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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
217/251

215話 大坂之陣2

 将軍・徳川秀忠の軍勢は二条城に入った。

 行軍の疲れをとることもなく、伏見城の大御所・家康の元を訪ねた。


「ずいぶんと早いの」


 開口一番に家康は言った。

 秀忠は、相当の強行軍でここまできた。

 行軍途中の秀忠に、それを諫める使者を送っていたが、それも無視した。

 その事を皮肉っての発言である。


「何分、弟と忠臣の仇討ちですゆえ。父上に先を越されては、と思いましてな」


 だが、秀忠は悪びれる事なく返した。


「儂だけで攻め寄せるはずがなかろう」


 そんな息子に家康は不機嫌そうな様子だ。

 あれほど避けていた大坂攻めをせざるを得なくなった父と、不本意な形でとはいえ大坂攻めを始める事ができた子の対面である。


「大坂に籠っている兵は、6万にすら届かないと聞いておりますぞ。今いる兵でもそれに勝っているではありませんか」


「相手にするのは、5万5000の兵ではない。あの天下の大坂城だ」


 家康の近くを秀忠は見る。

 そこには、家康の侍医である片山宗哲がいる。


 ……いかに、父上の侍医とはいえこういった話をする場にはいなかったはずだが。


 その事で、予想以上に父の病が重い事を秀忠は悟る。

 だが、ここはその事を口にせずに話を続けた。


「確かに大坂城は江戸城にも匹敵する、天下の名城。されど、日の本全ての大名が幕府の指示に従っておるのですぞ」


「全て、ではないであろうが」


 家康が皮肉っぽく返す。

 当然の事ながら、大坂の織田秀信は従っていないのだ。


「そうでしたな」


 秀忠も父に逆らう事なく返す。


「されど、大坂を除いて北から南まで全てが我ら徳川幕府に従っておるのですぞ。北から――」


 一人一人、有力大名の名前を挙げていく。


 出羽鶴ヶ岡――上杉景勝。

 出羽山形――鳥居忠政。

 出羽久保田――佐竹義宣。

 陸奥仙台――伊達政宗。

 陸奥盛岡――南部利直。


 越後高田――松平忠輝。

 越中金沢――前田利長。

 越前北庄――松平忠直。

 加賀大聖寺――稲葉典通。


 常陸水戸――徳川頼房(頼房自身は駿府で起居している)。

 上野館林――榊原康勝。

 上野高崎――酒井家継。

 下野宇都宮――奥平信昌。


 駿河駿府――徳川頼宣(駿府城は実質的に家康の城だが、名目上は頼宣の領土になっていた)。

 甲斐甲府――徳川義直。

 信濃小諸――仙石秀久。

 信濃上田――真田信之。

 三河吉田――松平家清。

 伊勢桑名――本多忠政。

 伊勢長島――菅沼定芳。

 志摩鳥羽――九鬼守隆。

 美濃加納――池田輝政。

 飛騨高山――金森可重。

 近江彦根――井伊直勝(今回の大坂攻めでは異母弟である直孝が軍勢を率いている)。

 近江長浜――内藤信正。

 大和郡山――織田秀雄。

 紀伊和歌山――浅野幸長。


 播磨姫路――豊臣秀頼。

 備前岡山――小早川秀秋。

 備中高松――蒲生秀行。

 備後三原――細川忠興。

 安芸広島――毛利秀就。


 淡路洲本――脇坂安治。

 伊予今治――藤堂高虎。

 土佐高知――山内忠義。

 讃岐高松――加藤嘉明。

 阿波徳島――蜂須賀家政。


 豊前中津――黒田長政。

 豊後臼杵――福島正則。

 筑後柳川――立花宗茂。

 肥前佐賀――鍋島直茂。

 肥後宇土――金剛秀国。

 肥後熊本――加藤清正。

 薩摩鹿児島――島津忠恒。


 駿府の頼房や、山形の忠政のように留守を守る者もいるが、大半の者が出陣する。

 その数は、最終的には20万を超える。

 この大軍で、大坂城を包囲する気でいるのだ。


 ちなみに、尾張名古屋の松平忠吉は井伊直政の場合とは違い、家督を継げるだけの子はいない。

 忠吉の旧領である尾張には、戦後に御三家のいずれかを入れようとしていていたが、今は大坂攻めが優先だった。

 現状の尾張は、忠吉の旧臣らの合議によって統治されている。


「豊臣は表面上は我らに従順であり、指示通りの兵を出すようではありますが、一部の家臣連中はそれを不満に思ってもいるようです。念のため、警戒が必要かと」


「そうか」


 家康の返事は短い。

 秀忠は構わずに続ける。


「前田にも不穏な動きがありますな。利長の元に、織田家から何度か使者が送られている様子。元々は主家ですし、前田領はキリシタンに寛容という報告もあります。今は、大坂城に入っている内藤如安も前田家にいた時期もあるようですし」


