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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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22話 四国征伐1

 天正13(1585)年。

 新たな日本の中心ともいえる城となるべく、一昨年から築城の始まっていた大坂城がついに完成しようとしていた。

 黒と金を基調とした巨城であり、安土城すら凌ぐ規模だ。

 むろん、外観だけでなく内観にも十分な金が使われている。

 調度品も皆、一級品揃いだ。

 無論、信忠も観光地としてこの城を築いたわけではない。防衛能力も天下一品であり、堅城で知られるあの小田原城よりも防衛能力でも上回る事ができると考えていた。


 その完成したばかりの大坂城の天守閣。

 遥か遠方からでも、この大坂城の巨大な姿を見る事ができるだろう。

 だが、こちらからは芥子粒ほどの大きさにしか見えないのだ。

 こんな場所にいると、既に天下人どころか世界の王にすらなったかのような錯覚にすら陥る。


 そんな大坂城の主である織田信忠は、天守閣で前田玄以から報告を聞いていた。


「上様、報告が」


「また朝廷からか?」


 前田玄以は、村井貞勝が本能寺の変の際に死んで以降、京都所司代としての役割を担うようになっていた。

 朝廷絡みの事案も、大抵は彼を通す事になる。


「はい」


 玄以が報告を始まる。


「朝廷は、上様に将軍・関白・太政大臣、いずれでも望みの地位を与えると言ってきております」


 本能寺の変以降、信忠は主だった官位を受けていない。にも関わらず、朝廷は将軍・関白・太政大臣を与えると前田玄以を通して伝えてきた。

 本来、これらの地位を得るためには様々な条件が必要なのだが、それらの条件を特例的な措置で通すとも朝廷は言ってきた。

 だが、信忠はそれを断った。


 これを、「無欲」と捉える者は少なかった。


 玄以は思う。


 ……よもや、上様は単なる『織田信忠』として天下統一を果たすつもりなのでは。


 朝廷から地位を授かれば、天下統一へと一気に弾みがつく。面子の問題から織田に逆らう大名達も、将軍職なり関白職なりに就けば、織田に従属する絶好の大義名分となる。

 だが、そうするとあくまで信忠は朝廷の代理として天下を平定した事になってしまう。

 そうなると、朝廷と織田という二重の支配者が存在する事になる。


 ……信忠様はそれを避けたいのではないか?


 朝廷に力が付きすぎると、朝廷側からの要求も跳ね除ける事が難しくなる。

 例えば、織田に反抗的な大名を討伐しようとしても、朝廷が討伐中止命令を出せば、それに従わざるをえなくなるかもしれない。

 織田の軍事行動にすら口を挟んでくるようになるかもしれないのだ。


 あくまで、織田家として。あるいは信忠個人として独裁的に振る舞う事はできなくなる。


 そして、信忠はそんな玄以の思いに応じるかのように、


「そうか。気持ちだけはありがたくいただいておこう」


 とそっけなく言った。


「では御断りすると……」


「うむ。そうじゃ」


 それ以上の質問は受け付けない、と言わんばかりの口調だ。

 玄以としても、主君がそう言うのであれば従うほかない。朝廷は納得できないだろうが、ここは受け入れてもらうしかない。


 何せ、信忠は既に本州を実質上統治し、四国や九州をも飲み込まんとしていた。


「朝廷の力などなくても、儂で天下は治まる」


 信忠が不意に、口を開いた。


「四国も、直に儂に下る」


 この年、信忠は四国攻めを開始していた。

 信忠自身は大坂に留まるが、この四国攻めには同腹の弟である信雄を総大将とする事をすでに宣言していた。


 本隊となるのは、織田信雄率いる軍勢であり、滝川一益、筒井順慶、細川忠興、森長可といった面々。

 この軍勢は、淡路を通って阿波を目指す。


 次の一軍は播磨姫路から、羽柴秀長を総大将として宇喜多秀家、蜂須賀正勝、黒田孝高、仙石秀久、福島正則、藤堂高虎といった羽柴軍団の誇る猛将たちを送り込む。

 目的地となるのは、讃岐だ。


 最後の一軍は、毛利輝元を総大将とする毛利一族の軍勢だ。小早川隆景や、吉川元長、福原元俊といった面々を送り込む。

 侵攻先は伊予であり、伊予に毛利一族は過去に何度か介入を試しみていた。


 これらの軍勢は合計すると10万を超える。


 対する、長宗我部は4万の兵を動員する。

 四国統一がほぼなっていたとはいえ、長宗我部の力では限界を超えた動員数といってもいい。

 それだけ、長宗我部も必死だという事なのだろう。

 しかも、その必死に集めた4万の兵を三方面から攻め込んできたために三手に分散させる必要があった。

 むろん、本国の土佐にも軍勢を配する必要があるため各地には1万ほどしか配置する事ができなかったのである。


 そのため、数倍を擁する織田勢の前にほとんど抵抗らしい抵抗もできぬまま各戦線の後退を強いられていたのである。


「そのようじゃのう」


 信忠も、上機嫌な様子で最近伸ばし始めていた口髭を触った。

 顔立ちは、弟の信雄ほどではないが父の信長に似ている。

 そのため、信長が若返ったかのような錯覚を玄以は受ける。


「信雄様のお力であれば、長宗我部など問題はないでしょう」

 

 信忠は、相変わらず信雄の方を溺愛し、信孝に関しては冷たかった。

 そのための、追従ともいうべき玄以の発言である。


「うむ」


 信忠も機嫌よく頷く。


 だが、と玄以は思う。

 本来の四国方面軍の総大将だった信孝ではなく、信雄に総大将を任せた事に信孝はどのような考えを抱いているのだろうか。


 ……少なくとも、いい感情は抱いていないのであろうな。


 信忠が、信孝を快く思っていないように信孝もまた、信忠を快く思っていないようだった。


 ……まあ、敵の三倍の戦力で、しかも織田の有力な将達が補佐すれば信雄様が総大将でも信孝様が総大将でも楽に勝てるであろうな。


 玄以はそんな風に思った。

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