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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
236/251

234話 幕府分裂1

 ――少し時間を遡る。


「早まりすぎだ、忠直の阿呆め……」


 松平忠輝の陣。

 将軍・徳川秀忠の死を知った忠輝が歯がみしていた。


 将軍への反逆は計算通りだ。

 そのために、忠直を煽ったりもした。


 だが、時期が早すぎる。


 伊達政宗が提案した計画では、大坂方が奇跡的な勝利を拾う事ができたのであれば、それで良し。

 無理でも、それはそれで構わない。

 大坂攻めが終わり、幕府軍首脳も油断しきった時こそを好機とし、一気に反旗を翻す。


 ……もう少し念入りにしておきたかったというのに。


 ふう、と一つ息をつく。


「……それで、今後、儂はどうすれば良い」


 目の前に畏まっている黒装束の男に視線を移す。


「はい。こういった場合は、こちらを読むようにと、我が主が用意しておいた書状です」


 そういって、黒装束は懐から取り出した書状を取り出す。


 ……ふん。儂にとっては予想外でも、我が舅にとっては予想の範疇というわけか。


 書状に目を通した後、この男――政宗配下の黒脛巾組の男に忠輝はいう。


「ふん。儂は、一旦、京に引き上げると見せかけて、北陸方面から江戸を目指せばいいのじゃな?」


「はい。幕府も相当に混乱している御様子。おそらく、無理矢理引き留める事はできないかと」


「前田や丹羽も同じか」


「はい」


 男も短く答える。

 あの戦いの後、大坂城を包囲させたまま、幕府軍は大慌てで伏見城と二条城に秀忠とその側近ら直属の兵を撤退させた。


 外様大名は現状、様子見といったところだ。

 将軍・秀忠が亡くなったといっても、大御所・家康は健在。


 大坂方も相当に被害を受けている。

 すぐに立場が逆転するなどとは、思っていないだろう。


 そんな中、忠輝は前田利長と丹羽長重ら北陸の大名らと共に戦線から離脱。

 予想通り、今の幕府軍にそれを阻む力はなかった。

 

