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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
208/251

206話 決戦準備3

 姫路城。

 豊臣秀頼を中心に、石田三成、大野治長ら豊臣家臣団が集っている。


 京での松平忠吉、井伊直政の死は既に届いている。

 そして、この二人の死のみで事が終わりそうにない事もだ。


「……大坂との戦がはじまるか」


 秀頼が言った。


「まず、間違いなく」


 三成が答えた。


「幕府はこれを機に、何が何でも大坂を攻め滅ぼす気でしょう。将軍は以前から織田を邪魔だと思っていたでしょうからな」


「だが、大御所は反対するかもしれんぞ」


 治長が口を挟む。


「するかもしれません。ですが、もはや幕府は大坂滅ぼすべし、の声ばかり。もはや、将軍の決定を覆すほどの力はないでしょう」


「うむ……」


 秀頼は、二人のやり取りに耳を傾けている。


「当然、幕府は譜代のみならず外様大名にも兵を出させるでしょう。当然、我ら豊臣家にも」


「豊臣領である播磨は、大坂に近い。当然であろうな」


「おそらく、1万5000ほどの兵を出す必要があるかと」


「相当な負担だな」


 治長の顔が暗い。

 それほどの兵を動かすとなれば、相応の負担が豊臣にはのしかかる。

 秀吉健在だった頃の全盛期であれば、その10倍の軍勢が動員できたのに、という思いもある。


 しかも、今度の大坂攻めの場合、恩賞はあまり期待できない。

 全国の大名を動員し、それで得る事ができるのはわずか三か国。関ケ原の時のように気前良く領土を加増するわけにはいかないだろう。


「他の外様大名達は、素直に兵を出すかな」


 秀頼の言葉に、治長は答える。


「出すでしょうな」


 断定気味だった。


「この状況下で、織田に手を貸すなど愚かとしか言いようがありません。今回は関ケ原の時とは違い、中立すら許されないでしょう。もし、兵を出し惜しむような外様大名があれば、どこであろうと容赦なく幕府は戦後に取り潰すでしょう」


 豊臣家も例外ではなく、と治長は心の中で付け加える。

 そして、それは口に出さずとも他の者にも伝わったらしい。


「大野殿」


 三成が口を挟む。


「某もさすがにこの状況で、幕府と戦うなどという気はない。こうなった以上、大坂と戦うほかあるまい」


「……そうですな」


 思いのほかあっさりと、引き下がった三成に肩透かしを食らった気分になりながらも、治長は先を続ける。


「また、幕府は当主、あるいはその子供が兵を率いる事を求めてきております」


「人質も兼ねてというわけか。まあ、当然といえば当然だな」


 三成の顔に一瞬、苦いものが浮かぶ。


「私が戦場に出る必要があるのか」


 秀頼には、既に国松という庶子がいる。だが、まだ幼く兵を率いる事などできないだろう。


「はい。秀頼様はこれが初陣となりますが……」


「問題ない。私以外にもこれが初陣だという者も多かろう」


 関ケ原の戦いから15年以上の年月が流れている。

 それ以降、大戦もない。


 関ケ原の戦いの直後に生まれた子供ですら、既に元服してもおかしくないのだ。

 事実、関ケ原の後に生まれた家康の子である義直も今回の大阪攻めに加わるという情報も入っていた。


「幕府に伝えろ、私自ら兵を率いるとな」


「ははっ」


 秀頼の言葉に、三成と治長、それに他の家臣団も平伏する。

 こうして、豊臣秀頼の出陣も決まった。






 同時期の、上杉家。

 この上杉家にも、大坂攻めの命が下っている。


 それを受け、粛々と戦支度を上杉景勝もはじめていた。


 かつて、常に野心を剥き出しにしたような不敵な笑みは既にみられなくなっ

ている。


 関ケ原の戦いの際、景勝は領国拡大を目論み、西軍に組した。

 だが、その賭けは完全に失敗に終わった。

 領地を増やすどころか、逆に大幅に減らされた。さらには、故地である越後を追われる事にもなった。


 だが、それでも全てを失ったわけではない。

 故に、投げ出すわけにはいかないのだ。


「殿」


 その景勝に、直江兼続が声をかけた。


「……戦支度は整いました。これで、殿の命さえあればいつでも兵を出せます」


「そうか」


 景勝は答える。

 返事は短い。


 野心が砕かれて以降、恐ろしく景勝の口数は減った。今ではすっかり寡黙な男になっている。


「大坂まで遠征か」


 ぼそり、と呟くようにいった。


「はい」


「金がかかるの」


「……はい」


 痛いところをつかれ、兼続の返事に少し妙な間ができる。


「ようやく、立て直してきたというのにな」


 景勝の顔が、自嘲気味に歪む。

 領国を大幅に減らされた上杉家は家臣団の再編に取り掛かった。そして、新たな体制にようやく馴染んできたと思えば、越後から追われて出羽の新領国の統治に追われる事となった。

