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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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218話 大坂之陣5

 姫路城に集まった軍勢は、織田軍が播磨へも兵を出したとの知らせを受け、即座に動ける兵のみを出す事にした。

 九州勢で到着しているのは、加藤清正と立花宗茂のみ。

 毛利勢もまだ十分な数が揃っていない。

 それでも、この時点で織田軍の数倍の人数が揃っている。


 姫路城にて、早速、軍議が開かれた。

 この城の城主でもある豊臣秀頼を中心に、石田三成や片桐且元といった豊臣家臣、幕府からの派遣された土井利勝、外様大名である加藤清正や小早川秀秋といった面々が揃っている。


 引きつれた兵の比率からすれば、事実上の大将は豊臣秀頼という事になる。

 だが、秀頼はこれが初陣。

 傍から見ても、明らかに顔色が悪い。


「秀頼殿は大丈夫なのでしょうかな」


 土井利勝が、秀頼の傍らにいる石田三成に問うように言った。


 その口調や態度は、あくまで一介の外様大名の当主に対するものでしかない。

 ある意味、当然といえば当然だ。

 秀頼は外様とはいえ、大々名といっていい存在だが、利勝も幕府の重鎮といっていい存在。

 秀忠からの信頼が最も厚い男といっても過言ではない。

 大御所である家康に取り入れたければ、本多正信・正純親子に取り入れと言われているように、将軍に取り入りたいのであれば、この利勝に媚びへつらう必要がある。


 そして、豊臣秀頼と土井利勝。

 どちらかの機嫌を取らなければならない状況であれば、大名達は――旧豊臣系列の者であっても――利勝を選ぶだろう。


 それはもはや、動かしようのない現実。

 だが、それでも感情としては別だった。

 そんな利勝にむっとした様子を三成は見せる。


「土井殿」


 秀頼が返事をする前に、三成は勝手に返した。


「我が主は、初陣という事でこの戦場の空気に慣れていないだけでござる」


「なるほど、なるほど」


 利勝は鷹揚に頷いている。


「そういう事もあるでしょうな。ですが、大御所様は今の秀頼殿よりも若い時期に戦場に立っておりますぞ」


 皮肉げな口調だ。

 年齢を言い訳に使うな、と言わんばかりに言う。


「……」


 秀頼は無言だ。

 父である秀吉とは似てもにつかぬ巨躯の姿で、腕を組んでじっと黙っている。


「土井殿」


 ここで、加藤清正が口を挟んだ。


「どうかされましたか?」


「此度の戦い、是非とも某を先鋒に。幕府への忠誠、この清正がお見せしましょう」


「ほう……」


 利勝が感心したように言う。


「なるほど、さすがは加藤殿。それでは、先鋒は加藤殿にお任せするという事でよろしいですかな?」


 秀頼も頷く。


「なるほど、それでは続いては……」


 意見が飛び交い、具体的な配置が決められていった。




 翌日、姫路城から、豊臣秀頼や加藤清正らが兵を率いて出ていく。