 織田家は、信長の弟である織田有楽の子である頼長を前田家に派遣した。

 利長は拒絶したと知らせが来ていたが、要警戒対象だった。


「利長の母である芳春院は、江戸城におりますが警戒は必要ですな」


 現状、芳春院は人質として江戸城に留められていた。


「江戸城には、黒田長政、福島正則らも留らせております。奴らも、危険な存在ですからな」


「……そうか」


 今度は家康の声に不機嫌そうな響きが混じる。

 秀忠と違い、家康は長政や正則に好感を持っていた。

 それだけに、彼ら二人を疑うような真似をするやり方を嫌っていた。


 秀忠も、無駄に父と揉める気はない。自分の発言で父が気分を害した事を即座に察し、話題を転じた。


「大坂方はどうでますかな」


「そうよな。兵の数で劣勢だが、後詰の見込みのない状況だ。籠城を愚策と考え、撃って出る可能性は十分にありえる」


「そうなると、こちらも軍勢を幾多かに分ける必要がありますな」


 姫路城に集った西国勢を東進させ、東からも大坂へと軍勢を進める。


「儂が敵の立場ならそうする」


「そうですな。大坂城に潜り込ませた間諜も、そちらの可能性が高いという報告がきております」


 今回、大坂方は大規模な浪人達の招集を行った。

 その中には、身元の確認が不十分な者もかなりいた。だが、とにかく一人でも多くの兵を集めなければ勝負にすらならない状況だ。

 そんな浪人の中には、幕府からの間諜も多数紛れ込んでいたのだ。


「うむ。儂が潜り込ませた連中からも同様じゃ」


 家康も頷く。


「こちらも軍を大和と河内の二手に分け、西国方面の軍勢も含めて三方向から進める。その片方の軍勢は儂が指揮を執る」


「は」


 秀忠が頷く。


「もう片方の一軍は秀忠、お前に指揮を任せる」


「御期待には必ず」


 秀忠は不敵な笑みを浮かべてから、もう一度頷く。


「そうなると、敵の数はそれぞれ1万5000から2万といったところか」


「そのぐらいが妥当でしょうな。大坂に集った兵は5万5000程度のようですし。まあ、大坂方は10万だと言い張っていますが」


 秀忠の顔に冷笑が浮かぶ。

 大坂方は、集った浪人の数を10万と主張していた。

 珍しい事ではない。劣勢にある方が過大な人数を主張するのはよくある事だった。

 しかし、潜り込ませた間諜達の報告により、家康と秀忠も正確な人数を掴んでいた。

 その後、さらに細かい打ち合わせを終え、戦に備えた。




 ところが、予想外の事態が発生する。

 家康の体調が急激に悪化してしまったのだ。


 それにより、出陣が一日、日延べされる事になった。


「父上の容態はどうなっておる」


 家康の元を訪れた秀忠が訊ねた。

 侍医の宗哲がそれに答える。


「よくはありませんな。しばらくは安静にしていだくほかないかと」


「少なくとも、明日――いや、数日は安静にしろとの事じゃ」


 家康が上体を起こす。


「大御所様」


 宗哲が不安げにそれを見る。

 顔色は明らかによくない。

 話すことすらつらそうだった。


「こうなった以上、やむをえんじゃろう」


「……まさか、大坂攻めを中止するのでは?」


 秀忠の顔色が変わる。


「この状況でそんな事を言い出すほど、儂は呆けてはおらん」


 苦笑ぎみに家康が言う。

 既に、大坂城に向けて全国の諸大名が軍勢を集結させている。

 この兵の数を揃えて動かすだけで、膨大な金がかかっているのだ。にも関わらず、今になって中止などしようものならとてつもない損害となる。


「では、影武者を?」


「いや、儂は体調が優れんゆえ、出陣は見合わせると正直に言う」


 その上で、と続ける。


「儂が率いるはずだった大和方面に向かう軍勢は義直に任す」


「義直がですか……」


「無論、義直はまだ少年で経験も少ない。実質的な指揮は義直の側近連中に任す事になるであろうがな」


「忠輝や忠直ではなくてよいのですか?」


「うむ」


 家康の返事は短い。

 家康も秀忠も、政宗の幕府の乗っ取りに忠輝を神輿として担ごうとしている事は知らない。

 だが、忠輝や忠直に対する信頼度は高くなかった。


「戦経験ならば、忠輝も義直も大して差はない。なら、義直の方がいい」


 実質的な最後の大戦といえるのは、関ケ原の戦いだ。

 その当時、義直は生まれておらず、忠輝は生まれていた。が、当時は幼く戦場に立ったわけではない。


「そうですな」


 秀忠も頷く。

 秀忠にとって忠吉と比べれば、義直への評価は低いし、兄としての情もあまりない。だがそれでも、忠輝に対してと比べれば上だった。


 徳川家としても、今後は御三家として別格の存在として扱う事を決めている義直に箔をつけるのは悪い事ではなかった。


「それに、義直には成瀬正成や安藤直次もついておる。率いる軍勢も池田輝政や真田信之ら比較的信頼のできる外様大名連中が中心だ」


「私の方はあまり上杉景勝や佐竹義宣ら、あまり信頼できん連中ですからな」


 ふふ、と秀忠は小さく笑う。


「ですが、我らの有利は変わりません。兵の数も、武器の質も敵よりかはるかに優れております。景勝や義宣が幕府に不満があろうと、この状況下で寝返るような事はないかと」


「……そうじゃな」


「上様、そろそろ」


 ここで宗哲が口を挟んだ。

 これ以上、話を続けるのは体に障りそうなので切り上げて欲しい、ということなのだろう。


「わかっておる」


 秀忠も頷き、大御所・家康に向けてもう一度宣言するように言った。


「それでは、私が将軍として大坂方の軍勢を撃破してきます。大御所様はこの伏見城で御養生を」


 その言葉に、家康は小さく頷いただけだった。

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