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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
244/251

242話 最終決戦4

 決戦開始となる直前――。


 駿府幕府軍の首脳陣の間でも、改めて最終的な軍議が行われていた。


「では、配置はこのような形で良いですな」


 最上位の席には、徳川忠長がいる。

 しかし、少年であり戦経験もないに等しい彼が言葉を発したのは軍議の開始時のみだった。


 後は、本多正純、酒井忠世、安藤直次ら駿府幕府の首脳陣で話し合いが行われていた。

 外様大名も、時折それに口を挟む程度。


「上様」


 立花宗茂が発言した。

 忠長へと向けられた発言ではあるが、当然のように正純の方が返した。


「何かな。立花殿」


「脇坂殿や鍋島殿の準備は整ったのですか?」


「問題ないそうだ」


 正純が応じた。


 駿府城内で開かれた軍議の際、正面から当たるだけでなく側面からの攻撃をしてみたらどうかという案が出た。

 幕府水軍の大半は、未だに駿河湾にはいない。

 だが、移動するだけの小舟はそれなりの量があり、それが使えた。


 脇坂安治と鍋島勝茂の軍勢が、それを使い攻撃を行う手筈だった。

 安治は、かつての朝鮮渡海時に、勝茂の父である直茂と親しくした事もあり、勝茂との関係も良好。連携に問題はなかった。


 軍議はさらに進んでいき、駿府幕府の先駆けと決まったのは、榊原康勝となった。

 かつて関ケ原合戦では、井伊直政が担った役割だが、直政は大坂の陣の直前で謀殺されている。後継者である直孝は彦根城に留まって北陸からの侵攻に備えており、この場にはいない。


「かつて、関ケ原合戦での井伊殿のように」


 とやる気に満ちた視線が放たれる。


「……うむ、任せた」


 忠長はそれにそう返しただけだった。


 ……何かもっと気の利いた事を言わせるべきだったか。


 傍らにいる正純は軽く後悔する。


 家康であれば、間違いなく何らかの鼓舞するような事を付け加えていただろう。


 未だ少年であり、つい数か月前まで安全地帯の江戸城にいたのだ。

 ならば、数万の軍勢を率いる総大将として最低限振る舞えているのであれば上出来――とは大名達は思ってくれない。

 この戦いに敗れれば、破滅は間違いない。

 側近達は勿論、外様大名達もだ。


 そんな彼らにとって、忠長の事情など考慮されない。

 外様大名にとっては猶更だ。

 問題はただ、総大将に相応しいかどうかのみ。


 そんな空気の中、何とか取りなすように正純は言う。


「では、上様」


 そして、忠長に締めの言葉を、と促した。


「此度の戦いは、徳川家にとっても大事――」


 言葉の内容は事前に決めてある。

 外様大名の結束が何よりも大事という事であり、内容は忠誠ではなく、恩賞で釣るようなものになっていた。


「伊達政宗、そして政宗に組する者達を滅ぼせば、東国に大量の空き領が出る。その奥羽や北陸の欠地は、諸侯に分かち宛がう。勇んで戦って欲しい!」


 大名達を前に発言する忠長のその様子は少なくとも、表面上は堂々としているようにみえる。これで、先ほどの事も多少は取り戻せたのか「応!」と外様大名を含めた諸将も応じた。






