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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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224話 大坂之陣11

 大坂城が囲まれ、半月ほどが経った。


 伏見城で療養生活を続ける、大御所・徳川家康の病は重い。

 片山宗哲のみならず、全国から密かに名医を呼び寄せていたが、意識こそあるものの、ほとんどが寝たきり。

 たまに起きても部屋で密かに送られてきている、報告書に目を通すだけだ。

 大坂の戦線のみならず、各諸大名の動きなどが記された情報の数々だ。


 この日、将軍・秀忠の元にいた酒井忠世が家康の元に訪れていた。


「よくきたの」


 身体こそ起こしてはいるものの、顔色は良くない。

 ほんの数年前までは40台といってもいいような体つきをしていた男とは思えないほどに痩せ細っているのが分かる。


 今のまま影武者と並べば、外様大名どころか譜代の家臣達も影武者の方を本物だと思ってしまうのではないだろうか。

 そんな風に思いながらも忠世は報告を始める。


「早速ですまんが、今どうなっておる?」


 家康が訊ねた。

 書状の類からの情報ではなく、実際に現場にいたものからの報告を家康は欲しがっていた。


 忠世も書状などでは伝えにくい現場の雰囲気や、将軍や大名達の様子も交えて報告していく。


「……ふむ」


 家康の顔に変化はない。

 想定の範疇ではあったのか、過激な意見が中心になりつつある現状を伝えてもそこまで驚いた様子や焦った様子もない。


「まあ、年が明けるまで戦は続きそうじゃの」


「はい」


 家康の言葉に忠世は頷く。


「20万の兵を養うだけの兵糧は十分に用意されております」


「となると、ここで年越しか」


 ふふ、と家康は呟く。


「まあ、この歳で戦場で年越しはつらいしの。ゆるりとさせてもらうとするか」


「はい。上様も、それを望まれているかと」


「儂のような邪魔者がおらん方が好きにできるであろうしな」


「いえ、そのような……」


「戯れじゃ。気にするな」


 慌てる忠世に家康は苦笑する。その顔に、焦りはなかった。


 ……落ち着いておられる。


 忠世は、将軍・秀忠から父の容態を確かめるように指示されていた。

 それは決して父を気遣っての孝心だけではないと分かっていたが、忠世も将軍に仕える身。

 その指示には従うつもりだった。


 ……だが、重態だったのは事実のようだ。すぐに戦場に赴くなどという事はないと思うが。


 今の発言が本当ならば、少なくとも年明けまではこの伏見城に留まるようだ。その間は、秀忠が将軍として名実共に全権を握っている事になる。


「ところで」


 忠世が探るように言った。


「大御所様は、大坂方との和議を考えておられるのですか」


「うむ。将軍には悪いが無駄な血は流すべきではないであろうしの」


 元々、大坂織田家の滅亡に執着がなく、むしろ和睦を望んでいた家康だ。隠す様子はなく言った。


「今は隠居の身である、織田常真に任せてある」


 秀信にとって叔父にあたる織田常真に命じ、和議の交渉を密かに進めていた。

 だが、戦線は硬直しつつあるものの、落城にはまだ遠く、浪人勢の戦意も高い。

 現状では和議は困難だし、仮に結べたとしても相当に譲歩せざるをえないだろう。


「なるほど……」


 忠世も頷きながらも、今は実現困難であろうこと思うし、家康もそれは分かっているだろう。


 その後、いくらかの雑談をした後、忠世は退室した。


 

 忠世が立ち去った後、これまで黙って傍らにいた本多正純に訊ねた。影武者を本物と信じる大名の目を欺くため、普段は大坂の陣所に赴いていたが、今はこの伏見城に密かに戻っている。


