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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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212話 決戦準備9

 前田家の本拠である金沢城。

 その城の一室。


 そこで、前田利家の子である利長と利常が話し合っていた。

 だが、父はどちらも利家だが、母は違う。異母兄弟だった。


「ふむ……」


 当主・利長が、顎に手を当てて考え込んでいる。


 前田家は、元々複雑な立場だ。

 かつては織田信孝、そして豊臣秀吉に組して、徳川家と戦ってきた。

 形勢が不利になると寝返り、家名を保った。


 そのため、幕府からの信頼はいまいち得られているとは言い難い。

 しかも前田家は、キリスト教にも寛大だった。

 そのため、今は大坂城に入っている内藤如安も前田家にいた時期があるのだ。


 そういった事情も大坂方は承知している。

 そのため、味方になるよう誘いの手を伸ばしていた。


 恩賞として、北陸一帯の支配権を与えるともいってきた。


「だがな、それも大坂が勝ったらの話」


「そうです。どう考えも、大坂方は不利。敗れれば破滅は免れないでしょう」


 利長の言葉に、利常は頷いた。

 他の大名達と同様に、前田も大坂方が勝つ可能性がほとんどないと考えているのだ。


「母上も、江戸城におる」


 この時期、利長の母である芳春院は江戸城にいる。

 前田家に戻ってきていた時期もあったが、今は幕府に忠誠を示す為にと、自ら江戸城行きを志願したのだ。


「某の正室も将軍の娘です」


 利常は秀忠の娘である珠姫を娶っている。

 当然ながら政略結婚ではあるが、夫婦仲は良好だった。


「うむ……」


 利長も頷く。

 幕府方優位、大坂方不利、は両者の――というか、ほとんどの大名達の間での共通認識だった。


「だが、問題はある。これまで、信頼のおけん外様大名であり、キリシタンにも寛容だった我が前田を取り潰さなかったのは、大坂攻めを考えていたからではないか」


「大坂城を攻め滅ぼすと、前田の改易がありえると?」


「無論、儂らだけではないだろうがな」


 利長が苦笑する。

 未だに反幕府色が強いのに、大国を維持している外様大名は多くはないが、少なくもない。


「我ら前田には、改易される理由がありませぬ」


「なければ作ればよい。そのために、あの幕府の重鎮である本多正信は倅をよこしたのだろう」


 利長の言う本多正信の倅、というのは駿府城で大御所の側近として今や父に匹敵する権力を手にした正純の事ではない。

 正信の次男である政重だった。


 彼は今、前田家に仕えている。


 だが、前田家を補佐すると同時に、前田家中の情報の収集も目的だろうと利長は考えていた。


「政重が何かでっちあげると……」


「可能性があるというだけの話だ」


 利長は目を細めながら言った。


「……そうですか」


 利常個人としては、政重を気に入っていた。

 だが、ここで利長と意見を違えて争う気はなかった。


「で、どうなさるのですか?」


「大坂に兵を出す。それしかあるまい」


「……そうですな」


 無難といえば無難な答えだ。

 いかに幕府から、警戒されようと、大坂方が勝つ可能性は乏しい。

 幕府に歯向かい、大坂方に味方するという選択肢はないに等しかった。


「だがのう」


 が、ここで利長は言葉を濁す。


「? どうかされたのですか?」


 思わぬ反応に、利常が怪訝そうに返した。


「いや、何でもない。お前も出陣の準備を進めてくれ」


 利長の反応を不審に思いながら、利常も会話を切り上げ、出陣の準備をはじめた。






 同じ頃。

 越前国から、徳川家康の孫であり、松平秀康の子である松平忠直の軍勢出立しようとしている。

 既に兵は集まり、翌日の明朝に出陣する。


 軍勢は、近江を経て京に向かうことになる。

 その出陣前夜。


 だというのに忠直は、鬱屈とした表情で酒を飲んでいた。


 酌をするのは、まだ少女といっていい年齢の相手。

 忠直の正室であり、秀忠の三女である勝姫だった。


「くそ! お前の父は何を考えておるっ」


 忠直は、当たり散らすように叫ぶ。

 そして、乱雑に酒を飲み干した。


「父上には父上のお考えがあるのでしょう」


 勝姫としても、そう返すほかない。

 元々、勝姫の父であり、将軍である秀忠を嫌っている様子ではあったが、越前騒動以降はさらにひどい。

 その娘である勝姫にもあたるようになっていた。


「どのような考えだというのだっ」


 目は据わっており、抜刀しかねない勢いだ。

 さすがに将軍の子であり、正室である自分を口論の果てに殺すような事はない――と信じたくはあったが、ここ最近の様子を見る限り、それを絶対とはいえないでいた。


 両者ともに20にもなっていないが、その夫婦仲は早くも冷え切っていた――というより一方的に憎しみをぶつけられていた。


 忠直は、苛立った様子で刀の柄のあたりに手をやっている。

 当初、そのたびに怯えていたがやがて慣れた。

 というよりも慣れてしまった。


 これだけで、怯えるようでは、いつまでも忠直の正室はつとまらないと考えるようになった。


「殿、お酒が」


 杯が空になったのをみて、何事もなかったかのように酌をする。


「……」


 小さく舌打ちをすると、忠直はその杯を口に運ぶ。

 不機嫌そうなの顔こそ変わっていないものの、多少は落ち着いたようだ。


「将軍は無理でも、せめて大御所には認めさせねばならん。そのために大坂攻めという機会を得たというのに、これでは」


 ごろり、と寝転ぶように体を横にする。


 そして、くしゃくしゃになった紙切れ。

 乱雑に何度も読んだ事がわかる書状が忠直の視界にはあった。


 送り主は、将軍・秀忠と大御所・家康からの私的なもの。

 内容は、悪い噂が江戸にまで聞こえているので、粗暴な言動を慎むようにといった咎めるもの。


「お前が何か将軍に吹き込んだのか?」


 ぎろり、と疑いの目を向ける。

 勝姫は、その視線を受けても表情を変えないまま首を横に振った。


 だが、その忠直の疑いは的中していた。

 勝姫が、父である将軍・秀忠に忠直を窘めるよう手紙を送っていたのだ。


 そんな勝姫を信じたのか、追及したところで証拠はないと思い直したのか。

 苛立った様子のまま、寝転んだ状態のまま視線を逸らす。


 鬱屈とした思いのまま、不貞腐れるような仕草だ。

 そんな風にしていると、今度は別の不安が過ってきたようだ。 


「もしや、急に我ら越前松平家に出陣の取りやめを命じて、我らを抜きにして大坂を攻めるのではあるまいな」


 ふと、忠直は呟く。

 今、忠直の脳内には様々な疑いが渦巻いているらしい。


「いや、大坂を攻めるのには儂の越前の軍勢が欠かせんはずだ」


 ぼそり、と今度は自分に言い聞かせるように続けた。


 忠直の領地は大坂から近いし、抱える軍勢も1万を超える。

 これを抜きにして、大坂攻めをはじめるとは考えにくい。


 だが、それでも自分を嫌っている将軍であれば、それをやりかねないのでは、という思いもある。


「とにかく、一刻も早く戦場に向かわねば、何か理由をつけて戻されてしまうかもしれん」


 ぶつぶつと、忠直は呟き続ける。


 そんな忠直を、冷めた瞳で勝姫はじっと見つめていた。

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