244話 最終決戦6
合戦がはじまって当初、圧倒的な勢いで押して来た榊原勢だったが、徐々に疲れが見えて来た。
そんな隙を留守宗利は見逃さなかった。
今こそが好機だと、勢いが出る。
榊原勢がじりじりと後退していく。
榊原康勝の軍勢が劣勢なのを見て、背後の佐竹義宣の部隊がそれを擁護するために進み出る。
「榊原殿を擁護しろっ」
佐竹義宣は、旧領回復に燃えていた。
本音を言えば、常陸一国を取り戻したいという思いがある。
だが、幕府が本拠の江戸の近くに大大名の存続を許すとは思えない。それでも、それは伊達政宗が実権を握った場合でも同様だ。
江戸だけでなく、政宗の本領からさほど離れていない地に敵対的な大大名の存在を許さないだろう。
故に、常陸半国、それが無理なら遠方でも良いので今以上の石高が欲しいと思っていた。
そのためには、武功が必要だった。
そんな思いは家臣達にも伝わり、留守宗利の部隊を逆に押していく。
特に活躍していたのは、国分盛重だった。
彼はこの時、佐竹義宣に仕えていたが、元は伊達家の家臣。
盛重の元主君である政宗が天下を手にしようとする戦だという事は、承知している。
しかし、今は義宣の家臣であり、彼の為に尽くす必要がある。
これも世の習いとして、受け入れいていた。
勇猛果敢に切り込んでいく盛重配下の部隊に、留守勢の勢いも衰えが見えはじめる。
こちらも疲れが出て来たのだろう。
「やれ、やれーっ!!」
轟く雄たけび。
凄まじい勢いで盛重の部隊が、留守宗利の軍勢を薙ぎ払っていく。
ようやく榊原勢を押し返したと思った宗利の部隊の、勢いが弱まる。
そんな中、盛重が猛烈な勢いで逆に宗利の部隊を押していった。
「やれ! 伊達の野望なんぞ叩き潰してやれっ」
上杉景勝の軍勢が、凄まじい勢いで進む。
相手となっているのは、政宗家臣である山岡重長だ。
だが、上杉勢の勢いは凄まじく、山岡重長の軍勢を押しまくっていた。
景勝もまた、かつての敗戦の衝撃で廃人同然の無口な男に成り果てていたとは思えない状態だった。
景勝にとって、これは単に旧領回復の好機というだけではない。
徳川家に良い感情は持っていないが、伊達家にも同様であり、景勝も上杉家自体、伊達嫌いが多い。
その伊達を滅ぼす事が出来る機会が訪れたのだ。
久しぶりに、景勝は気力を取り戻していた。
家臣達にもそれが伝播したかのように、勢いがあった。
「兼続」
景勝は、間近にいる直江兼続に声をかけた。
「は」
「儂自ら、兵を鼓舞する。前に出るぞ」
「殿……」
これまで、無気力になっていた景勝からこのような言葉が出てくるのはいつ以来だろうか。
だが、それよりも先に不安が出て来た。
「ですが、危険ですぞ」
家臣が、主君の事を心配するのは当然ではあるが、上杉にはさらに深刻な問題があった。
景勝には、千徳(定勝)という子が一人いる。
先代・謙信に実子はいなかった。生涯不犯だったとも。それに影響を受けたのか景勝も女色に興味を示す事はなく、子はこの千徳だけだった。
まだ9歳であり、家中をまとめるのはかなり難しいだろう。
何かしら問題が発生してしまう可能性が高い。
そんな事が起きれば、仮に忠長ら駿府方が勝っても取り潰しになりかねないのだ。
この戦いで活躍したところで、上杉は要注意な外様大名である事に変わりはないのだから。
「……殿」
再び、兼続は景勝を見る。
気持ちが伝わったのか、不承不承といった様子ではあったが、先ほどの発言を取り下げた。
「分かった。だが、場合によってはいつでも儂は動くぞ」
そう言いながら、前に動かしていた足を止めた。
景勝自らが前戦へと出てくる事はなかったが、それでも上杉勢は勢いよく山岡勢を屠り、後退させていったのだった。
そんな中、伊達政宗率いる本隊に、松平忠輝からの伝令が相次いで駆けこんできた。
