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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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203話 伏見会談

 徳川家によって再建された伏見城において、織田秀信と松平忠吉による会談が始まった。

 型通りの挨拶から入り、徳川と織田の関係に関しての話に入る。


 忠吉も、秀信の性格は心得ている。

 気落ちしているとはいえ、即座に傘下に入る事を強制するような発言は避けた。巧に秀信の自尊心を傷つけない形で、現状の織田家の状況を語っていく。


 秀信は、ほとんど口を挟まない。

 これも、これまでの秀信からすれば考えられない事だった。


 ……最初からこうであれば、織田家の家臣達も苦労をせずにすんだかもしれんな。


 護衛として傍らで見ていた明石全登は苦笑する。

 だが、ここは彼らの苦労を実らせるわけにはいかない。

 むしろその逆。

 ぶち壊す為に行動する必要があるのだ。


 会談は和やかなまま進む。

 ここで、ところで、と忠吉は切り出した。


「越前の地は、私にとっての甥である忠直が領しておりますが、良いところだと聞いておりますぞ」


「そうなのか」


「はい。冬はやや厳しくはありますが、民もよくなついております。何より、織田にとって縁のある地です」


「うむ。確かに、そうだが……」


「越前なら、緩やかな生活を送る事ができますぞ」


 越前に国替えさせる事は、織田との和睦の最低限の条件でもあった。

 その上で、秀信の妻子を江戸に送り出す事も必要とされたが、それはこの場では言わない。

 とりあえずは、越前への転封だけでも納得させるべきなのだ。

 まずは、越前転封。そのための言質をとる。

 そこから、細かい条件を小出しにしていけばいい。

 忠吉はそう考えていた。


「うむ。それも良いかもしれんな」


 あれほど大坂の地に拘っていた、秀信の口から出たとは思えない言葉だった。

 忠吉の顔に喜色が浮かぶ。


「おおっ、是非そうなさいませ」


 喜色の浮かんだ顔で、秀信に言う。


「そうよな……」


 秀信も、力なく頷いた。


 ……やはりまずいな。


 全登は、計画を実行に移さざるをえない事を確信する。


 忠吉は朗らかな表情のまま、会話を続ける。

 秀信の顔に、覇気はない。


 だが、忠吉の言葉に逆らう事なく頷いている。


 和やかな雰囲気のまま会談は進み、一段落ついた時。

 軽い休憩をとることになった。


「根を詰めすぎてもいけませぬ。少し、この辺りを歩いてみませぬか」


 散歩をしようと全登が提案した。


「……そうだな」


 秀信は無気力そうな顔のまま頷く。


「ほう、ならば私も同行してもよいですかな。私も歩いてみたい気分なのです」


 忠吉の言葉に、全登は内心で快哉を叫ぶ。


 ……なんという僥倖。こちらから提案しようと思っていたが、手間が省けた。


「構わん」


 秀信は頷くとも、会見場となって一室を離れて外に出る。

 日はまだ高い。

 だが、熱すぎる事もなく、昼寝でもするのにはちょうど良いくらいの気温だろう。


 ……よし。


 秀信は勿論、忠吉も直政も何の疑念も抱いていないようだ。

 護衛の兵達ついてきているが、こちらを警戒している様子はない。


 全登が視線を動かす。

 その先には、密かに忍び込ませて配置した浪人の姿がある。


 忠吉は、秀信と雑談をしており、秀信はそれに適当に頷いている。


 ……よし、今だ。


 全登は軽く伸びをするように、片手をあげた。

 それが合図だった。


「上様! 伏せてくださいっ」


 全登の言葉を皮切りに、一発の銃声が響く。


「!」


 秀信は一瞬、ぴくりと体を震わせる。

 それ以上は、動けない。


 銃弾は、秀信から遥かに逸れ、忠吉の近くにいた直政に命中した。


「直政!」


 忠吉が咄嗟に叫ぶ。

 致命傷ではない。だが、止まる事なくだらだらと血が流れ出ており、危険な状況であるとすぐに分かった。


「おい、しっかりしろ!」


「と、殿。下手に動かしては……」


 忠吉が慌てて直政の体を動かそうとして、側の小姓に止められる。


「そ、それよりも一体何が……」


 秀信の、困惑したようなその言葉を待っていたかのように、忠吉の道をふさぐように襲撃者が現れた。


 ……直政の方に当たるとは予想外だ。しかし、これはこれで構わん。


 全登は小さく顎を前に出す。


 ……手筈通りに。


 襲撃者は、秀信の方にも近づいていく。


「な、何事だ……」


 秀信の声が震え気味だ。


 これまで、秀信は多くの家臣達、それに大坂城という天下の名城によって守られて生きて来た。

 かつて、その大坂城を柴田勝家によって攻められた時があったが、その時も直接命の危険が迫った事を実感するような機会はなかった。