 忠輝が、江戸城占拠の報を受けたのは、北陸道を北進している途中だった。

 とりあえずは、利長と長重を伴って近くの寺で評議する事にした。


「どうやら、伊達殿はうまくやったようですな」


 利長である。


「そのようですな」


 長重も同意する。


「ふん。この程度はうまく行って貰わねば困る」


 そんな二人に傲然とした態度で忠輝は言ってのけた。


 政宗の力を借りての事とはいえ、新たな将軍となり武家の棟梁として降臨する気でいる。

 ならば、配下となるだろう利長と長重などに気を遣う必要はないと思っての事だった。


「……そうかもしれませんな」


 しかし、頼もしさよりもむしろ反発を感じたようだ。

 少し不快そうな色が利長と長重の顔に浮かぶ。


 忠輝はそれに気づく事なく、続けた。


「それに、江戸城を占拠するさい、家光の反発が少なかったらしい」


「家光様のですか?」


 家康も秀忠も大坂にいる以上、名目上とはいえ江戸城の最高責任者は少年の家光だ。

 その家光が協力的だったのは意外だったのだろう。


「ああ。どうやら、我が舅は江戸城では家光を口説いていたらしい。その成果がでたのじゃろう」


 噂では、家光ではなく忠長を後継者にと推す勢力の方が強いと聞く。

 その辺りも家光が協力的だった理由なのかもしれない。


「それでは、忠長様の方は?」


「行方不明だ」


 忠輝は答える。


「一部の家臣と共に逃げ出したらしい。江戸城からも脱出された。まあ、大したことはできまいがな」


「そうですか……」


 そう言いながらも、利長の視線はどこか冷たい。

 忠長はまだ少年だが、次期将軍の有力候補であり、対抗馬として使うのであれば、これ以上なく厄介な存在になりえる。


 その事を理解していないかのような発言をした忠輝に、呆れた様子だ。

 だが、それに気づいた風もなく忠輝は続けた。


「江戸城には、現在、3万の兵がいる。どこの大名連中も大坂攻めのために兵を出している。非常時に備えて、鳥居忠政は国元に兵を温存した状態でいるが、やはり山形は遠い」


 伊達政宗警戒の為、山形という場所に配置したはずの忠政であるが、実際に政宗が幕府に反旗を翻したというのに、江戸から山形では遠すぎた。


 何とも皮肉な話よな、と忠輝は笑う。

 しかし、と利長が真面目な顔で言った。


「鳥居忠政が江戸城奪還に向かう事なく、別の策を講じたら如何されます?」


「何?」


「伊達領への侵攻です」


 元々、そのための鳥居忠政の山形配置だ。

 その役目に従い、無理な江戸城奪還をするのではなく、伊達領へと攻め込んでいくかもしれない。

 大坂にも軍勢を派遣しているし、江戸城にもかなりの軍勢を送り込んだ。伊達が大国とはいえ、国元に残された兵は多くない。

 万全の状態の鳥居忠政が攻め込めば、容易に蹂躙できるだろう。


「む……」


 忠輝にその発想はなかったのか、口を閉ざす。

 そんな忠輝に、長重も加勢するように言う。


「確かに。国元が荒らされたとなれば、伊達殿も気が気でないはず。全軍とはいかなくとも、それなりの兵を戻す必要が出てきますな」


「それは困るぞ!」


 忠輝が声を荒げる。


「これから、儂らは江戸城に戻り、生意気な弟共を成敗しなければならん」


 忠輝も、さすがに徳川御三家と呼ばれる弟達が黙っているとは思っていない。

 本多親子を中心とした幕臣達の多くと戦う必要があると考えている。

 そのためには、伊達の軍勢が減じてしまうのは避けたかった。


「いくらでも兵がいる。この儂が天下を平定すれば、十分に報いてやれる。今は、自領の事よりも駿府城や名古屋城を攻める必要がある。そちらを優先してもらう他あるまい」


「そうですかな」


 利長の視線は冷たい。


 何といっても、大名にとって自領の死守は何よりも大事だ。

 代替地を寄越すなどといっても、反発するのは当然だった。ましてや、伊達は前田や丹羽とは違い、元々の守護大名なのだ。

 乱世の世で勢力を拡張した戦国大名や、その大名から領地を貰って独立した者達とは違う。

 本貫の地への拘りは強いはずだ。


「まあ、まだ鳥居忠政が伊達領に攻め込むと決まったわけではありますまい」


 長重が取りなすように言う。


「そうなった場合は改めて議論するという事で、とりあえずは江戸城に向かいましょう」


「う、うむ……」


 長重の言葉に、とりあえずは納得した様子で忠輝は頷いた。


 江戸城占拠を聞いた際は、一躍天下人に近づいたと内心で小躍りした忠輝だったが、利長の言葉に朧気ながらも不安が生まれた。

 そんな状態ながらも、忠輝や前田・丹羽の軍勢は江戸城へと向かうのだった。






 江戸城の一室。

 二人の男が対面している。


 福島正則と片倉重長である。


 江戸城を占拠した直後の出来事だった。


「随分と騒がしいものだな。お陰で、呑気に酒を飲む事もできんぞ」


 そう言いながらも、目の前の大皿に酒が注がれている。

 酒豪で知られる正則らしい切り出し方だった。


「それは申し訳ないことを」


 重長は低姿勢だ。

 重長は、父の跡を継ぎ今や伊達家でも筆頭格といっていい存在だが武将としての格でいえば、正則の方が遥かに上なのだ。


「単刀直入にいいます。我が殿は、福島殿の知恵と力が必要とお考えです」


 回りくどい言い方はせずに言った。


「ふん」


 大皿に注がれた酒を口元に運ぶ。


「何故、儂が伊達殿に手を貸す必要がある。深い誼を結んでいるわけでもあるまい」


「では、将軍家への義理立てですか?」


「いや」


 首を左右に振って、大皿を置く。