 それがようやく落ち着いてきたと思ったところで、今度は大坂への出兵だ。

 これには、相当な負担がかかる。


「鳥居忠政は、大坂にはいかないようだの」


「国替えがあったばかりですゆえ」


「建前はそうなっておるのう。我らと同じ条件だというのに」


 山形の鳥居忠政は、大坂への出兵を免除されていた。


「忠政は、大御所の忠臣の子。外様で徳川と敵対した儂らとは扱いが違いますな」


 兼続が苦笑する。


「それだけではあるまい」


 景勝が、付け加えるように言う。


「奴だ」


 それだけで、兼続も理解したらしい。


「伊達政宗、ですか」


「うむ」


「あの男が良からぬ事を企んだ場合に備えて、というわけですか」


「そうだ」


 景勝の言葉は短い。


「……今の我らには関係なに事、と言いたいところですが万一、奴が留守中に挙兵でもしたら我らの領土を侵攻する可能性もありますな」


「うむ」


「では、留守を守る者達に警戒するように言っておきます」


「それで良い」


 こうして、上杉家も出陣準備に追われていた。






 かつて、親豊臣として知られたもう一つの大国。

 といっても、こちらは上杉家ほどの重い処罰は受けておらず、未だに三か国を維持していた毛利家。

 その毛利家も出陣の準備をしていた。


 この時、毛利輝元は既に家督を子の秀就に譲っている。

 だが、実質的な当主は未だに輝元だった。


 しかし、今回の大坂攻めに毛利軍を率いていくのは秀就だった。


 その秀就、そして輝元。

 それに、かつての輝元の養子であったものの秀就が生まれた為、家督を相続する事ができなかった秀元がいる。

 さらには、かつて毛利両川と呼ばれていた吉川元春の子である広家。

 その四人が一室で話し合っていた。


「大坂攻めか」


 まず、輝元が言った。


「はい。あの大坂城を、それも徳川家が攻める事になるとは」


 織田信忠が天下を統一した頃には、想像もつかないほど世は動いた。

 そんな中、毛利は着くべき相手を間違えた。いや、途中で間違えたというべきか。

 親豊臣として恩恵を受け続けていたのは事実だ。だが、結果論で言ってしまえば途中で豊臣とは手を切るべきだったのだ。

 無論、当時はそんな事は分かるはずがない。

 むしろ、あの時は豊臣優位だというのは各大名の共通した認識だったのだ。


 それでも、被害は最小限に抑える事ができた――少なくとも、輝元はそう

思っていた。


「秀就を任せるぞ、広家」


「はっ」


 広家が頷く。


「某の命に代えましても」


「それは困るな。お前はまだ毛利家に必要だ」


 輝元は苦笑気味に言う。


「ところで」


 広家が話題を転じる。


「大坂の方から何か言ってきたのですか?」


「ん? ああ。もし大坂方に着くのであれば、恩賞として岩見と出雲、備後をやると言ってきた」


「三か国ですか。気前が良いですな」


「そうなのですか?」


 秀元が意外そうに言う。

 彼の元にはそのような報告は来ていなかったのだ。


「うむ。断ったがの」


「当然ですな」


 広家も答える。


「第一、岩見も出雲も備後も、今の織田家がどうこうできない地であろうになあ」


「だからこそ、気前の良い事がいえるのでしょう」


 輝元も広家も呆れ気味だ。


「しかし、それらの国を手に入れれば元就公の時代の威勢を取り戻す事ができるのでは?」


 秀元が遠慮ぎみに言った。


「手には入れば、の話じゃ。手に入らねば絵に描いた餅と同じよ」


「ですが……」


「第一、元就公の時代はまだ乱世じゃ。大友や三好のような大勢力はおったが、かつての織田や、今の徳川のような日の本全域を治める天下人と呼べる存在がおらなかったのだぞ」


「……」


「このような太平の世に向かおうという時代に、大国を手にしたとしてどうなるというのじゃ。今の三か国ですら多すぎるぐらいじゃ。それとも、乱世に興味があるのか?」


「い、いえ」


 秀元は慌てて首を横に振る。

 秀元は、この中で幕府に対して最も批判的だ。関ケ原の合戦で豊臣が大敗して豊臣秀吉が討ち取られた後も、毛利の総力をあげて豊臣を支援すべし、と強く主張していたのだ。


「言っておくが、豊臣も幕府に従って兵を出す方針じゃぞ」


 釘をさすように輝元は付け加える。


「……わかって、おります」


 彼の後見人だったのは安国寺恵瓊。

 その恵瓊が失脚した後、彼の地位も低下していた。

 そのため、かつての後継者と見ていた秀元の意見であっても、輝元はそれを聞き入れる事はなかった。


「当主は何か意見があるか?」


 これまで黙ってやり取りを聞いていた、秀就に訊ねた。


「いえ、特には」


 だが、この中で秀就は最年少。名目上の当主といえども、積極的に自分の意見を言う事はほとんどなかった。


「ならば良い。戦準備は儂も手伝ってやる。戦場では広家の言う事をよく聞くのじゃぞ」


 そう言って、この日の毛利家も大坂攻めに向け、戦準備を始める事になった。

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