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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
207/251

205話 決戦準備2

 仙台城。


 人払いのされた、一室。

 伊達政宗、片倉親子が三人で語り合っている。


 余人はない。


「急報が届いた」


 政宗が言った。


「伏見の会見で、松平忠吉と井伊直政が殺られたらしい」


「!?」


「誠ですかっ」


 景綱も重長もさすがに驚いた様子だった。


「間違いない。黒脛巾組から報告があった。会見場でその二人が殺され、秀信は大坂城に逃げ帰ったらしい」


「下手人は……?」


「現状では不明。だが、幕府側は大坂方の仕業ということにしたらしい」


「らしい、というと?」


「大坂を攻める絶好の口実になるからの」


 ふふ、と政宗が笑う。


「上様が黒幕の可能性も考えたが、上様が黒幕なら忠吉を殺す可能性は低い。唯一といっても仲の良い弟だからのう」


「では、やはり織田秀信が……?」


「その可能性も低い。あの臆病な男が、わざわざ自分の前で殺させるというのも解せん。無事に大坂城に逃げ帰れたようだが、その前に捕縛されてしまう恐れもあった。京は幕府の勢力圏だしの」


「だとするならば、浪人連中の暴走ですかな」


「かもしれん。いや、その可能性が高いな」


 政宗はそういって、言葉を続ける。


「ここで交渉がこじれる事を望み、なおかつ忠吉と直政を殺そうとするような連中。となれば、大御所様や上様の可能性も秀信の可能性も低いしな」


「となると、やはり……」


 うむ、と政宗は頷いた。


「いずれにせよ、秀信は釈明を拒んで大坂城に籠った。浪人連中も抗戦の構えを崩そうとせん。こうなっては、いかに大御所様が反対しようとも、織田家への処罰は避けられん。あの傲慢な秀信は、素直にそれを受ける事はなかろう」


「となると――」


 重長がごくり、と生唾を飲み込む。


「その通りだ。これで大坂攻めが始まる」


「ですな」


 景綱も首を縦に振る。


「そうなってくると、問題は儂らはどう行動するか、じゃ」


「当然、伊達にも出兵を命じてくるでしょうな」


「うむ」


 政宗も頷く。


「おそらく、1万5000から2万でしょうか」


「そんなものだろうな」


 政宗も予想通りの数字だったらしい。

 反論する事なく先を促す。


「その兵を、越後の忠輝様と共に江戸城に向ければおもしろいかもしれませんな」


「ち、父上……?」


「婿殿とか」


 景綱の言葉に重長は驚き、政宗は苦笑する。


「さすがに冗談であろう」


「はい」


 景綱も笑った。


「大坂と協力しても無謀ですな。江戸城を含め、関東にはそれなりの兵が残るでしょうし、多くの城を攻略する必要があります。江戸城を囲んでいる頃には、幕府からの命令を受けた外様大名によって、伊達領は占拠されてしまうでしょう」


「ま、現状ではそうなるであろうな」


 政宗もおもしろそうに笑っている。


「笑いごとではありませぬ。それでは、父上はどうすべきだというのですか?」


 重長が咎めるように言い、それに景綱も答えた。


「ま、そう焦るな。ここは、幕府の命に従って出兵すべき。そうですな、殿」


「うむ」


 政宗は続ける。


「幕府は、伊達を警戒しているとはいえ、大坂が滅ぶまで、即座の改易はない。それが儂と小十郎の読みよ」


「その通りです」


 景綱も頷く。


「我ら伊達に、何かしら理由をつけて改易するとしたら、大坂攻めの後だな」


「しかし、大坂が滅べば幕府は安泰。そうならば伊達に抗う事もできないのでは……?」


「その通りだ」


 政宗は否定する事なく頷く。


「だが、いかに幕府優位といえども、大坂城も天下の名城。篭る浪人連中も侮れん。何かしら、つけ入る隙ができる。それが狙いよ」


「その機に挙兵するというわけですか?」


「その為に、色々と企てがあるのよ。我が殿は」


 ふふふ、と景綱が笑う。


「その通り。色々とな」


 政宗も同意するように笑った。

 主と父の言葉になるほど、と重長は頷きかけるが、


「ですが、何事もなく、大坂攻めがあっさりと終わってしまえば……?」


「可能性は低いな。いかに幕府が強く、織田が脆いといってもおそらくは数万対二十万前後の兵の激突になる。桶狭間や関ケ原のような奇跡がそう何度も起きるとは思えんし、戦いは長引くはずじゃ。儂の策が全て不発に終わり、大坂城があっさりと落ちるような事もありえんわけではない。だが、そうなってしまえば――」


