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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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223話 大坂之陣10

 江戸城の一室。


 将軍不在のこの江戸城の責任者は、徳川家光と忠長の兄弟だ。しかし、まだ幼い彼らがまとめる事はまだ難しい。

 そんな彼らを留守居として残った酒井忠利、内藤政長らが支えていた。


 幕府の中枢ともいえる地でも大坂での戦の情報は、逐一届けられている。


「幕府は大坂城を囲んだらしい」


 そんな中、話し合っているのは福島正則と黒田長政だ。


 今回の戦、息子達に兵を任せ、本人たちはこの城に留め置かれている。


「大和や河内で幕府譜代の連中を翻弄したと聞いておったがな」


 長政に対し、正則が答える。


「その情報は古いな。既に20万の軍勢で囲んでいる」


 かつて、長浜時代からの知り合いの二人であり、この時代の平均寿命を考えれば共に老人といわれる領域に足を突っ込んでいる。

 互いの口の利き方にも遠慮がなくなっている。


「そうか。まあ、万が一の奇跡でも起きて将軍の首が胴体から離れるのではないかと思っていたが、そううまくはいかんか」


「おい」


 長政もさすがに顔色が変わる。

 ここは江戸城、万が一にも誰かの耳に入ったら大変な事になる。


「そう怯えるな。見張りならばいる。誰か近づいてくればすぐに知らせるように言ってある」


「それは、そうかもしれんが……」


 長政も言い淀む。

 そうではあっても、さすがに口に出していい事ではない。


「懐かしいな。そうは思わんか」


「何がだ?」


 唐突な言葉に、長政も何の事か分からず困惑する。


「関ケ原の戦いの後だ」


「ああ。ある意味、戦場よりも大変な日々だったな」


 太閤・豊臣秀吉が討ち取られ、幕府の大軍が九州の地へと向かってきたのだ。

 九州の兵だけで対抗は困難であり、まさに存亡の危機だった。


「よく生き残れたものだな、互いに」


 あの時は、大陸出兵の時よりも危険を感じた。

 単に、自分が討ち取られるだけならば、家は残る。

 しかし、家を取り潰されてしまえば命は助かっても武士としては死んだようなものだ。


「あの時は幕府も盤石ではなかった。太閤殿下がいなくなったとはいえ、我らのような太閤恩顧の大名が多数健在だったからな」


 ふふ、と正則は小さく笑う。


「だが、今回は違うと?」


「織田秀信に味方するような存在が、どの程度おる?」


 その言葉に、長政も笑う。

 織田系列の大名も減少し、数少ない有力大名も幕府側として参戦している。


「それもそうか」


「で、あろう? 黒田如水殿のように、最期を飾るためとでもいうのであれば別かもしれんが、そんな存在でなおかつ有能な存在など多くはあるまい」


「それもそうか」


 長政も苦笑する。


「それで、どうなのじゃ? 如水殿のところにでも行く気があるのか?」


「もしや、父上を助けに大坂城に行くとでもいうのか」


「ありえんか」


「ありえんな。父上とは縁を切っておるし、織田秀信には何の義理もない。何故、急にそんな事を?」


 正則の言葉に疑問符を浮かべた長政だが、正則はすっと目を細める。


「では其方、どう思っておるのじゃ。今の将軍を」


「それはまた、ずいぶんと大胆な発言だな」


 正則の発言に、つい苦笑する。


「優秀な御方ではあるな。外様に冷たいという者もおるが、幕府の安泰を考えればそれもまたやむなしじゃろう。以前の幕府などは、そのせいで滅んだようなものだからな」


 足利幕府、特に末期は本当の意味で幕府の戦力といえる存在がほとんどなかった。

 それゆえに、力をつけた大名達による跳梁跋扈を許してしまう羽目に陥った。

 秀忠にせよ家康にせよ、足利幕府や織田政権、豊臣政権の凋落の原因を冷静に分析し、新たな幕府基盤を築きつつあった。


 が、そのしわ寄せを受け緩やかに弱体化されつつあったのが外様大名であったのだが。


「では、幕府に何かあっても最後まで付き従う気か」


「大胆は発言だな。まあ、その時になってみないと分からん。だが、儂は儂で黒田家の当主としてやるべき事をやる。それだけだ」


「……そうか」


 暫し、沈黙が支配する。

 間をおいてから、長政がぽつりと言った。


「……福島殿は、このまま隠居生活を楽しむつもりか?」


 不意の言葉だが、正則は不敵な笑みを浮かべたままだ。


「それも良いかもしれんな。儂も歳じゃし、福島家は十分に守り通せたと思う」


「口ではそう言っておるがな、まだ若さ失われておらんと思うぞ。それに、本当に福島家は安泰だと思うか?」


「弟の事を言っておるのか?」


 本来、正則の子である忠勝を補佐する役目にある正則の弟の高晴は素行が良いとはいえず、駿府の家康の元にまで家臣が訴えに出た事もある。

 その家臣との間で駿府城下で揉め事が起きてしまった。

 そうなった以上、高晴は勿論、正則も何らかの処罰を受けてもおかしくなかった。

 だが、その際は正則の事を気に入っていた家康のとりなしもあって不問にはなった。


「それだけではない」


 長政が真剣な表情のまま続ける。


「確かに、福島殿は大御所様には気に入られているようだ。しかし、上様はどうかな?」


 かつて、九州征伐を目論んだ秀忠は明らかに福島家を取り潰したがっている。大坂の織田家を潰せば、あるいは大御所の家康が身罷るような事態にあれば、福島家を標的としてもおかしくはない。