「どうやら、敵は我らとの決戦を覚悟したようですぞ」


 伊達政宗が朝餉をとっている最中、片倉重長が駆け込んできて言った。

 息は乱れている。


「うむ。儂も報告を受けた」


 政宗はそれに返しながら箸を置いた。

 戦場という事で、さして豪勢な膳ではない。

 副将軍を称し、外様随一の大大名である政宗のものであってもそれは同様だった。

 美食にも拘る政宗にとっては、不満の多い、素材も質素な漬物や汁物であったがこの日は食べるのが早かった。


 重長が腰ろ下ろした時には、既に中身はなくなっていた。


「お前はまだなのか」


「はい。ですが今はそのような……」


「焦る事はあるまい。まだ時間はある。用意させよう」


 やがて、重長の膳が運ばれてくる。

 その間、政宗は相次いで報告が来ていた。


 落ち着かない様子で重長は箸を動かす。


「殿。やはり……」


「まあ、焦るな。ゆるりと食っていて構わん。無理に詰め込んで戦場で吐かれでもした方が困る」


 そう言って快活に笑う。


 そんな間にも、指示を求める近習が飛び込んでくる。

 政宗も経験豊富な男だけあって、落ち着きのある仕草で各陣からの報告を聞き、その都度、指示を与えて送り出していった。


 重長が食事を終えるのと同時に、政宗も立ち上がった。

 同時に、小姓達が政宗に甲冑を用意する。


「ぼちぼち行くか」


「は、はい」


 焦る気持ちを抑えるように、重長も立ち上がる。


 この日は、快晴だった。

 朝の陽ざしが、既に甲冑姿となった政宗に降り注ぐ。


「天も我を祝福しておるようじゃの」


 ふふ、と政宗は笑みを浮かべる。


「そのように落ち着いておられて大丈夫なのでしょうか……」


「だから焦るなと言っておろう、敵の兵は増えた様子はないのであろう」


「はい」


 重長が頷く。

 陣所から駆けこんできた報告の中にもそのようなものはなかった。


「すると、やはり敵は我らと大して変わらん。にもかかわらず、勝負を挑んできた。何故だと思う」


「急がねばならない理由があったから、でしょうか?」


「そうだ。いくつか理由は思いつく。例えば――」


 一呼吸置いてから、政宗は続ける。


「儂が織田秀信を動かし、京都へと攻め込んだ。あるいは、豊臣秀頼が儂に味方する事を決めた。これならば焦り、早急に儂を排除しようとしてもおかしくはあるまい。じゃが――」


 と政宗は続ける。


「それなら、黒脛巾組が何らかの報告を寄越したはずじゃ。そういった場合、即座に報せを寄越すように言ってあったからな。もちろん、駿府幕府にも諜報網はある。儂よりも早く報せを受けた可能性もある」


「ですが、今回の場合は違うと?」


「うむ。駿府幕府の方がすぐに――それも確実に知る事ができる情報だと儂は考えておる。例えば」


 政宗の顔に笑みが浮かぶ。


「大御所様が亡くなられた、とかな」


「……っ!」


 重長も驚いたように目を見開く。


「それならば、おかしくはあるまい」


「確かにその通りですが……」


「無論、確証はないがな。いずれにせよ、長期戦になるよりも即座に動いた方がいいと判断する何かがあったのであろう」


「では、我らも無理に勝負をかける必要はないのでは?」


「何を言っておるのだ」


 そんな重長の言葉に政宗は、力を込めて返す。


「敵の数は我らよりも多いが、総指揮を執るのは大御所でも将軍でもない。幕府の重鎮連中じゃ。それに、徳川家の有力な武将達も大半が既に故人じゃ。一部、経験豊富な外様大名もおるが、それだけ。そんな相手に、儂が怖気づいて逃げ出せと言う気か」


「い、いえ。そのような……」


 そんな主の思わぬ気迫に、重長も気圧されそうになる。


「ならば、問題はない。叩きのめすのみぞ」


 そう言って、戦場の光景を見渡すように言った。


 戦場となるであおう富士川が視界に入った。

 この本陣の位置からならば、全体が見渡す事ができる。


「梅雨にはまだ早い。水量からして、渡河は可能じゃろ」


「そうですな」


 重長も頷いた。


「時間がたてば、むしろ我らの方が有利となる。だが、ここは先も言ったように迎え撃つぞ」


 伊丹城に残った外様を中心とした西国大名は未だに動く様子はない。

 大坂城の織田勢3万には、こちらに味方して京へと攻め寄せるように要請している。

 これに関して、完全に様子見の状態。

 大和織田家、それに紀伊の浅野家も積極的な動きはない。


 何よりも、これだけ死亡説が流れているというのに大御所・徳川家康は積極的に諸大名の前に姿を現していない。

 それが死亡説をより強固なものにしてしまっている。

 中には、大御所・家康が没した前提で考える者もいるほどだった。


 そんな状況ゆえに、時間が経てば経つほど、むしろ江戸幕府軍が優位になる。


「ふ。来たか」


 政宗がそう呟いたのは、それから一刻が経ってからだった。

 既に、江戸幕府軍も駿府幕府軍も戦闘態勢に入っている。


 そして、駿府幕府軍が渡河を始めるのが見える。


 ……来たか。


 政宗にはこれで好機到来だという思いがある。


 ……叩きのめしてくれる。


 関ケ原以降、伊達軍も大規模な戦からは遠ざかっている。

 大坂の陣に参戦したのも、伊達秀宗に率いさせた5000の軍勢であり、この場にはいない。


 だが、江戸幕府軍は指揮官達には戦国の世を生き抜いた猛者が多い。

 そしてそれは、駿府幕府軍よりも多い。

 人数では多少、見劣りするとはいえ負ける気はなかった。


 ……勝てる。儂は勝てるのだ。


 政宗は高ぶる気持ちを抑えつつも、冷静さを保とうとした。

 だが、これが自身の天下を決める一戦になると思うと、なかなか熱が冷めてくれなかった。


「殿」


 そんな中、近習が駆け寄って来る。


「敵が動いたか」


「はっ」


 近習が頷く。


「では、ぼちぼち行くか」


「はい」


 政宗に声をかけられた重長が頷いた。

 いよいよ、富士川での戦いがはじまろうとしていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 富士川って源平のアレが思いだすのですが どちらがびっくりして逃げるのでしょうか?
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