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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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208話 決戦準備5

 江戸城。

 この日、徳川家康は久々にこの城を訪れていた。

 大坂との戦が決定的となり、その準備に江戸城内は忙しい。


 そんな中、将軍である秀忠と会った後、孫の家光の元へと訪れていた。


「久しいの」


「はっ……」


「息災にしておったか」


「はい……」


 家光がかしこまった様子で迎える。

 だが、どこかぎこちなさがある。

 返事も弱々しい。


 病弱ということもあってか、妙に覇気がない。

 そのため、次期将軍は弟の忠長の方が良いのではないか、という声が江戸城内では強い。


 その事を家康も知っていた。

 そのために、あえて忠長ではなく家光の元に優先的に赴いたのだ。


 ……儂の、いや秀忠の後継者は家光の方が良い。多少、病弱というだけの理由で忠長を指名しては余計な火種になりかねんからの。


 だが、秀忠はどうだろうか。

 秀忠も、兄が健在でありながら徳川家の後継者に指名された男だ。

 もし忠長の方が有能であれば、そちらを後継者にと考えているかもしれない。


 ……だが、秀忠も分かっているはずだ。


 忠長を指名した場合の危険を。

 家光を推す勢力と、忠長を推す勢力。さらには、御三家も巻き込んだ徳川の名を持つ同士で争う事になる。最悪、戦国時代に逆戻りしかねない。


 ……秀忠も儂と同様、徳川安泰を望むはず。


 家康と秀忠との考えに隔たりがある事は、もはや疑いようがない。

 だが、徳川の安泰を望むという点では同じはずだと信じていた。


「これは儂からの土産じゃ」


 綺麗な彩りを見せる菓子を、家康の小姓が持ってくる。

 それを、家光の小姓が受け取った。


「家光様」


「う、うむ」


 ……ほう。


 家康は、堂々とした様子の家光の小姓に感心する。

 大御所・家康を前にすれば、年若い者は大抵、恐縮し、縮こまる。だが、いまだ20にも満たないであろうこの小姓は、そんな様子を見せない。

 それでいて、礼を失さない挙動だ。


 ……なかなか将来が楽しみな若者よ。


 だが、彼の「将来」を自分が見る事ができるのか。

 この時代の平均寿命を既に大きく過ぎている家康には、そんな不安があった。


「ところで、数日ほど寝込んでおったと聞くが」


 家光に訊ねる。

 数日ほど、病の為倒れていたという情報を聞かされていたのだ。


「はい」


 それに、家光は小さく答えた。


「そうか。今はよいのか?」


「……はい」


 相変わらず家光の返事は短い。

 顔色が良くないのは、ただ単に病弱だからというだけではないようだ。

 祖父であり、大御所である家康に恐縮している様子だった。


「大御所様」


 代わりに、小姓がおそれながら、と口を挟む。


「家光様は、風邪が完治したばかり。休まれた方がよろしいかと」


「そうよな」


 家康も、それに頷いた。


「確かに、邪魔をしてしまったかもしれんな。すまんの」


「いえ、そのような事は……」


 家光が呟くように返す。


「ゆるりと休め」


 それだけを言うと、家康は退室する。




 別の部屋へと戻り、そこで江戸城にて秀忠を補佐している本多正信に会った。


「家光と会ってきた」


 それだけで、正信は大凡の検討がついたらしい。

 即座に本題に入る。


「それで、決められたのですか?」


「いや、保留じゃ」


 家康は答える。


「確かに、早い段階で後継者をはっきりとさせておいた方が混乱する事はなくなるじゃろう。じゃが、その場合はその後継者が暗愚だった時に困る」


 大坂での戦いには、将軍である秀忠も当然ながら総大将として兵を率いる。万が一にもあってはならない事ではあるが、その秀忠が討ち死にした場合、後継者が決まっていないと徳川家中で分裂する事になりかねないし、織田もそこをついてくるだろう。


「家光様では、逆に家中が混乱すると……?」


 正信が遠慮なく訊ねる。


「いや、家光はまだ幼い。今後、いくらでも成長の余地はある」


 家康は答えた。


「儂も、家光ぐらいの頃は駿府で義元公の元で暮らしておったが、今川家中からの評判は決して良いものではなかった」


 そう言って苦笑する。


「そのような事は。今川家臣団の目が節穴だっただけなのでしょう」


「そうでもない。あの頃の儂は、本当に未熟じゃった。儂がこの大御所様などと呼ばれるようになったのも、多くの経験が糧になってくれたおかげよ」


「それでは、家光様を後継者に指名しても良いではないですか」


「そうなのじゃがな……」


 家康は煮え切らない様子で呟くように言った。


「どうにも、嫌な予感がしてな」


「嫌な予感、ですか?」


 家康は、家光を三代将軍として決める気でいた。

 だが、江戸城に来て実際に家光と会ってから、第六感とでもいうべきものが働いたのか、その決断は早計だと思うようになっていた。


「ここで家光を指名してしまえば、何か致命的な、いや考えすぎかもしれんが」


 家康はそういって首を横に振る。


「大御所様がそう仰られるのであれば」


 正信も納得したように頷く。

 時に、理屈などを無視した判断が良い結果につながることもある。

 長年の経験と、家康との付き合いでそれをよく知っていたのだ。


 ごほり、とここで家康は小さく咳払いをする。


「どうされました?」


「いや、儂も少し風邪気味でな。健康には人一倍気を使っておったつもりだというのに、情けない事よのう」


「それは……」


 正信の顔に、少し不安そうな色が浮かぶ。


「何、すぐに完治してみせる。大坂攻めに儂が欠けるわけにはいかんからな」


「……やはり、上様では?」


「うむ。秀忠に任せると大坂方を皆殺しにしかねんからの。他の儂の子らも同様じゃ」


 家康は苦笑気味で、血気盛んな子供達の事を思い浮かべる。


「其方は、まだまだ衰えた様子はないの」


「何の。これでも、体中が弱くなってしまいましたぞ」


 そういって、正信は軽くおどけて見せる。


「そうはみえんがの」


「いえいえ。体中が既に悲鳴をあげておりますぞ。おそらくは某の方が先に逝く事になりましょう」


 正信は家康よりも年上なのだ。


「まあ良いわ。が、儂に万一の事があった時は、幕府を任すぞ。天下泰平と徳川の安泰を常に優先せい」


「――はっ」


 家康の言葉に、正信は頷いた。

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