表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
239/251

237話 幕府分裂4

 伏見城は未だに警戒態勢が続いていた。

 大坂方とは和睦したとはいえ、いつそれを反故にされるか分からないし、伊丹城の西国大名の動きも警戒する必要があった。


 それでも、籠城中というわけではないため、それなりに人の出入りがあった。


 門前から商人が出てくる。


「お勤め、ご苦労様です」


 商人の言葉に門番は頷く。

 一日に訪れる商人の数は多い。それゆえに、門番もそれ以上に関心を払う事はなかった。


 商人はそのまま、町へと向かう。

 続いて、人気のない路地裏で止まった。


 そこには修行僧がいる。

 すぐに言葉は交わさない。

 周囲に人がいない事を十分に確認してからだ。


 そして、確かに誰もいない事を確信してから商人が口を開いた。


「今日も伏見城に行ってきた」


「うむ。それでどうだ?」


 修行僧が訊ねる。


 彼らは、伊達家の間者だったのだ。

 主からの使命を受け、死亡説などが飛び交う、生死不明状態の徳川家康の状態について探っていたのである。


「大御所の様子はどうなっている。そもそも本当に伏見城にいるのか?」


「それは間違いない。今でも高価な薬を集めているようだ。何より、侍医の片山宗哲の姿は確認した」


「それだけでは絶対と言えんではないか。偽装かもしれん」


 修行僧の口調に少し苛立ちが混じり、急かすように続けた。


「こんな状況になっても、幕府は大御所を表に出す気はないようだ。一人でも多くの外様大名を取り込まなくてはならん時期なのだぞ」


「分かっておる。だが、影武者に指揮を執らせるわけにもいかんだろう。ただでさえ、大坂の陣で偽者ではないかという噂が飛び交ってしまったのだ」


 商人が返す。


「そうだ。そんな状況にも関わらず、大御所は出てこん」


「だから既に亡くなっているのではないか、というのか」


「そうだ」


 修行僧の言葉に商人は反論する。


「では、片山宗哲以外にも全国から医師を呼び寄せたり、薬を買い集めたりするのも偽装工作だというのか」


「そう考える」


「確かに、我が主にとってもその方が都合が良いが……」


 人気がない事は確認しているが、万が一に備えて主の名前は出さなかった。


「しかし、それでは楽観的過ぎるだろう」


 商人の方は、死亡説に否定的なようだ。

 修行僧も死亡説に傾きつつも、確信には至っていない。


「そうかもしれん。どうだ、医師として入り込む事はできんのか?」


「それは無理だ」


 修行僧の言葉に商人は首を左右に振る。


「医師は、確かに顔も名前も知られた者ではない限り、取り次がれる事すらないようだ。警戒が厳しい」


「まあ、当然といえば当然か……」


 商人の言葉に、修行僧も頷く。


「わかった。とりあえず、主にはそのように伝える。何か、新しく分かった事があれば、次の時に」


「うむ」


 そう言いあうと、商人と修行僧は別れる。

 そして、何事もなかったかのようにそれぞれの役割を演じはじめ、人混みへと向かったのだった。




 一方、その頃の伏見城。

 間者達が考えていたように、徳川家康は確かに生きていた。

 だが、重態である事は変わりはない。


 本多正信と以心崇伝が、横になった状態の家康の傍らで話し合っていた。


「うむ、何とか持ち直してくれんものか」


 正信が嘆息混じりに言う。

 彼自身、家康との間では深い信頼関係にある。正信個人の感情からしても是非、病が癒えて欲しい。

 だが、それと同時に徳川幕府の重鎮としての立場からも、絶対的な存在であり創始者でもある家康に亡くなられては困る。


 それでも、外様大名どころか譜代からも畏怖されていた将軍・徳川秀忠が存命であれば違ったかもしれない。

 しかし、その秀忠も既にいない。


 徳川家を支えている大きな柱が歪んでいる。

 残念ながら、家光も忠長もそれを即座に矯正できるような絶対的な存在ではない。

 将来的には分からないが、今はまだ徳川家の血を引くだけの少年に過ぎない。


「拙僧も、祈ってはおりますが……」


 崇伝も真剣な表情で言う。


「諸大名は、やはり大御所様の御言葉があれば従うかと」


「うむ」


 徳川家康が存命であっても、物言わず、文字も書けず、意識もまともになければ意味がない。


