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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
222/251

220話 大坂之陣7

「む、む……」


 大坂城の天守閣。

 その最上階で、織田秀信がうめき声のような言葉を呟いた。


 甲冑姿だが、落ち着きなくきょろきょろと漂わせる視線がどこか頼りなさを感じる。


「上様」


 富田信高が、その秀信に声をかけた。


「う、うむ。どうした?」


「沖合にて、船合戦がはじまった模様」


「そ、そうか」


 この時、西方では織田水軍と幕府水軍による船合戦が始まっていた。


 織田水軍といっても、かつて織田信長や信忠の率いていたものとは違う。

 長宗我部や小西の旧臣を中心に作り上げた、急ごしらえのに寄せ集め水軍だ。


 一方、幕府水軍は向井忠勝を中心にした徳川水軍。それに、脇坂、加藤、藤堂、九鬼といった朝鮮半島で多くの海戦を経験した強力な水軍だ。


 質が違う、数が違う、武器の性能が違う。

 どう考えても不利な戦いだった。


「もし、我が水軍が破れたらどうなるのだ?」


 秀信が、それをどこまで理解しているかは分からない。

 だが、それでも不安は感じていたらしく、そう口にした。


「よもやとは思うが、一気にこの大坂城まで攻め寄せてくるのでは……」


「それはありえませぬ」


 信高はそれを否定する。


「仮に、幕府水軍が勝ったとしても、乗船している兵達だけで城攻めは仕掛けてこないでしょう。この大坂城は天下の名城ですし、まだ1万の兵が残っております」


「うむ……」


 秀信は不安そうな表情のまま頷く。


 ……大丈夫であろうか。


 信高には不安な思いがある。

 何せ、有力な武将は皆、各戦線へと赴き、大坂城に残った武将は少ない。


 その事を理解しながらも、口にする事はなかった。




 ……やはり、不利か。


 大将船の上で、長宗我部盛親は内心で舌打ちする。


 織田水軍が、次々と敵の水軍によって沈められていく様子が見える。


「殿、どうされますか?」


「そうよな」


 顎に手を当てたまま盛親は考え込む。


 ……それにしても、これを兄上がこれを知ったらどう思うか。


 ふと思う。

 かつて、秀信の父である信忠は、盛親の兄である信親と共に対馬海峡に沈んだ。

 だというのに、自分が信忠の残した織田家の水軍を束ねている。


 何という皮肉な事だろうか。


「このままでは、負けるな」


 盛親が呟く。


 幕府水軍と対峙し、海戦は始まった。

 織田水軍の船に備え付けられた大筒の有効射程に入るよりも先に、敵の大筒が火を噴いた。


 だが、織田水軍も引くわけにはいかない。

 ここで敗れて制海権を奪われてしまえば、大坂を守る海に、巨大な蓋をされるも同然となるのだ。


 そうなれば、織田軍は一気に不利になる。


 織田水軍も、何とか射程距離に近づいて大筒を放つ。

 しかし、ほとんど命中しない。


 幕府側の軍船はほぼ無傷。

 その間にも、織田水軍の船は沈み続ける。


 盛親の知らない事だったが、幕府はイギリスからカルバリン砲と呼ばれる大砲を購入している。

 そのうちの一つを、この戦いに投入してきていた。

 カルバリン砲は、アルマダの海戦などでも活躍したものだ。

 射程距離は長い。


 それ以外の和製大砲も、織田水軍が使っているものよりも高性能だった。

 かつて、関ケ原の戦いの折、明で鹵獲した大砲や、それを元に国友で石田三成が作らせたものを西軍は使っていた。

 それらの大砲は、関ケ原合戦終結後に、徳川家が接収しさらに研究を続けさせ、改良を続けた。


 一方、織田水軍が使っているものは、とにかく数を揃えるために性能は妥協さざるをえなかった。


 放ち手の技量にも差はあった。

 力の差は歴然としている。


 その戦力差の中、有効な策がうてない。


 気がつけば、安宅船が2艘、関船4艘 小早7艘。

 これが、この時点で残った織田水軍の戦力だった。


 ……どうにもならんな。


 これでも敵が壊滅寸前だというのであれば、話は別だが、幕府水軍はほとんど無傷といってもいい。


「城に戻る!」


 盛親も、ここで死ぬわけにはいかない。

 御家再興の願いも、幕府に一矢報いたいという気持ちも、ここで死んでしまえば全て無意味だ。


 盛親は決断する。

 しかし、幕府水軍も攻撃の手を緩めない。


 その幕府の執拗な追撃により、残った戦力もほとんど壊滅してしまい、盛親の乗っていた大将船も半壊しながら、辛うじて陸に辿り着くのがやっとだった。


 上陸した幕府軍が、それを追う。

 脇坂安治、加藤嘉明、藤堂高虎の軍勢である。

 城内の織田軍が出て来た時に備え、小船を浜辺に浮かべ、ある程度の兵を残している。


 だが、幕府軍に上陸されたと知った織田秀信は城の守りを固める事を優先し、兵を外に出す事はなかった。


 大坂湾から物資を輸送するための要所である木津川口に織田軍は砦を築いていたが、幕府軍はそれを占拠する。

 抵抗はほとんどなかった。


 とはいえ、上陸して木津川口砦こそ奪ったものの、この時点の戦力では敵も1万ほどの兵しかないとはいえ、大坂城攻略は不可能と判断。


 制海権を奪った事を大坂城にいる秀信に見せびらかすかのように、海上に多数の船を浮かべながらも、それ以上の攻撃は控え、大御所や将軍の軍勢が大坂城を囲むまで待機することになった。




