247話 最終決戦9
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「ついに総攻撃か」
伊達政宗からの返事を受け、即座に兵達を動かすよう、松平忠輝は伝えた。
これまでの戦いで、ほとんどそれに加わる事はできなかった。
というより、政宗によって止められていたのだ。
……そうまでして動いて欲しくないのか。
忠輝は大御所・家康の六男だ。
その忠輝に武功があれば、未だ少年の家光よりもこちらの方が相応しいと考え、傀儡にしようとする家光の価値が薄れる。政宗はそう考えているに違いない。
少なくとも、忠輝はそう思っていたし、それもまた事実でもあった。
だが、政宗もそこまで忠輝に徳川幕府の家臣達がついていくとは思ってはいないし、脅威とまでいかず、「それなりに厄介」程度の話だった。
だが、家康の六男でありその後継者候補である自負が忠輝にはあり、自尊心も強かった。
……見ておれ。
采配を強く握りしめる。
こうなった以上、徳川家の三代将軍の椅子に座るのは難しいだろう。
だが、三代将軍・家光の後見としての地位は確保したいという思いはあった。そのためにも、実績が必要だった。
そして叫んだ。
「よし! ただちに突撃をかけろ! この忠輝の力を見せつけてやれっ」
敵にというより、舅である政宗に対して強く宣言するように言った。
おおっ、と家臣達も答え、軍勢が動く。
「それ、これまでの鬱憤を晴らせっ」
忠輝の言葉を皮切りに家臣達の大音響が響き、松平勢が味方ですら飲み込まんばかりの勢いで突出していった。
本多忠政率いる本多勢は、数少ない駿府方優位の戦場となっていた。そんな時に、伝令が飛び込んできた。
「兵を引けだと!」
忠政も自ら槍を振っており、その身体には血が拭う事もなくこびりついている。
その鬼気迫る形相の忠政が凄まじい勢いで、吐き捨てるように言う。
「そんな事ができるか! もうすぐ丹羽勢は壊滅する。長重の首もとれるかもしれんのだぞっ」
その言葉は嘘ではない。
既に丹羽勢はほとんど壊滅状態であり、被害は甚大だった。
このままいけば、丹羽長重の首を取る事も不可能ではないだろう。
しかし、悲しい事にこの状況で丹羽勢を潰して長重を討ち取ったとしても、全体に与える影響はほとんどない。
丹羽勢を壊滅させた後に、敵中に孤立した本多勢も壊滅してしまうだろう。
「上様の命令です」
伝令も自分の使命を果たすべく、忠政を相手にしても引く事なく言う。
「むぅ……」
上様――徳川忠長の命令と言ってはいるが、実質的に指示を出しているのはその側近達だろう。
家康や秀忠ならばともかく、父とも不仲だった本多正純を中心とした連中に従う事に不快感を覚えていた。
……だが、命令は命令だ。
忠政は憤りを必死に押し殺す。
それに、このままでは戦場の中で孤立しかねない。
そんな思いから、忠政は踏みとどまった。
「分かった」
不満を顔中に浮かべながらも、忠政は判断を下す。
「撤退だ! 撤退するぞっ」
明石勢は、松倉重政を討ち取られた松倉勢の救援にやってきていた寺沢広高の軍勢すら壊滅させる勢いだった。
……やったか。
明石全登は内心で喝采する。
駿府幕府軍は壊滅しつつあり、勝利が近づいているのが分かる。
……これで、大坂の陣での鬱憤を晴らす事もできた。
大坂の陣では、局地的な勝利こそあったものの全体的には常に押され気味であり、将軍・秀忠の件に関しても松平忠直の暴走によるものだ。
やり返した、などという気持ちにはとてもなれなかった。
だが、今回の勝利でその思いも消えるだろう。
……手柄は十分だ。
松倉重政を討ち取り、寺沢勢も打ち破る事ができれば、十分すぎる成果といえよう。
戦後の恩賞にも期待ができる。
ここでふと、かつての主であり今は流刑となっている宇喜多秀家の事が頭に浮かぶ。
……殿の復帰を望みたい気持ちもあるが。
既に秀家には、大名に戻ろうという気はないようだ。
関ケ原合戦の後、家臣達に見限られた事で自信も失われており、徳川家への反発心すらなくなっているようだった。
この後、伊達政宗の幕府簒奪が成功したとしてもそれを受け入れる可能性は低そうだった。
……それはそれで仕方がないか。
諦めの思いで戦場を眺めつつ、全登は戦を続けた。
上杉景勝の軍勢も、山岡重長の部隊に押し返され始めていた。
それでもまだ互角に留めていたが、周囲一帯が劣勢となってしまえばそれも崩れ、一気に飲み込まれる事だろう。
「……むぅ」
景勝は苦悶の色を浮かべる。
このままでは、最悪の場合、景勝自身ですら討ち取られるかもしれないのだ。
「……兼続」
傍らの直江兼続へと視線を動かす。
兼続もまた、この状況に悩んでいた。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「殿。ここは……」