「大御所様は確かに、尊敬できる御方だが、将軍は好きではなかった。何より儂をいずれ改易してやろうと目の仇にしておったのだぞ。徳川家にそこまでの義理はない」


「では我が伊達家でも良いではありませぬか」


「伊達家にも恩はない」


「では、その恩があれば?」


「ほう」


 正則は興味深そうに目を光らせる。


「何をしてくれるというのだ」


「福島殿の故地でもある尾張一国を恩賞にと約束しておられます」


 尾張は豊かな国だ。

 正則の現時点の30万石よりも多い。

 一躍、倍以上の大大名になれる事になる。

 それでも、正則の反応は芳しくなかった。


「……案外、伊達殿もケチな男よな。儂ほどの男が尾張一国とはな」


「それでは福島殿の望みは?」


 ここまで冷めた反応をされるとは思っていなかったのか、重長も意外そうに聞き返す。


「尾張と美濃、それに近江をつけた三か国をくれ。いずれも、儂にとって思い出深い地ゆえな」


「ええ、何ですと!?」


 自分の耳がおかしくなったのかと言わんばかりに、重長は驚き、聞き返す。


「尾張と美濃に近江を寄越せと仰るのですかっ」


「おう」


 正則は堂々と答える。


「……それで現時点の所領もそのままにしろとでも?」


 そうなれば、一気に150万石を越える大大名になってしまう。


 この15年間の、徳川幕府で最大の外様大名が95万石の伊達政宗なのだ。

 それよりも遥かに上回る事になる。

 あまりにも非常識ともいえる要求だった。


「さすがにそれは欲張りすぎ故な。九州の所領は返上するとしよう」


「……」


 それでも、120万石は超える。

 重長は安堵する事ができずにいた。


「どうした? さすがに無理か?」


「い、いえ。それでもできる限りご希望に沿うようしますが……」


「おう。伊達殿にはそう伝えい」


 正則はそういうと、上機嫌そうに大皿に残った酒を飲み干した。




 数日後、再び二人は対面する事になる。


「……尾張一国は要求通りに。美濃は東美濃を除いた全域、近江も故・太閤殿下の所領だった浅井、坂田、伊香の三郡までならと」


 主の伊達政宗に政宗の要求を伝えたところ、当然、政宗は難渋の色を浮かべた。

 それでも、正則は取り込んでおきたい。

 その結果、出された妥協案だった。


 これでも九州の所領を返上しても、100万石ほどになり現時点の伊達家の所領と同じ程度。

 ぎりぎりで許容できる範囲でもあった。


「はは、案外せこい事をされるな。伊達殿も」


 正則は苦笑するが、あっさりと頷いた。


「では構わんよ、それで」


 その言葉に、重長もほっとしたように頷くのだった。


「ところで」


 その重長に、正則が言う。

 まだ何か要求があるのかと、重長は顔を強張らせる。


「そう警戒するな。一つ聞きたい事がある」


「……何でしょうか」


「黒田長政の事じゃ」


 正則はこの時、軟禁――とまではいかないが、自由が制限された状態にあった。

 そのため、入って来る情報も制限されており、似たような境遇にあるはずの黒田長政に関してもどうなっているのかまるで分らない状態だった。


「奴はどうなっておる」


「どう、とは?」


「伊達殿の事じゃ。儂と同じように、味方に取り込む気でおるのであろう」


「何せ、殿のなさる事。某ごときには分かりかねますな」


 重長は惚けたように言った。


「そういうな。儂も伊達殿――いや、家光様に忠誠を誓う忠実な臣下となったのだぞ。その程度の情報は良かろう」


 わざとらしく、皮肉げに正則は言う。

 重長の方も、これくらいなら言っても問題ないと判断したのか、口を開く。


「……黒田殿は残念ながら」


 それ以上言う事なく、首を左右に振る。


「協力はせんのか」


 ふむ、と正則は考え込む。

 彼の父である黒田如水が討ち死にしたという情報は――知られても問題ない情報だと判断されたためか――正則の元にも入ってきている。


 ……いや、父親の件は関係ないか。


 それは理由とは関係ないだろう。

 長政は、黒田家のためで一貫している。


 豊臣秀吉の時代に、冷酷ともいえる命令に躊躇せず従ったのも、正室を離縁してまで徳川家に鞍替えしたのも全ては家のためだ。


 ……という事は、奴は伊達政宗の方が不利だと判断したのか。


 内心で、正則はそう判断する。


 政宗も暗愚ではない。

 考えもなしに、家光を擁立したのではなく、相当に前から計画しての事だろう。

 おそらくは、自分達だけでなく、それなりの数の外様大名、あるいは譜代大名を味方に取り込んでいる。

 そして、その中には家康の子でもある娘婿の松平忠輝もいるはずだ。


 そのうえで、倒幕軍――という言い方が適切かは分からないが――の方が不利だと判断を出した。


 ……まあ、いいか。


 だが、自分の判断を変える気はなかった。

 自分は政宗側につく。


「それで、長政はどうなる。不慮の死でも訪れるのか?」


「そのような事は……。ただ、体調が優れない様子でしたので、暫くは休まれるのではないかと」


「この戦が終わるまで、か。では、案外長引くかもな」


 正則の皮肉に、重長も今度は言葉を返す事はなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ここまで来れば、普通なら倒幕側圧倒的有利とみた諸大名が雪崩を打って寝返ることで一気に勝負が決まりそうなところですが、そうならない理由がどこにあるのか楽しみです。京を抑えているからかもしれま…
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