 そして、やがて明石川合戦での敗退、それに伊丹城の陥落したことによって播磨方面から明石全登らの軍勢が戻ってくる。


 さらには、河内や大和にいた軍勢も大坂城へと戻ってきた。


 大坂城に、各地に散らばった兵が再び集ってくる。


 木津川口の砦を占拠したとはいえ、向井忠勝らにこれらを阻むだけの戦力はない。

 全体的に見れば、幕府側の方が被害は大きかったが、織田軍の被害も少なくない。特に、明石川合戦では多くの被害を出した。

 討ち死にしたものや、重傷者、行方不明者などは合計すれば5000人ほどになる。

 元々の数の5万5000から5万に減じた織田軍が大坂城に籠る事になった。


 一方、幕府軍も大坂城を包囲するために動く。

 大御所・家康は住吉、将軍・秀忠は平野に陣取る。

 幕府側は、犠牲者を引いてもまだ20万以上の兵がいる。


 およそ4倍の戦力差だ。

 しかし、大坂城は天下の名城。

 家康も秀忠も即座の力攻めはせず、包囲させるに留めた。


 が、北東方面の包囲は少し緩い。

 ここで大坂城の北東部の位置にある今福・鴫野の砦を攻めさせる事にした。


 攻め寄せるのは、上杉景勝、佐竹義宣、丹羽長重、それに榊原康勝だ。

 榊原康勝はともかく、他の大名は外様だ。

 幕府への忠誠を見せるため、犠牲を出しながらも執拗に攻め寄せた。


 その途中、大坂城から生駒一正の軍勢が援軍として駆けつけるが、上杉の将・水原親憲の奮闘によりそれを撃退する。


 結果、今福と鴫野は幕府軍に占拠された。


 幸先の良い結果に機嫌を良くした秀忠は景勝ら上杉家の面々を平野に呼んだ。


「面をあげよ」


 秀忠の言葉に、平伏していた景勝が顔をあげる。


「はっ」


「此度の戦、見事であった」


「もったいなき言葉――」


 景勝が、丁重に言う。

 

「その方らもだ」


 秀忠の顔が、直江兼続、それに今回の戦いで功のあった水原親憲へと向けられる。


「此度の戦について詳しく話してくれ」


 秀忠にしては珍しく、機嫌が良いようだ。

 事務的な報告だけではなく、景勝や兼続から詳細な内容を聞きたがっている。

 お気に入りの土井利勝や立花宗茂といった面々ならともかく、完全な外様である上杉などに大しては珍しいことだ。


 稀にみる上機嫌らしい。

 それを察した兼続は、寡黙になってしまった主人に代わって説明をはじめる。


「まず、我らが敵勢に――」


 将軍・秀忠の性格を知るだけに、あからさまな誇張こそしないものの、多少話を盛りながら、武功を誇るように兼続は説明を続ける。


 将軍・秀忠に媚びへつらうような態度だ。

 かつては、徳川家と敵対した過去もある。

 だが、今は上杉家のために徳川家、そして将軍に従うほかないのだ。


「なるほど――」


 と秀忠が愉快そうに聞いている時に、これまで黙っていた親憲が口を開いた。


「いえ、今回の戦、敵が弱すぎるだけでした。おそらく、かつて某が謙信公と共に川中島で戦った武田軍と比べれば童のようなもの。このような戦で上様からお褒めの言葉を賜るとは」


 親憲は川中島合戦で、武田軍と戦った過去もある謙信時代からの武骨な老将だ。

 それだけに、かつては上杉軍を主導し、藤田信吉ら親徳川家臣を放逐し、反徳川路線の中心人物だったにも関わらず、このような態度を取る兼続を嫌っていたのだ。


「水原殿」


 さすがに将軍の前だけに、激昂する事はできないが、兼続の目が険しくなる。


「構わん」


 だが、秀忠は上機嫌そうなままだ。


 大御所である家康に代わって影武者が住吉の本陣にいる事を兼続は知らない。

 実質的に大坂攻めの指揮を執り、父・家康に横入れされる心配もなく織田家を滅ぼせることになり、秀忠はかつてないほどに機嫌が良かったのだ。


「その方のような男、今では貴重な存在だ。父上が好むようなであろうな」


 結局、秀忠は親憲を咎める事なく称賛し、その後、感状を賜った。


 そんな事がありながらも、大坂攻めの緒戦は幕府側優勢で始まったのである。

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