「正純よ」


「如何されましたか??」


「秀信は条件を飲むと思うか?」


「織田秀信が、ですか」


「ああ、今のところ、国替えをさせようと思っているのが」


 家康は、織田秀信を国替えさせる機でいた。

 天下の名城は、やはり秀信の判断を狂わせる。

 あの城は取り上げる必要があると考えていた。


「ですが、あの御仁が最低限の面子を保った上での国替えとなると70、いえ80万石は必要かと。それだけの国が……」


 当然、国替えとなれば、代替となる国が必要だ。

 10万石にも満たないような場所ならばともかく、弱体化したとはいえ今だに大大名ではある織田家を移せるような場所はない。

 領地を減らされての転封となれば、秀信は許さないだろう。


 だが、ここで正純の顔がキラリと光る。


「前田には、内通疑惑がかかったままです。それ以外にも、不穏な噂もある大名もいますゆえ、それらを取り潰して、主を失い空白となった領地にという案もありますな」


「相変わらず、父以上にえげつない事を考えるの」


 家康が苦笑気味に言う。


「だが、戦前に交渉した際には越前への転封命令を拒絶しておったぞ」


「あの時とは状況が違います。今はこれまで心の拠り所にしていたであろう天下の大坂城を包囲されています。心境に変化が生じたとしても不思議はないかと」


「うむ」


「その為には、エゲレスから買った大砲ももっと効果的に用いたいですな」


 この戦で幕府軍はカルバリン砲と呼ばれる大砲を用い、海戦などでも使っていた。

 野戦では、いかに射程距離や威力が凄まじくてもあまり役立つ機会はない。だが、城攻めや海戦でこそ真価が発揮できる。


「そうよな」


 放ち続けるだけで、大坂城の秀信に重圧をかける事もできるだろう。

 兵達も心理的に威圧する事もできる。


「和議にせよ総攻めもせよ、もう少し先の話になるであろうな。秀忠には油断せぬよう伝えておく」


 家康の言葉に正純も頷いた。






 この時、織田常真も伏見城下にある大和織田家の屋敷にいた。

 大和織田家の重要拠点であり、常真の住まう隠居屋敷も郡山城にはあった。だが、黒田如水らの猛攻によって城下を荒らされてしまった。現在は撤退して大坂城に籠ってはいたものの、大坂織田家との戦が続いている以上、修復工事は後回しになっており、常真はここで起居していた。


 同時に、大御所・家康からの頼みもあり大坂織田家との和睦交渉を行っていた。

 幕府首脳の読み通り、交渉は難航している。


 大坂城を囲まれる事になったものの、前哨戦での二度の勝利により、士気は下がっていない。


 常真も暗鬱な表情のままだ。


 何より、この時に大和織田家には大きな問題が発生していた。

 この時点で家督を継いでいた織田秀雄が体調を崩し、寝込んでしまっている。

 元々、病にかかっていたのだが、黒田如水の大和侵攻により負担も増えた。一時は、持ち直していたのだが、最近では再び病が悪化し、今はこの屋敷で療養中だった。

 だが、良くなる様子はなく最悪の事態も考える必要があった。


 大坂で兵を率いているのも、常真の子であり秀雄の弟である信良である。


「困ったものよのう」


 既に、権力の座から退き、後継者である秀雄も自立していける目途がたったと思ったらこれである。

 秀雄に子はいない。

 このままなら、その信良を後継者とするほかない。


 ……大坂の織田家も気にはなるが、儂の子も大事なのだ。


 現状、信長の弟である数少ない生き残りである織田有楽斎を伝手に和睦交渉を進めると同時に、最悪の場合を考えつつあった。


 大坂の織田家と心中する気はない。

 最悪でも、自分の子の系列による織田家は何が何でも残す気でいた。


「もはや完全に大坂の本家よりも、実の子を優先しておるな。父上はどう思うであろうか」


 そう目の前の男に問いかけるように言った。


「別に構わないのでは? 信長公の織田弾正忠家も元はといえば、分家の分家ではないですか。信長公も秀信様も、御隠居様に文句を言う資格はないでしょう」


 答えたのは、細川忠興の子である興秋だった。

 この時、忠興は弟である忠利の方に家督を譲る事を決め、その決定に不服となり出奔し、今は常真のところで食客となっていたのだ。


「辛辣だの」


 忠興との確執も、家督継承の事だけではなくこうやってはっきりと言う興秋の性格にあったかもしれない――と常真は考える。


「御隠居様は、自分の子の方の織田家の事だけを考えるべきかと」


「……そうか」


 だが、今はこうしてはっきりと言われる方がありがたかった。

 旧織田時代の家臣達は、秀信を見殺しにすべき、と考えつつも立場上、それを口に出せないものも多いのだ。


 親子といえば、と常真はふと思い出す。


「戦場には忠興もきておる。会う気はないのか?」


「御冗談を。某はもう細川家とは関係ありません故」


 心底嫌そうな顔と口調だ。


「しかし、親子ではないか」


 生死の境を彷徨っている、秀雄の事が脳裏に過る。

 だが、興秋の答えは冷たい。


「親子などと言われましても。我が父は子であろうが、気に入らなければ平気で追い払う男です。弟に家督継承を決めた以上、私があのまま細川家に残っていても兄上のように追われただけかと」


 忠興長男の忠隆の方も、今は細川家を追われて前田家にいた。

 かつて、関ケ原の合戦の際。豊臣秀吉によって親徳川方の有力大名の妻子を人質にしようとした際、忠興正室が犠牲になった。

 その際、自らの安全を優先したと父・忠興と衝突し、事実上の勘当状態となってしまっていたのだ。


「そうか」


 常真も諦めたように頷く。


 ここで不意に、慌てた様子で小姓が駆け込んできた。


「何事だ」


「そ、それが。秀雄様が……」


 常真の顔も急変する。


 慌てて秀雄の元へと駆け付けるが、その時には既に遅かった。

 容態が急変した秀雄が亡くなってしまったのだ。



 織田信長の孫が窮地に陥っている中、別の孫が一足先に亡くなった。だが、いつまでも悲嘆にくれるわけにはいかない。

 常真は別の孫を生かす為に、あらゆる手を模索してく事になる。


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