 何とか健康体となり、再び絶対的な存在として降臨して欲しいと正信は考えていた。


「正純達が、一刻も早く伊達政宗らを叩きのめしてくれれば良いが……」


 正信が嘆息気味に言う。

 政宗もほぼ同数の軍勢を集めている。

 そう簡単には行かないだろう。


「相手は、どう出るか……。小田原城がかつてのように使えれば、使える策も増えたかもしれんが」


 つい愚痴るように言ってしまう。

 この時期、小田原城は北条時代と比べ、小規模なものへと変わっていた。

 北条を下し、織田信忠から相模・伊豆・武蔵を賜った際、江戸城の方を将来の本拠地にと決めた為、小田原城のは城郭は一部縮小した。その後、この城を預かっていた大久保忠隣が失脚。小田原城は幕府に接収されて規模はさらに縮小した。この時点では、江戸城も駿府城も諸大名を集めての普請が完了しており、小田原城は、その江戸と駿府を繋ぐ位置にある。だからこそ、大規模な城郭は不要と判断されたのだが、それが今になって自分達の首を絞める結果となってしまっている。


「過ぎた事を言っても仕方がないか」


 大久保忠隣の失脚には正信も関わっている。

 だが、今更それを気にしたところでどうにもならない、と切り替えるように首を左右に振った。


「もしかすれば、既に決着がついておるかもしれんしの」


 既に、軍勢は駿府城に着いているはずだ。


 この京の地にいれば、どうしても入って来る情報は遅れてしまう。

 もしかしたら、既に政宗らの軍勢とぶつかっているかもしれない。


 伊達政宗の理想からすれば、駿府城を一気に陥落させ、忠長や駿府幕府の首脳を討ち取る。

 そのまま駿府幕府の主要な城を落として、上洛。

 この京で家光の将軍宣下とするのが、一番の理想だろう。


 しかし、そう簡単にはいかない。

 どちらも大軍、関ケ原のように行かず長期戦になる可能性は高い。


 ……そうなった場合、大御所様は。


 つい正信の口から溜息が漏れる。


 ……そこまで持たないかもしれない。


 あまりしたくない想像ではあるが、その場合の事も考える必要があった。


 だが、必ずしも悪いところばかりではない。

 長期戦になれば、駿府側が優位になる点もある。

 それは物資だった。


 武器や兵糧といったものは、今回の大坂攻めの際に全国から買い集め、十分な備蓄がかき集められており、まだ十分の量が残っている。

 何せ、20万の大軍を、場合によっては数年単位で食わせるだけの予定だったのだ。

 イギリスから購入したカルバリン砲や、国友などで鋳造した大量の大筒もある。


 一方の政宗も、大久保長安から横流しされた大量の黄金を使っているが、それでも限度はあった。


「拙僧では、戦場でのお役にはたてませんからな。せいぜいが、大坂方が結んだ和睦を反故にしないか監視し、良からぬ事を考えぬように大坂の御仁に釘をさす程度」


「うむ。大丈夫だとは思うが万が一の事がないように、頼みますぞ」


 江戸幕府側が圧倒的な優位となったならば別だが、今の状況では大坂方も西国大名も日和見を決め込むだろう。


 ……何か、奴らを動かすだけの材料があればいいが。


 今は敵に回らないだけ良しとしなければ、ならないのかもしれない。

 だが、それでは正信は不満だった。


 ……何かないか。


 だが、これまでに打てる手は打った。

 その上で、正純らの軍勢を駿府に向かわせたのだ。

 そう簡単には思いつかない。


「……」


 ふと、顔をあげる。

 何やら声が聞こえた気がした。

 正面の崇伝を見るが、彼も驚いた顔をしている。


 この場にいるのは、正信と崇伝。その他にもう一人。


「――大御所様っ!」


 慌てて正信が近寄る。

 布団に横たわる家康の瞳が小さくだが開かれ、手も動いている。


「大御所様、どうされましたか?」


 崇伝も近寄る。

 だが、言葉を発する気力はないのか、そのままだ。


「とにかく、医師を。誰か!」


 驚きから立ち直った正信から発せられた言葉に、小姓が駆け寄ってくる。


「はっ」


「片山宗哲を呼べ!」


 その言葉にはじかれたように、小姓が動く。


 家康は上体起こしかけると、そのまま二人を見つめる。

 そして、正信と崇伝の二人と視線があうと、ゆっくりと口を動かし始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