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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
242/251

240話 最終決戦2

 最初の戦いともいうべきものが、伊達領の国境で行われた。

 鳥居忠政の軍勢が攻め込んだのだ。しかし、伊達の留守部隊は、積極攻勢に出ない。

 そんな中、奥平の援軍も加わった。

 どちらも決定打がないまま、睨み合いが続いていた。


 そんな中、伊丹城の一室。

 元々、和睦の条件の中に織田領からの撤退が、条件としてあった。

 この場合の「織田領」というのは、原則として戦前の状態のものであり、開戦後に占拠したこの伊丹城も含まれているはずだった。


 にも関わらず、豊臣秀頼らはここから離れようとしない。

 その秀頼の元に、土井利勝が訪れた。


 秀頼の傍らには、毛利秀就、小早川秀秋ら有力大名らもいる。


「随分と久しぶりになりますな」


 開口一番に利勝が言った。

 これは、もっと前から話し合いの場を設けようとしていたのだが、秀頼らは体調が悪いなどと誤魔化し、それを先延ばしにしており、その事を皮肉っての発言である。


「体調は良くなったのですか?」


「まだ、気怠く感じる時もありますが……」


 幕府重鎮からの鋭く重い視線を受け、秀頼はつい視線をそらしてしまう。


「それはお大事に、と言いたいところではありますが、現状ではそのように言ってられない状況です」


「それはその、分かっているのですが……」


 秀頼の返しは弱々しかった。

 秀吉時代の豊臣家ならばともかく、今はただの一大名に転落している。幕府の最高幹部ともいえる利勝に抗うのは厳しい。


 それでも石高でいえば、利勝は4万石程度に過ぎない。秀頼の1割にすら満たない数字だ。

 しかし、その利勝に秀頼は気圧されていた。


「何故、兵を出されないのでしょうか」


「大坂の陣での痛手から未だ立ち直っていないもので……」


「苦しい言い分ですな」


 利勝は辛辣な口調で返す。


「この伊丹城に残った大名の中で、特に大きな痛手を受けたといえる大名はありませぬ」


 事実だった。

 ここに集った西国大名は、大坂の陣での犠牲者は少ない。

 加藤清正が没しているが、討ち死にしたわけではないため、配下の軍勢は健在だった。


「だというに、何故、東に向かわぬのですか」


「……」


 秀頼は視線を漂わせる。

 何か口にしてしまい、言質を取られる事を恐れているのだ。


 現時点で、駿府と江戸、どちらが勝つかは読めない。

 下手な態度を取り、駿府側が勝つような事があれば、間違いなくその報復を受ける。


「それとも、政宗から何やら唆されているのではありますまいな」


 利勝の指摘に、どう答えるべきかと秀頼は迷う。


 事実だったのだ。

 伊達政宗から、領国の大幅の加増を条件に誘われていた。


「土井殿」


 そんな秀頼を見かねたかのように、秀秋が口を挟んだ。


「我らも即座に東へと向かいたいのだが、長陣が続いていたため、兵達にも疲れがある」


「左様。大坂の陣での被害もある以上、すぐにはできませぬ」


 秀就も、それに続いて言った。

 だが、利勝もそんな言葉で引き下がるわけがなかった。


「それはどの大名でも同じ事、駿府城に向かった者達は勿論、叛徒に組した前田や丹羽も同様のはず。自分達だけは特別だと思っておられるのか」


「そのような事は……」


 秀頼は言い淀む。


 その後も利勝の辛辣な、攻めるような言葉は続く。

 結局、秀頼は反論する事はできなかった。

 しかし、何一つ言質を取らせるような事もなく終えた。


 利勝との会話が始まった時はまだ昼過ぎだったが、利勝が去った後には既に夕刻になっていた。


 秀秋と秀就も退室し、残されたのは豊臣家臣団だけとなる。


「……あれで良かったのか?」


 秀頼が呟くように言った。


「はい。御立派でした」


 先ほどまで、言葉を発する事なく控えていた大野治長が答える。


「この状況下で、下手な事を言うべきではないかと」


 石田三成も同意する。


「うむ。分かってはいるのだが……」


 秀頼の顔に、安堵の色はない。

 幕府の重鎮相手に、心が休まる時はなかった。

 今ですら、何か失言でもなかったかと不安でならないのだ。


 ここで、三成は小声になる。


「大坂の織田秀信にも、政宗は誘いをかけているようです」


「そうか」


 想定内の事だったらしく、秀頼の言葉に驚きはなかった。


「大坂も、迷ってはいるようですが、我らが動いたとなると、間違いなく秀信も幕府の和睦を反故にしてでも、動くでしょう」