 儂には、と政宗は続ける。


「天下を掴むだけの運がなかったという事になる。儂の計画もそこで終わりじゃ」


「……」


「その後は、幕府に忠実な大名として生きるのみよ。ただただ忠誠を示し、改易を避けるよう努力を続ける」


 あまりにもあっさりとした答えに、訊ねた重長の方が逆に黙り込んでしまう。


「ま、そんな顔をするな。必ず好機は訪れる。必ず、な」


 政宗はそう言って、隻眼をギラリと光らせた。

 この時代の基準では、既に老人と言われる年齢に片足を突っ込みかけた男には思えないほど力のこもった目の輝きだった。



 ほどなくして。

 政宗の予想は的中する。


 ――大坂滅ぼすべし。


 将軍・秀忠の命令が全国の諸大名に下った。


 徳川御三家や、三河時代からの信頼できる徳川家臣団。

 伊達、池田、真田といった関ケ原以前からの親徳川の外様大名。

 細川、藤堂、蜂須賀ら関ケ原以降に忠誠を誓うようになった外様大名。

 豊臣、上杉、毛利のような、かつては徳川と同格、あるいはそれ以上だった外様大名。


 例外はない。

 対馬の宗、蝦夷の松前といったものも含めて、徳川幕府を主と仰ぐ日の本中のありとあらゆる大名に出兵命令が下された。

 兵は、石高などによって決まり、大名ごとに求められた兵力は大きく異なる。しかし、当主、あるいはその息子が直接戦場に出るべし、とこれは全ての大名に共通した指示が出された。


 これは、万一の事態があった場合の人質としての意味もあった。


「……うむ」


 政宗は顎に手を当てて考え込んでいた。

 景綱と重長も主の答えを待っている。


「儂か、あるいは儂の子か。どちらを出すべきか」


 政宗には秀宗、忠宗という子がいる。

 他にも他家に養子にいった三男・宗清や四男・宗泰などがいるが、この場合に候補となるのは秀宗と忠宗のみだろう。


「その通りだ。もし儂が出陣せんとしても、そのどちらかは出す必要がある。そして、万一、儂に叛意ありと思われれば」


 す、と首を切る動作をした。


「これであろうな」


「どうなさるおつもりですか?」


「ま、いくとすれば秀宗であろうな」


 政宗はあっさりと言った。

 忠宗はまだ少年。

 それに、政宗は秀宗でなく忠宗の方を後継者にと考えていたのだ。戦場で万が一の事などがあったら困るのだろう。


 景綱もその事は理解していた。

 だがですが、と続ける。


「殿が自ら出陣されないとなれば、忠誠を疑われる事になるのでは?」


「そのような事はあるまい」


 政宗は首を横に振る。


「儂とそう歳の変わらん福島正則や、蜂須賀家政なども子供に兵を任せると聞くぞ」


 福島家は福島忠勝、蜂須賀家は蜂須賀至鎮がそれぞれ兵を率いて出陣させるという情報が既に入っていた。


「ですが、殿は福島殿や蜂須賀殿と違って大御所様や上様に色々と疑われておりますぞ」


「儂をか、儂のような忠臣をか」


 はは、と政宗はわざとらしく笑う。


「まあ、秀宗を大将を任せ、此度の戦が終わったら本当に隠居しても良いかもしれんの」


 これはさすがに意外だったらしく、片倉親子はそろって目を見開く。


「何もそう驚く事はあるまい」


「ですが……」


「儂にとって、此度の大坂攻めは大きな好機。これを逃したとあってはもはや儂に運はなかろう。ならば、儂も野望を引っ込めて今後は隠居生活を送るのも悪くない」


「殿……」


「ま、それも大坂攻めが終わってからの話じゃ」


 政宗が話を戻した。


「秀宗を大将にとは言ったが、ちとあ奴では頼りないかもしれんな」


「そこは、某や他の者達で補佐すれば問題はないでしょう。特に成実殿は今や秀宗様の懐刀といっていいほどです」


「成実、か」


 景綱の言葉に政宗の顔に苦々しいものが浮かぶ。

 関ケ原以降、既に10年以上の年月が流れた。しかし、政宗と成実の関係は未だに修復できていない。

 だが、それでも伊達家に対する忠誠心は失われていないのか、積極的に秀宗の補佐をしていた。


 政宗は、「まあよいか」と呟いた後、


「あ奴、関ケ原での戦以降、儂よりも秀宗と親しくしておるからの。奴の器量は儂もよく知っておる。確かに問題なかろうな」


 面白くなさそうな様子で政宗は言ってからここでふと、気がついたように言った。


「小十郎、待て」


「? どうされたのですか」


「今、某や他の者、といったな。その言い方では、其方も大坂に行くようではないか」


「はい」


 景綱は頷く。


「殿が仙台城に残るとあっては、あの猜疑心の強い上様です。必ずや、殿を疑うでしょう。殿がこのまま野望の道を進むにせよ、隠居する事になるにせよ、上様に余計な疑いを強めない為にも」


「儂からの信頼が厚い、其方が行くというのか」


「はい」


 政宗の言葉に、景綱は再び頷く。


「父上」


 重長が口を挟んだ。


「ならば私も」


「ならん」


 景綱は即座に子の言葉を切って捨てた。


「お前は、殿をしっかりと補佐しろ。それが、儂に代わる片倉の当主としての務めだ」


「……うむ。重長。其方は儂を支えてくれ」


 景綱の気持ちを察した政宗も答える。


「ですが……」


「儂からの命令じゃ」


「……はい」


 当主の命令、と言われてしまえば重長も受け入れるしかない。

 不安そうに父である景綱を見ながらも、頷いた。


「頼むぞ、二人とも。おそらく、これは儂が天下を取る最後の機会じゃ。それぞれの役割を果たしてくれ」


「ははっ」


「無論です、殿」


 片倉親子は揃って頭を下げた。


 こうして、伊達家は大将を伊達秀宗に。片倉景綱、伊達成実らがつく事になった。政宗は、来るべき好機に期待をかけ、領国に残る事になったのだ。




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