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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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209話 決戦準備6

 仙台から、伊達軍1万5000が出陣の準備を終え、大坂へと向かおうとしていた。


 伊達軍を率いていくのは、政宗の子である伊達秀宗だ。

 片倉景綱、伊達成実、それに茂庭綱元らがそれに従う。


「父上」


 見送りに来ていた、父の政宗が子の秀宗に話しかける。

 傍らには、片倉重長も付き添っている。


「伊達の名を汚さぬ戦をしてまいります」


「うむ」


 政宗は鷹揚に頷く。


「まあ、ほどほどにな」


 政宗は、今回の大坂攻めに備えて自分の優位になるようあらゆる策を立てた。

 だが、そのいずれも短期間で大坂城が落ちてしまえばなりたたないものばかりなのだ。


 しかし、そういった細かい事情などは知らない秀宗は純粋に伊達家の為にと必死の思いだった。


「お前達も頼んだぞ」


 政宗は、秀宗と共に大坂へと赴く三人の家臣達にも言う。


「はっ」


「くれぐれも気をつけてな」


「そうですな。全ては伊達家の策の為だったとはいえ、茂庭殿は豊臣の連中が怨んでおるでしょうからな。その豊臣家も此度の戦では、掲げる旗は違えど共に戦う仲。後ろにも気をつけた方が良いでしょうな」