「……うむ」


 相槌を打つように、秀頼が頷く。


「倍近い加増を約束した江戸幕府に対し、駿府幕府は今のところ、具体的な恩賞は提示しておりません」


 損得の問題だけでなく、心情的な問題でも三成は江戸幕府寄りだった。


 駿府幕府の方が、家康・秀忠政権の重鎮が揃っている。

 豊臣秀吉を屠り、豊臣を弱体化させた徳川家に味方するよりは、それを傀儡とするだけの伊達の方がましだと考えていた。


「石田殿」


 そんな感情もあり、江戸幕府方に着く事を露骨に勧める三成を咎めるよ

うに言った治長に対し、三成は言われるまでもないと言わんばかりに返す。


「確かに今のところ、すぐに動くのは危険かもしれません。ですが、少しでも均衡が崩れれば、すぐに動くべきでしょう」




 同時刻。

 秀頼達のところに行く事もなく、交流も最低限にすませている大名がいた。

 薩摩の島津忠恒だった。


 将軍・徳川秀忠が討ち取られる切っ掛けの一つとなったのは、彼の元で起きた謀反騒ぎであり、間接的にではあるが原因の一つでもある。

 そのため、顔を出しにくいという事もあった。


「……全く。困ったものだ」


 そんな中、忠恒は目の前の男――金剛秀国に愚痴るように言った。


 元々、秀国と親しいわけではない。

 だが、旧豊臣系列の大名が多いこの場所では、気を許せる数少ない存在でもあった。


「そうですな。ですが、このままというわけにはいきますまい」


「そうよな。上様には恩があるが、家光様や忠長様には特にないからの」


「まあ、それは私も同じではありますが」


 元々、家名の存続と自領の守護が大名にとっては何よりも肝心なのだ。


「ですが、伊達政宗は徳川幕府の乗っ取りを考えている事は明白。己の野望のための、家光様の擁立でしょう」


「うむ。当然、政宗などの為に戦ってやる義理はない」


 しかし、と忠恒は続ける。


「話を聞く限り、勢力は拮抗している。ここで、一つでも大大名がどちらかに加勢すれば、話は変わるかもしれん。今は日和見を決め込んでいる外様大名の態度も変わる」


「そして駿府、あるいは江戸に大きな恩が売れるというわけですか」


「そうだ」


 忠恒も頷く。


「……どう思う?」


「今のところ、どちらの勝ちもありえる状況かと」


「すると、儂らのような立場の者にとっては最も困るという事か」


 そう言って忠恒も笑う。

 秀国も笑い返す。


「今のところ、どちらからも誘いの書状は来ているが、江戸の方が気前のいい事を言っておるのう」


「我らのところに来たものも同様です」


「すぐに味方するのであれば、九州の中で好きな国を一国やるといってきおった」


「一国ですか。こちらは半国ですがな」


「それでも十分であろう」


 そう言って忠恒も笑う。

 島津は現時点で、金剛よりも倍以上の所領を持つ。

 報酬に差が出るのは当然といえた。


「ですが、気前が良いという事はそれだけ江戸の方が追い詰められている、ともとれますな」


「うむ。だからこそ、大して縁のない儂らにも気前よく好餌で釣る。というわけか」


「はい」


 秀国も頷いた。


「やはり、すぐに動くのは危険かもしれんな」


 その後も話し合いは続いていくが、段々と本題から逸れた雑談へと変わっていった。

 結局のところ、現時点で即座に駿府に味方する理由も、江戸に味方する理由も出てこない。それがある者ならば、とっくに駿府か江戸に集っている。


「囲碁でも打つか」


「そうですな」


 大事な事はすでに一通り終えたと判断すると、小姓に命じて碁盤を運ばせてきた。


 秀国が黒石を盤面に置いた。

 続いて、忠恒が白石をうつ。

 黒と白の碁石を交互に置く音だけが部屋に響いた。


「……それで」


「ん?」


 一旦、置きかけた黒石を掴んだ手を秀国は止める。


「損得の問題は別にして、貴殿の感情としてはどちらに味方したいのだ?」


「……」


 暫し間があってから答える。


「駿府ですな。そちらの方が、親しくする者は多い」


 黒石がようやく置かれた。


「そうか。儂も同じじゃ」


 忠恒はすぐに白石を置く。

 やがて、二人の間に言葉はなく、白と黒の石が交互に置かれ続ける。


「ほれ。これで、終わりじゃ」


 忠恒が最後に、白石を置く。


「……お見事」


 盤面を見渡した秀国が感嘆したように言う。

 勝負は決したのだ。


「この戦も、この囲碁のようにいけば単純なのだがのう」


 そう最後に呟くように言った。


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