりそうなところは?」
丹羽長重の言葉に、政宗が答える。
「先の話にもあったが京にいる軍勢や、近江にいる井伊直孝の軍勢はやはり動かせそうにないようだ。このような状況になった以上、大坂の織田家や、豊臣秀頼ら西国大名の動きも警戒する必要があるからな」
諜報活動はなおも継続して行っており、各国の様子はしっかりと政宗の所に届いていた。
「ところで、我らの兵站の方は大丈夫なのですか?」
今度は高山重友が訊ねた。
「うむ。敵より兵が多い分、大量の飯を食わせてやる必要があるからの」
傍らで明石全登が頷いて見せる。
「その通りだ」
そして、福島正則が政宗へと視線を動かす。
「制海権は完全に奪われていると聞くが、大丈夫なのか?」
政宗も小規模ではあるが、水軍を組織していた。
だが、向井忠勝率いる徳川水軍によって、船合戦で敗れてしまっており、海路での補給は厳しいものになっている。
それに江戸幕府方は、東北や北陸の大名が中心であり新しい船を送るのも厳しい。
「それでも、我らが優位な事に変わりはない」
そんな彼らに、政宗は自信を持って断言する。
「このまま攻め続ければ、駿府城といえども陥落する」
武将らも納得したように頷いていく。
だが、忠輝のみはなおも不満そうだった。
「だが、何の手立てもせずに漠然と攻めるだけだというのか」
「無論、やるべき事はあるかと」
そんな娘婿に、政宗は穏やかな表情を作る。
そして、重長に目配せする。
その重長が答えた。
「駿府城内にいる者で、寝返らせる事が可能な者がいれば、内応させようかと」
「そんな者がおるのか? 上杉や佐竹も、今回ばかりは腹をくくっているように見えるぞ」
「はい。状況は以前と変わっております。少し前は五分五分か、こちらが少し優位といった程度でしたが、今や我らの方が明らかに優位。駿府方に心中するほどの義理も恩もない類の輩であれば、可能性はあるかと」
「回りくどい気がするがの。今の我らには勢いがある。ここは、一気に攻め立てるべきじゃ」
「ですが、忠輝様」
今度は、正則が反論する。
「先ほどまでの話にあったように、駿府城は大御所様が築き上げた天下の名城。敵兵の数も減ったとはいえ、4万の兵が籠っているとあっては容易に攻め落とせる城ではないかと」
戦国時代を生き抜いた経験豊富な正則の言葉に、忠輝はそれでも不満を口にする。
「いや、やはり攻めるべきじゃ。最初から、兵糧攻めなど悠長な事をやっておれば、先に兵糧が尽きるのはこちらかもしれんのだぞ」
忠輝の言う事は、的外れというわけでもない。
江戸幕府方の方が兵が多いぶん、兵糧の消費量も多い。さらには、海路からの輸送も困難なのだ。
そんな忠輝の意見に政宗は「ふむ」と頷いた後、
「では、一度攻め寄せてみてはいるべきかと」
「何?」
政宗からの思わぬ言葉に、忠輝は逆に驚く。
他の武将達も意外そうな顔をしている。
「確かに、ただ囲んでいるだけでは士気にも関わりますからな。その総指揮は、お任せしてもよろしいですかな」
「う、うむ」
政宗の言葉に、忠輝は頷く。
今すぐにの駿府城の力攻めは高確率で失敗すると考えているが、忠輝の意見も尊重する姿勢を見せた。
失敗したところで、下がるのは忠輝の評価であり、失うのも忠輝の兵だ。政宗は、この城攻めに本格参戦する気はなかった。
そんな政宗の内心など知らぬまま、忠輝は城攻めの準備を始めていった。
翌日から、松平忠輝主導の元、城攻めがはじまった。
丹羽長重らを中心に、富士見川合戦で活躍できなかった者達が多く加わっていた。
駿府城は、五層七階の天守を中心に、方形に二の丸と三の丸が取り囲む平城だ。
それを4万の兵が守っている。
政宗らが予想したように、駿府城の守りは決して甘くはなかった。
「いけ、いけ!」
侍大将が叫び、駿府城へと江戸幕府軍の軍勢が攻めかかる。
大手門に、竹束や板楯を手にした兵が前に出る。
城門へと、迫った兵に、駿府方の兵達から銃弾の雨が襲い掛かる。
犠牲者を出しつつも、前に進む。
ようやく城門に到達しつつも、その先になかなか進む事ができない。
頑強な抵抗により、城内へと入る事はできず、死体の山を積み重ねるだけだった。
大筒による擁護射撃も、あまり効果が出ない。
石垣を一部破壊したものの、決定打といえるほどの戦果はなかった。
忠輝も側近達の進言により、その日のうちに兵達を引かせる判断を下した。
この日の攻撃は、完全に江戸方の失敗に終わったのである。
そして、その夕方。
この時刻になり、小雨状態となっていた。
攻撃が失敗したとあって、伊達政宗の陣は暗鬱な空気――というわけでもなかった。
その雨を見ながら政宗は、優雅に酒を味わっていた。
「婿殿は失敗したらしいの」
詳細な報告を片倉重長から聞きつつ、盃を置いた。
「はい。まあ、予想通りではありますが」
重長も、攻撃失敗は予測していたらしく淡々とした様子だった。
「まあ、これで当分は大人しくなるじゃろ。被害も軽微だというし、我が伊達軍に犠牲者もおらんしの」
政宗はさほど気にした様子はなく、盃に新たな酒を注いだ。
「ま、今日のところはこれ以上の戦にはなるまい。お前も飲むか」
「いただきます」
重長もそう言って杯を口に運ぶ。
「全く、これで海の幸でもあれば良いのだがな。さっかく、海が近いというのに」
戦時とあって、肴として用意されたものは大したものではない。
美食に拘る政宗としては、不満そうに口にするが、制海権は未だに駿府幕府方にあり、好きにはできないのだ。
「徳川水軍の、向井忠勝がこちらにつけば良いのだがな」
「交渉は続けているのですが……」
向井忠勝には地位の保証と相応の恩賞を用意して交渉させていたが、未だに芳しい返事は来ていない。
「まあ、良い。時間が経てば経つほど優位になるのはこちらじゃ。いずれは考え直すじゃろう」
政宗の表情には余裕がある。
「城内にいる連中の方は?」
「この状況下でも、駿府方についている連中。さすがに結束は固いですが、それでも脈ありと思しき者が何人かおりますな」
駿府城内に籠る者達にも、政宗は手を伸ばしていた。
「続けろ。今は踏ん切りがつかずとも、今の状況が続けば、むしろ向こうの方から儂の方にいずれ泣きついてくる」
「はっ」
重長は頷いた。
「それと、大坂城や姫路城にいる連中にも、今以上に誘いをかける。連中が京に攻め寄せれば、駿府城にこもっている連中もますます孤立を悟る」
「この期に及んで、未だに日和見を決め込んでいる連中ですぞ。動きますかな」
「ならば、後でまとめて討伐すると言ってやれば良い」
これまで以上に強気な姿勢を政宗は見せた。
富士川合戦に勝利した以上、政宗に遠慮はない。この状況下で仮に駿府方についたところで、まとめて潰せるだけの自信があった。
政宗は視線を重長から外すと、しとしとと降り続ける小雨の方へと動かした。
「全く。煩わしくも思える天気じゃが、いずれは晴れる。これもまた風流というものじゃ」
そう言って、政宗は再び酒を口に含む。
圧倒的優位に傾いたこの現状で、政宗は機嫌よく雨を眺め続けた。