 成実が皮肉っぽい言い方をする。


 綱元は、かつて関ケ原の戦いの際、偽りの出奔劇を演じた。

 その結果、豊臣秀吉を討ち、東軍、そして徳川家の天下に貢献した男である。そのため、旧豊臣系列の武将達からは強く怨まれていた。


 その策を企てたのが、この目の前の政宗と景綱の主従なのだ。


「はは、そういうな」


 だが、政宗はそれに気にした様子もなく小さく笑う。


「この綱元は儂への忠誠からの行動をしたのだ。お前の兜のように生きる男の働きも必要だが、この綱元のような働き立派な武功よ」


 成実の兜は、毛虫だ。これは「決して後ろには退かず、直進のみする」という意図からだった。


「そうですな。某は某のやり方で、此度の大坂での戦いで貢献致しましょう」


 言葉は従順そうに見えるが、どこか不貞腐れたような様子だ。


 ……全く、扱いづらい男になったものよ。


 すでに、関ケ原から15年もの歳月が流れたというのに未だに関係の修復はならず。

 出奔こそ思いとどまったものの、決して友好な関係に戻ったとは言い難い。


 それでも、政宗ではなく秀宗に対しては忠実に接していた。


 ……まあ、良い。儂の事をどう思っていようと、伊達家の為に働くというのであればな。


 だが、政宗はそれでも構わないと思っていた。

 伊達家の為に動くというのであれば、忠誠心が自分に向いていなくても良いと考えていた。


「ところで」


 そんな険悪な空気を振り払うかのように、景綱が言った。


「福島正則と黒田長政は江戸城に留め置かれるようですな」


「うむ。そのようだの」


 福島正則と黒田長政は、江戸城に留まり軍勢は彼らの子や家臣が率いる事になる。


「儂も、お前達が大坂を攻め手おる間、江戸城に留まっておろうかと考えておる」


「殿がですか?」


 政宗の言葉に、成実が意外そうな顔をする。

 片倉親子は既に聞かされていたのか、驚いた様子はない。


「うむ。その方が、大御所様も上様も、近くにいるあ奴も安心するであろうしな」


 政宗が「近くにいるあ奴」と呼ぶのは山形の鳥居忠政の事だ。

 隣国である上杉景勝は政宗同様に大坂への出兵を命じられていたが、忠政はそれを免除されている。


「確かに大御所様も上様も反対はしないでしょうが……」


「儂は儂で江戸城でやる事もあっての」


 ふふ、と政宗は小さく笑う。


「そうですか」


 成実はそれ以上は訊ねない。

 訊ねたところで、政宗は答えないか適当にはぐらかされると思っているのだろう。

 伊達家にとって、本当に重要な事は伊達政宗と片倉景綱――最近は子の方も加わっているようだが――で決めている。

 秀宗ですら、例外ではないだろう。


 綱元の方も、黙って頷いただけだ。


 やがて、三人は政宗の元から離れる。

 それらを笑みを浮かべたまま政宗は見送っていた。






 一方、四国の阿波の徳島城。

 伊達政宗などからは、「阿波の古狸」などと称されている蜂須賀家政がいた。


 この徳島城にも兵が集められているが、これらを率いていくのは家政ではない。

 子の蜂須賀至鎮である。


「随分と集まったものよの」


 家政が呟く。


「はい」


 至鎮もそれに頷いた。


「父上」


「む? どうした」


「此度の戦、父上が出向かなくてよろしいのですか?」


 至鎮の問いに父は困惑したような表情で言う。


「何を言う。何か不安があるというのか」


「そういうわけではありません。ですが、此度の戦は太閤殿下の子である秀頼様の初陣でもあります。それに父上自らが出向かなくて良いものかと」


「……儂はもう、豊臣の家臣ではない。徳川幕府傘下の外様大名。その元当主に過ぎん」


 苦々しげな口調だ。


「そうですか。しかし」


「くどいぞ」


 子の反論を父は封じる。


 確かに、晩年はやや不遇な扱いを受けていたものの豊臣家に未練がないわけではない。

 一度ぐらいは、秀頼の元で戦ってみたいという気持ちもある。


 だが、豊臣色の強い自分はもう公の舞台に出る気はなかった。裏方として現当主である至鎮を支える気でいた。


 ……周りも皆、似たようなものだしな。


 この時、四国は主に土佐の山内忠義、伊予の藤堂高虎、阿波の蜂須賀家政、讃岐(仙石秀久は信濃に移封)の加藤嘉明らによって統治されていた。

 主に旧豊臣系列の大名だが、いずれも関ケ原の際には親秀長派と秀吉に判断された者達だ。

 その為、徳川幕府と本格的に敵対したわけではない為、今もある程度の勢力を維持できていた。

 未だに警戒されている九州の外様大名達とは違い、いずれも幕府からの評価は悪くない。


 蜂須賀家も、このまま有力な外様大名として家名を残す事ができれば良いと考えていた。


 ……まあ、儂はともかく至鎮は太閤殿下への思い入れは大してなさそうだがの。


 太閤・秀吉の事を至鎮は少年時代しか知らない。

 正室も徳川家から迎え入れている。徳川と豊臣、どちらに恩を感じているかといえば間違いなく徳川家だろう。

 今も、家政が豊臣に恩を感じている事は分かっていても自分は別だろう。

 仮に豊臣が幕府に反旗を翻しても、間違いなく至鎮は幕府側に立つ。


 家政はそれでもいいと思っていた。

 確かに豊臣秀吉には大恩があるが、そのほとんどは自分や父が受けて来たもの。

 至鎮は幕府から受けた恩の方が大きい。


 ……それにしても、あの御仁は。


 ここでふと脳裏に浮かんだのは、今は大坂城に入っている黒田如水だ。


 黒田如水は、かつて家政の妹を長政の元に嫁いでいた。

 だが、豊臣が衰えると幕府に急接近してこれをぶち壊して徳川から姫を迎え入れた。


 そうまでして、黒田家の事を守っていたはずなのに、息子に全てを託して今は大坂城に入っている。


 ……太閤殿下ならばともかく、秀信様に大した恩はあるまい。いや、恩やら利ではないのかもしれんな。


 何となく、あの老人はそういった理由で大坂に入ったのではないと思っている。

 むしろ、恩も受けておらず、利も求めていないからこそ大坂に入ったような気がする。


 ……羨ましい気もする。


 家政は内心でそう思う。

 だが、真似をする気はなかった。


 ……如水殿には悪いが、儂はまだ生きる。生きて至鎮を支えてやらんといかんからな。


 家政と如水の間には、12の年齢差がある。

 如水は最後の花道だと思って参加しているのかもしれないが、家政はまだ生きる。

 今回の大坂での戦が終わってからもだ。

 家政はそう決意していた。

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