 この西国方面の幕府軍は、豊臣秀頼を大将に、片桐且元、真田信繁、平野長奏、堀尾忠晴、小早川秀秋、加藤清正、立花宗茂ら4万2000の軍勢だ。

 まだ未到着の島津、金剛、宗といった清正以外の九州勢は含まれない。

 正則・長政は江戸城に留まっているが、息子たちによって率いられた福島・黒田も未到着である。


 一方の織田軍は、明石全登、内藤如安――当初は、大坂城に残る予定ではあったがこの戦場に赴いていた――らを中心とした1万5000の兵だ。


 明石川を挟んだ付近で、両軍は対峙することになる。


 織田軍には油断があった。

 この西国方面の軍勢は、旧豊臣家が大半。

 当然ながら士気も低いと思われた。


 故に、まともに戦闘になることすらないかもしれないと思われていたのだ。

 事実、当初は伊丹城に兵の大半を入れ、積極的な動きを見せていなかった。


 しかし、予想に反して幕府軍は積極的に出撃してきた。

 急遽、兵を出したものの、その士気は低い。

 逆に幕府軍の士気は高い。


 特に加藤清正、立花宗茂ら朝鮮半島への渡海も経験した勇猛果敢な将の配下の兵達は強い。


「やれ、やれーっ」


 侍大将の怒声が飛び、兵達も津波のように織田軍に押し寄せる。

 数の劣る織田軍を、一挙に飲み込むかみかねない勢いだ。


 だが、織田軍も抵抗を見せる。


 何せ、後のない浪人集団だ。

 戦意も高い。


 その命を惜しまない戦いぶりに、幕府軍もなかなか崩せない。

 幕府の大軍に飲み込まれながらも、織田軍は奮戦した。


「何をやっとるかっ」


 清正の叱声が飛ぶ。


「儂は秀頼様に豊臣の力を見せるといった。これがその豊臣の力かっ」


「と、殿っ」


 傍らにいた、飯田直景が驚いたように声をあげる。

 何と、清正が前へと進み出たのである。

 その勢いを見て清正の配下達も、驚いたように道を開ける。


「それ以上は危険ですぞっ」


 秀吉の元、戦っていた若い頃とは違う。


 今や、清正は家臣からも民からの信頼も厚い加藤家の当主。

 その清正の命が失われれば、加藤家、さらには肥後の民に与える影響があまりにも大きい。


「何が危険だというのだ。戦に危険はつきものだ」


「で、ですが。このような戦で……」


 言ってから、直景はばつが悪そうに口元を抑える。


 内心、この戦に関して直景は乗り気ではなかった。

 これは、ただ自爆同然の挙兵をした織田秀信の始末。勝ったところで、得るものも少なく幕府の権威を高めるだけ。

 労力のわりに、得るものがほとんどない。

 それが、大半の旧豊臣系列の大名や武将達の本音だった。


「このような戦、か」


 清正は戦場から視線を離さないまま直景と会話を続ける。


「申し訳ありません」


「いや、ただ儂が幕府の言いなりになっておるでようで気に食わんか」


「そのような事は……」


「良い。そう思うのも当然だ」


 苦笑して清正は続ける。


「だがな、これもまた戦だ。幕府に狗のように従い、頭を垂れる。それで家を残すのも立派な戦だ」


「……」


「不満に思うのも分かる。だがな、わずかでも不満を見せればあの将軍は容赦なく取り潰す。特に、我らをはじめとする九州の大名は、本来であれば関ケ原の直後に取り潰したがっておったからの。取り潰す理由をこちらからくれてやるわけにはいかん」