兼続が口を開いた時だった。
「上杉様! 馬上のまま、失礼をっ」
勢いよく伝令が駆けこんできたのだ。
「上杉様の左翼で戦闘中の藤田信吉様の部隊が壊滅寸前! 上杉様はもう暫し、ここに留まり、山岡勢を抑えてほしいとの事っ」
「何だと!?」
その伝令の言葉を聞き、兼続が眉根を寄せる。
「このままでは、我らもいずれは周囲の敵勢に飲み込まれるのだぞ。にも関わらず、戦い続けろというのか。しかも、藤田信吉の為にか」
不満の色も露わだ。
藤田信吉は、元上杉の家臣。
関ケ原合戦の際、上杉家中で孤立して出奔。彼が徳川家の元に走った事により、上杉征伐が始まり、関ケ原合戦に繋がった。
上杉家にとって、色々と因縁のある相手だった。
「……仕方があるまい」
景勝も不快げに呟いた。
「命令とあればやむをえまい」
「ですが、このままでは我が軍まで……」
「ごちゃごちゃと言っても仕方がなかろう」
ここで、二人の主従に老将の水原親憲が話に割り込んだ。
「駿府の徳川に味方すると決めたのは、殿の御意思。こうなった以上、最後まで駿府方の幕府と心中するほかあるまい」
「む……」
「それとも、寝返るおつもりか? そして徳川家光、いや伊達政宗に頭を下げて許しを乞うのが殿の望みか?」
その言葉に、景勝と兼続はさらに苦悶の色を濃くする。
伊達政宗は、存在そのものを嫌悪する相手だ。その政宗が天下を奪おうという事すら腹立だしいというのに、その相手に媚びへつらって謝罪して仕えるなど想像したくもなかった。
「……分かった」
景勝も決断したように頷く。
「山岡重長ともう暫し戦うっ」
「……やむをえませんな」
その決断に兼続も頷く。
結局、上杉軍はそのまま戦い、藤田信吉の部隊がある程度立て直されてから撤退を始めた。
だが、山岡重長の追撃は激しく、親憲も凄まじい奮戦を見せたが討ち取られ、上杉勢も最後は半分以下にまで減っていたのである。
伊達政宗の元に、次々と報告が飛び込んでくる。
「脇坂・鍋島勢は壊滅! 脇坂安治も討ち取ったとの事っ」
それは政宗にとって朗報だった。
奇襲をかけた脇坂・鍋島勢の壊滅。
これでまた、江戸方が勝利に近づいた。
「……うむ」
だが、政宗は表情を崩さない。
全体的に優位に進みつつも、まだ勝利は確定していないのだ。
「このまま、一気に駿府城を囲めると思うか?」
傍らに控える、片倉重長に訊ねた。
「……余力があれば、まだ薩埵辺りで迎え撃つ気でいるかもしれませんな」
その言葉に政宗も頷く。
「そうよな。その余力がなければ、一気にいけると思うがな」
「駿府城に籠ってしまえば、日和見を決め込んでいた大名連中もこちらにつくかと。我らに加わる者が増える事はあれども、駿府方の後詰に駆けつける大名など一人もいないかと」
「……うむ。そうよな。その頃には」
そう言いかけた政宗の元に再び伝令が届く。
「明石様の部隊より報告! 寺沢広高を討ち取ったとの事!」
「おう」
政宗もまた満足そうに頷く。
これでさらに、江戸方の優位へと傾いた情報だ。
それでも油断する事なく、戦場を眺め続けた。
「我らの負けか?」
駿府方の本陣にいる徳川忠長がポツリと呟くように言う。
ほとんどが座っているだけであり、家臣達の報告を聞いていた忠長だ。戦経験などないに等しい少年だが、自軍が著しく不利である事は伝わっていた。
傍らに控える本多正純ら側近達も口に出す事はできない。
だが、いつまでも黙っているわけにはいかない。
やがて、正純が言った。
「上様。急ぎ、撤退を。即座に、引き上げれば薩埵で迎え撃つ事も可能です」
「何とかならんのか」
まだ声変り前の高い声で、忠長は不安そうに言う。
はい、と頷きつつも正純は続ける。
「ですが、我が軍は完全に浮足立っております。このまま戦ったところで、立て直しは困難でしょう。これ以上戦いを続けても、ただ犠牲者を増やすだけかと」
「……そうか」
その顔には強い無念の思いが浮かんでいる。
こうなると、忠長も納得せざるをえない。
「わかった」
忠長は頷くと、撤退の許可を出す。
「我が軍は撤退する!」
その言葉と共に、駿府幕府軍は撤退が決まった。
しかし、想定以上に駿府方の被害は大きく、薩埵で迎え撃つのは困難だった。
松倉重政や脇坂安治のように討ち死にした者だけではない。
敗色が濃厚とみるや逃亡兵も続出していった。侍大将級の者達にすら逃亡者が出た。
これでは、薩埵迎撃策などとれず、やむなく駿府城への撤退を決めた。
江戸幕府方も、追撃にさほど力を入れなかった。
今回の勝利で、江戸方優位へと傾いた。何もせずとも離反者は続出するだろうとの読みであり、その通りとなった。
駿府城に籠った兵は、元々いた留守兵も含めて4万でしかなかった。
江戸幕府軍は、その勢いのまま駿府城を囲んだのである。