「我が主からの言伝を預かっておりますっ」
既に何度目になるか分からない事であり、内心うんざりとした思いを持ちつつも平静を装って言う。
「何かな」
「本多忠政の軍勢に、丹羽長重様が苦戦されているの事。我が主、自らが兵を率いて救援に向かいたいとっ」
「不要。忠輝様はどっしりと構えていてくだされば、それで良いと伝えてくれ」
「……しかし」
主から、絶対に許可を取ってこいとでも強く言われているのか、伝令の顔色は良くない。
……全く、狼狽えるのが早すぎるぞ、婿殿。
忠輝に戦経験は少ない。
もっともこれほどの規模の大戦で勝つか負けるかの大勝負など、関ケ原以降なく、若い武将達に共通した事ではあったが、政宗からすればあまりに頼りなく思えた。
確かに、現状で各戦線は江戸幕府側が不利だ。
しかし、まだそこまで駿府幕府側に傾いておらず、いくらでも立て直しが可能な範囲だ。
だが、ここで焦り、下手に大軍を動かしてしまえばそれも難しくなる。
そのまま態勢が崩れ、軍勢が一気に崩壊してしまう可能性だってある。
「良いな」
それだけを言うと、伝令もやむなし、といった様子で立ち去った。
「全く、困ったものだ」
その伝令の姿が完全に見えなくなったところで、傍らにいる片倉重長に言った。
「はい」
重長も同意する。
「忠輝様は暫くは、我ら伊達家にとっては大事な御方です故。下手に動かれては困りますな」
当分の間、松平忠輝は重要な存在だ。
徳川家康の六男である彼が、盟主である徳川家光、そして政宗を支持する立場でいれば、徳川家の人間を取り込みやすい。
もっとも、徳川家の人間を完全に取り込み、家光政権が安定すれば話は別ではあるが。
それまでは、政宗にとって貴重な駒。それも大駒である。
この戦で万が一の事でもあったら、取返しがつかない。
やる気を出されるのは、有難迷惑といえた。
「全く、困ったものよな」
そうは言いながらも、政宗は余裕の表情を崩していない。
この戦い、ここから巻き返す気であり、それだけの自信があるのだ。
様々な思惑を抱えつつ、政宗は戦場を見つめていた。
そんな中、別動隊として、小舟で背後に回る予定の脇坂・鍋島勢は順調に進んでいた。
数こそ少ないが、現状、伊達勢に気づかれた様子はない。
奇襲をかければ大きな被害を与える事ができるだろう。
「静かに進め」
脇坂安治は小声で言うと、配下の兵達も頷いた。
「……よし」
まだ距離はあるが、気がついた様子のない伊達勢を見て安治は笑みを浮かべた。
「これはうまくいけば、一気に敵勢を叩きのめせるかもしれんぞ」
「そうですな。思った以上に、数が少ない」
鍋島勝茂も同意したように、頷く。
事実、予想以上に後方にいる伊達政宗らの兵が少ない。
予想以上に駿府方に苦戦を強いられており、江戸方はかなりの兵を前線へと投入してしまっていたためだった。
「それでも、我らよりは多いか」
「はい。ですが、敵勢は不意を突かれるわけですからな」
「やってやれない事はないか」
「はい」
勝茂が頷く。
そして、脇坂・鍋島勢が距離を縮める。
ここで、ようやく伊達勢も気づいたらしい。
だが、その時には既に遅かった。
「進めっ」
気づかれた以上、遠慮は不要だと一気に攻めかかる。
それに伊達勢は混乱した。
伊達勢はなすすべはなく、小勢の脇坂・鍋島勢に翻弄されていく。
慌てて鉄砲を構える者、槍を用意する者などがいたが、それらはまだましだった。
無様に逃げ出す者や、抵抗する事でもきずに討ち取られる者もいた。
「く、何をやっておる!」
それでも、侍大将が苛立った様子で叱咤している。
一部の兵は何とか立ち直っているが、蹂躙する脇坂・鍋島勢を相手に対処しきれていない。
強襲をかけた脇坂・鍋島勢が勢いよく暴れていった。