 自分の目の届く範囲内でこのような事が起きたのは、これがはじめてだ。

 あまりの事態に、思考回路はまともに機能せず、混乱している。


「上様、これは襲撃です!」


「な、何?」


「おそらく、上様の命を狙ったものかと」


 それゆえに、全登の言葉も信じてしまった。

 冷静に見ていれば、今の銃弾は秀信ではなく忠吉に向かって撃たれていた。秀信のいた場所とは完全に違う。

 当時の鉄砲の命中率は低いとはいえ、秀信を狙ったにしては明らかに方角がおかしかったのだ。

 だが、それに秀信は気づいた様子はない。


「わ、わしの命をか……?」


 襲撃者は、今もなお秀信達を襲っている。

 浪人達の暗殺計画を知らない護衛達は、必死に襲撃者と戦っている。事情を知らされていた浪人達と全登は目を合わせる。


「早く! このままでは殺されますぞっ」


 秀信を強く促すと、そのままこの場から立ち去る事にした。

 まだ忠吉と直政の護衛達が、襲撃者と戦っているにも関わらずだ。


「ひ、秀信、殿……」


 それを見て、慌てた様子で忠吉の声が後ろからかかる。


「ゆけっ」


 秀信の護衛達を、叱咤するように全登は声をかける。

 事情を知らされていない護衛達も、この場にこれ以上いては危険だと考えたらしい。


「さ、上様」


 全登の言葉に従い、この場から離脱をはじめる。

 襲撃者に囲まれた忠吉と直政を取り残す形で、秀信達は撤退していった。


「何を……」


 そんな秀信の自分本位な行動に忠吉の護衛が罵りか、抗議か。何らかの言葉を吐きだそうとした。

 だが、その前に襲撃者が襲い掛かる。


 護衛が、何かを告げるよりも先に襲撃者は護衛を斬り捨てた。

 どさり、と護衛の死体が忠吉達の前に転がる。


 襲撃者達はそれを見届けると、忠吉へと殺到する。


「くそっ」


 忠吉と直政と襲撃者との戦闘は続く。

 二人の護衛達は、次々と床に倒れていった。

 おそらく、既に息はない。


 襲撃者の遺体もあるが、忠吉の護衛の遺体も多い。

 それほどの激戦が繰り広げられた。


「貴様ら、何者だ……?」


 油断のない構えのまま、忠吉は問う。


「秀信殿の部下か? いや、それとも……」


「……」


 襲撃者達は、声を発する事なく、武器を構える。


「……答える気はないか」


「忠吉様……」


 先ほどの銃弾を肩に受け、出血が激しい様子の直政が声をかける。

 忠吉はそれをちらりと見る。

 治療を施してやりたいが、それが許される状況ではない。


 じりじりと、襲撃者達は距離を詰めてくる。


「でやあっ!」


 忠吉も応戦する。

 襲撃者達が、忠吉に殺到する。


 ……秀信殿を追おうともせん。わしだけを狙って居るという事は、やはり標的は最初からわしか。


 忠吉は唇を噛みしめ、戦闘を続けながらも思考を進める。


 ……これは、やられたか。


 嫌な想像が脳裏を過る。


 ……黒幕の狙いは、幕府と大坂の開戦が狙い。わしがここで殺されれば、真相がどうであれ父上や兄上も開戦せざるをえなくなる。面子にも関わるゆえな。


 ぎり、と歯を強く噛む。


「やられたかっ……」


 こうなった以上、何としてでも生き延びるしかない。

 その上で、改めて織田と交渉を行う。


 そう決意するが、忠吉の護衛の数は次々と減っていく。


「く……」


 どさり、と忠吉のみならず、家康からも信頼の厚い男が倒れた。


「直政……」


 無理をして戦い続けていたようだが、既に限界に達していたらしい。

 全身は傷だらけ。凄まじい出血量だ。


「も、う、しわけ、ありません……」


 忠吉か、あるいは家康に対しての謝罪だったのか、それだけを言い残して直政は息絶えた。


「直政っ」


 忠吉は再び叫ぶ。


 しかし、襲撃者達は数の優位を利用して一気に詰め寄る。


「どけっ」


 忠吉は、それらを押しのけようとするが、多勢に無勢。

 もはや、抗う術はない。


 ぐさり、と襲撃者達の放った一撃が忠吉の肩に命中する。


「ぐっ……」


 忠吉の動きが鈍る。


「く、おの、れ……」


 荒く息を吐き倒れた忠吉に、襲撃者達の武器が殺到する。もはや、かわす力も持たない忠吉はそれらを受けるしかなかった。


 こうなっては、忠吉も覚悟を決めるしかない状況に追い込まれた。


 ……ここまで、か。


 自分はもはや助からない。

 だが、この後いったいどのように世が動くのかふと考えてみた。


 ……黒幕が誰であれ、もはや終わりか。わしの望んだ徳川と織田の和平に繋がる可能性はなくなった。


 ようやくでてきた幕府と織田の和解への道は閉ざされる。

 そして、大坂で戦いが始まる事だろう。


 織田家滅亡へと繋がる戦いが。


「それ、を、みず、にしねることだけ、がすく、いか……」


 それだけの言葉を辛うじて吐き出し、松平忠吉の命はここに尽きたのだった。

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