「ふん。あの御仁ならば、確かに危ういかもしれんな」


 将軍・秀忠の冷酷さは正則も分かっている。


「確かに、九州の一大名として一時は安泰と思った。跡取りとなる我が子も育ってきた。だが、不安もある。それに、儂ももう少しやれていたかもしれん――そんな風に思える事もある。だが、このまま旗揚げしたところですぐにでも潰えるのも分かっておる」


「いかに貴殿といえども、今の幕府には適わんか」


 挑発するような言葉だが、正則はそれに乗る事はなかった。




 同じく江戸城。

 この江戸城の現時点での主ともいうべき存在。

 大御所・家康の孫であり、将軍・秀忠の子。


 三代目将軍の最有力候補である家光の前に、伊達政宗がかしこまっていた。

 傍らには、片倉重長の姿もある。


「お久しゅうございます」


「うむ」


 家光は、口数こそ少ないものの、その瞳には歓喜の色が強く浮かんでいる。


 幕府内部には、根倉と評判の悪い家光よりも利発で行動力のある忠長に対して好意的な者が少なくない。

 家光も、未だ幼いとはいえそれを敏感に感じ取っていた。


 そんな中、政宗は明確に家光支持ともいえる姿勢をとっていた。

 江戸城に赴いた際には、まず第一に家光の元へと赴き、挨拶を交わす。


 外様の中では最有力ともいえる政宗のその態度に、家光も次第に心を開いていったのだ。


 今は、会う前にすら顔を朗らかにしている。


「大坂の方はどうなっておる?」


 当然、家光の方にも戦況は伝わっているだろう。

 だが、この政宗の口から聞く事を家光は好んでいた。


「大御所様と上様は、大坂城を囲みました。上様の叔父上の仇でもある織田秀信を討ち取るのは時間の問題でありましょう」


 政宗は、松平忠吉と井伊直政の暗殺事件の黒幕を察している。


「某も老骨の身でなければ、是非とも大坂へと赴き、仇をとって家光様への土産としたかったのですが」


 だが、その上で白々しくも言ってのけた。


「いや、良い。其方は私の元にいてくれるだけで頼もしい。それに、其方の子は大坂へと赴いているのであろう」


 少年特有の高い声で家光は訊ねる。


「はい。愚息ではありますが、決して大御所様と上様の邪魔にはならぬかと」


「そのように謙遜するな。私は誰よりも其方を頼りにしておる。其方の子も同様だ。秀宗も是非、私を支えて欲しいと思っておる」


「……ははっ」


 淀みなく喋り続けていた政宗には珍しく、次の言葉が出るまでの間があった。

 政宗は内心で複雑な思いがあったのだ。

 政宗は秀宗でなく、その異母弟である忠宗の方に家督を譲る気でいる。


 しかし、弟との家督継承という話題を出すわけにはいかない。

 忠長との事がある以上、家光の機嫌を損ねてしまう可能性が高いのだ。


「ところで、伊達家には騎馬武者に馬上筒を持たせて戦わせているようだの」


 だが、家光はあっさりと話題を変えた。

 内心で安堵しつつ、政宗も応える。


「鉄砲騎馬隊の事でございますか。あれは、数も少のうございます。ほんの一部の話であり、大半は他家と変わりませぬ」


「そうか。だが、関ケ原の戦いで用いたと聞いたが」


「はい。その際は……」


 その後も雑談が続いていく。

 だんだんと戦の事からも話は逸れてきた。


 南蛮商人から聞いたらしい異国の話やら、祖父や父の好む鷹狩を自分もしてみたくなったといった話などが続く。


 ……だいぶ、打ち解けてきてくれたの。


 政宗は内心でほくそ笑んだ。


 本気で幕府に反旗を翻す場合にせよ、このまま恭順の道を選ぶにせよ家光からの信頼は必要不可欠なのだ。


 ……だが、予想以上に順調。思わぬ誤算。嬉しい誤算ではあるが。


 一つ、問題が浮上してくる。

 脳裏に浮かんだのは、娘婿でもある松平忠輝だった。


 ……当初は、あの御仁を担ぐ気でいたが。


 家康の六男とはいえ、家康から疎まれていると噂されている忠輝よりも、曲がりなりにも秀忠の後継者候補筆頭である家光を傀儡にした方が良い。


 娘婿を担ぎ上げては、背後に政宗がいる事は明白。

 幕臣からの信頼を得たうえで、平和的に幕府を乗っ取る事などできない。


 大義名分は綺麗なほどいいのだ。


 ……どうするべきか。


 無邪気な様子で話し続ける家光を見ながら、政宗は思考を続けた。

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