 清正にとって、最大の後ろ盾ともいえた豊臣秀吉は既にいない。

 徳川家康とは今は友好関係にあるが、子の秀忠は違った。


 だからといって、秀忠に反発して手を抜いたところで何の利益もない。それどころか、それを理由に加藤家の力を削ごうと目論むだろう。


「……そうですな」


 直景も不満に思う気持ちは消えていないようだ。

 だが、それでも主君の思いを酌む事にはしたようだ。


 主従は頷きあい、戦場に集中する事となった。




 加藤家に限らず、幕府軍全体には妙な空気があった。

 何せ、この戦場にいる幕府軍は外様大名が中心。それも、池田輝政や真田信之のように早い段階から徳川家に接近した親徳川の家ではない。

 関ケ原の段階まで、天下を競って戦った相手なのだ。


 ――何故、徳川の為に。


 そういった空気が、積極的な攻撃に繋がらなかった。


 だが、清正の奮戦を見てその空気も変わる。

 清正一人に戦わせぬとばかりに、軍全体に勢いがつく。


 徐々にではあるが、幕府軍が織田軍を押し始めた。

 こうなってくると、数では勝る幕府軍が優位だ。

 じりじりと、織田軍は削られていく。


「儂に続け! 織田の軍勢を皆殺しにしろっ」


「やれ、やれー!」


 加藤清正、小早川秀秋、豊臣秀頼の軍勢の勢いはすさまじい。


 織田の軍勢を圧倒していく。

 織田の兵が倒される。旗指物も倒される。


「どうした、それでも織田の兵かっ」


 小早川軍の塙直之が叫ぶ。

 彼に鼓舞されるように、小早川の兵達は織田の軍勢をなぎ倒していく。


 ……思ったよりはやるようだの。


 戦前、戦経験の少ない者達が中心だった自軍を見て不安に思っていた直之ではあったが、この善戦は予想を超えていた。


 だが、とも思う。


 ……敵が予想以上に脆いだけかもしれん。


 明らかに敵は弱い。


 直之は知らなかったが、大坂方は河内方面や大和方面に偏るよう、有力な将や兵を配置した。

 そちら側の戦こそが、本命となると考えての事だ。

 明石全澄や内藤如安やその直轄の家臣達はともかく、大半の将も兵も比較的、頼りにならないと判断されたものが中心となった軍勢だった。


 小早川軍や加藤軍の勢いを見て、気圧されるように崩れていく。


 手柄を立てる好機と見た、小早川軍の兵達は我さきにと槍を手に駆けていく。

 戦場経験の乏しい者達であっても、敵がこれだけ劣勢になれば別だった。

 死の恐怖よりも、恩賞への魅力が上回ったらしい。


 そういった気持ちが全体に伝播していく。


 元々、士気は低くとも、兵の数では勝っていた幕府軍だ。

 大坂の軍勢を圧倒していった。




 ……まずいな、これは。


 本陣で明石全登が内心でちっ、と小さく舌打ちする。

 正直、数では劣るとはいえ豊臣や加藤といった外様大名を中心とした敵勢は戦意が低い、とみていた。

 こちらから仕掛けない限り、戦いを仕掛ける事すらないかもしれないと。

 そのため、戦力の中心となる者達を河内方面や大和方面へと配置した。


 だが、予想に反して豊臣軍は思いもよらぬ猛攻を見せる。

 味方の悲鳴や怒声が聞こえてくる。


 一度不利になってしまえば、数で劣るこちらは一挙に壊滅する可能性すらありえる。


 ……引くとすれば今か。


「明石殿」


 内藤如安が問いかけるように全登の方を見る。

 うむ、と全登は頷いた。


「まずいですな」


 少し考えるような仕草をした後。


「撤退すべきか……」


「ううむ……」


 家臣達が相次いで報告に訪れる。

 いずれも、味方の危機を告げるものばかりだ。


「……やむをえませんな」


 そう言って、家臣達に指示を出す。


「ここはひくぞ」


 全登の家臣達は、反論する事はない。

 彼らもこの戦場での不利は悟っていた。


「伝令を」


 全登にはっ、と数人の兵が従い本陣から駆けていく。

 各部隊に撤退の指示を出す為だ。




 やがて、織田の軍勢が撤退していく。

 だが、敗走の上での撤退なのだ。被害は大きい。


 1000人ほどの死者を出してしまう。一方の、幕府軍の死者はの300人ほどに過ぎなかった。


 それでも、幕府軍に備えて増改築をした伊丹城であれば、まだ暫くは戦えるはずだった。


 しかし、伊丹城の責任者となっていたはずの薄田兼相があろうことか、遊郭にいて不在だった。

 彼も、幕府軍の戦意は低く、戦いは長引くとみて慢心していたのだ。


 幕府軍の勝利を知ると、慌てて駆け戻ってきたがその時は既に城下は大混乱に陥っていた。

 元々は数で勝る幕府軍だ。

 それなりの犠牲者は出たものの、力攻めによって伊丹城は陥落した。


 明石全登や内藤如安、それに薄田兼相らは、大坂城に逃れる事は成功したものの、大坂方にとってあまりにも大きな敗北となったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 如水からしたら、自分が挙げた白星が一瞬で無に帰したと思う敗戦ですね。 そして、伊丹城を守備していたのは橙武者である兼相でしたか。 伊丹城の陥落は大坂方にとっては時間を稼ぐという意味でも致命…
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