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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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200話 伊達政宗6

 また一人、戦国の世に名を刻んだ名将が没する事になった。


 最上家の前当主、最上義光だ。

 外の大名達からは、謀略家としてその鬼謀を恐れられ、内の家臣や領民達からはその優れた人格を慕われた名君だ。


 だが、彼の子供達はその人格や能力を完全に引き継ぐことができなかった。


 本来であれば、家督を受け継ぐべきなのは嫡男・義康であろう。

 しかし、この義康はかつての豊臣家と親しかった。

 逆に、家親は徳川秀忠に近侍した事もあり、関ケ原の戦いにも同行している。


 最上家の事を考えるのであれば、嫡男である義康ではなく家親が継ぐべきだと言う声が強くなる。

 それにも反論が出た。後継者次第で、自身の派閥や利権にも影響があるのだ。嫡男・義康が継ぐべきだという一派の力も強い。


 こうして、最上の家督は一旦は義康が手にしたものの、火種が多く燻ったままとなっていた。




「付け込む隙ができたぞ」


 仙台城の一室。

 ぐっふっふ、と伊達政宗は口元を歪め、実に愉快そうな笑みを浮かべている。。


「そうですな、殿」


 対面するように座る、片倉景綱の顔にも笑みが浮かんでいる。

 傍らにいる子の重長は大人しい表情のままだった。


 仙台城の一室で、三人は話し合っている。


「御家騒動が起きそうですな」


「うむ。それも、今は太平へと向かいつつある世だ。大乱の時代にやらかすよりも質が悪い」


「そのような家には、幕府も厳罰で対処するでしょうな」


 ふふふ、と景綱も笑う。


「父上」


 ここで、子の重長が口を挟んだ。


「最上家に火種があるのは分かりましたが、どうする気なのですか?」


「分からんか? そろそろお前も自分の頭で考えてみよ」


 景綱の口調は少し厳しい。

 景綱も、既に若くない。それに最近、体調が悪化してきたことを自覚している。その為、この重長に自分の役目を譲ろうと考えていたのだ。

 故に、自身に負けないだけの力を身に着けて欲しいという考えがあった。


「はあ……」


 言われた重長は考え込む。

 そして、言った。


「黒脛巾組を用いて、最上家親が、義康の暗殺を企てているという噂を流すのはどうでしょうか。義康も猜疑心が強くなっていると聞きます。効果はあるかと」


「うむ」


 景綱も一つ頷いてから、


「悪い策ではない。が、それだけでは足りん」


「足りませんか」


「うむ。ここは、義康を殺す」


「!」


 不意に挟まれた政宗の言葉に、重長は思わずぎょっとする。


「そ、そのような事を……」


「無論、迂闊に証拠は残さんようにする。伊達家の関与はいっさいなく、な。表向きは」


「さすがは殿」


 景綱は納得したように頷く。


「よいか。そうなれば、のこされた義康の家臣連中は誰を疑う?」


「それは、その。家親ではないかと……」


「その通りだ」


 政宗がニヤリと笑みを浮かべる。


「そうなれば、ただではすまん。何らかの報復を考えるであろう。騒ぎも自然と大きくなる」


「なるほど」


 重長も納得した様子だった。


「火種が、最上を燃えつくすような業火となりますな」


「そういう事だ」


「まあ、叔父上が健在ならば、このような策、うまく防がれていたかもしれんが、のこされた連中ではどうにもなるまい」


 三人は満足した様子で笑いあった。




 政宗の謀略が発動した。

 まず、家親が義康の排斥を考えていると噂がばらまかれた。

 家臣団のみならず、山形城下に住む者までがその噂の事を知り始めた頃を見計らって、義康の暗殺に成功。


 ただでさえ、家親に対する反発が強まっていた親義康派の家臣達だ。

 家督を家親に渡すなと言わんばかりに、反家親の気運が強まる。


 さらには、親義康派には力強い味方がいた。

 義光の三男である清水義親である。彼もまた、反家親陣営に組し、激しく対立した。

 一向に従おうとしない、反家親陣営に業を煮やした家親は、強硬手段に出る。

 家親はその派閥の持つ居城に兵を差し向けたのだ。


 これが、決定的にまずかった。

 即座に処分できたのならば良かったが、反家親陣営の激しい抵抗にあい、瞬く間に領内全体を巻き込んだ大騒ぎになる。


 当然、幕府に耳にも入る。

 ここで最上家親に、「このような騒ぎを起こす男に最上を統べる資格はない」と処分を決断。


 だが、問題は処分の内容だった。

 将軍・秀忠は、即座の改易を主張したのに対し、大御所・家康は故・義光を気にいっており、最上家のこれまでの幕府に対する貢献を理由に、処罰は避けられないにせよ数万石ほどの削減で済ますべきだと主張した。


 江戸と駿府で、激しいやり取りがあったが、最終的に意見を通したのは将軍の秀忠だった。

 幕府内部でも、将軍・秀忠の力が大御所・家康の力よりも強まりつつある事を感じさせる出来事でもあった。


 最上家は結局、政宗の計画通り、改易となった。

 だが、何もかもが政宗と思惑通りにいったわけではない。


 旧最上領に代わりに入ったのは、鳥居忠政と上杉景勝だった。

 忠政は父・元忠同様に徳川家への忠誠心の高い武将だ。景勝は、幕府に忠実とは言い難い大名ではあるが、伊達家とは不仲のままであり、関係は改善されていない。

 近隣の脅威を取り除きたかった伊達家にとって、決して望ましい人選ではなかったのである。


 しかし、政宗もこのまま最上を排除しただけで終わる気はなかった。反撃に出る。


 各方面に力を入れ、移封された上杉に代わる越後の後釜に松平忠輝を入れるよう働きかけたのだ。大久保長安の一件もあり、忠輝の立場は悪くなっている。だが、それでも家康の子でありながら、弟達とは石高に明らかに差があった事も幕府の一部では問題になっていた。江戸や駿府で議論があったようだが、最終的にこの要望は通った。


 当初、秀忠は越後の後釜に今は越前の松平忠直を入れる気だったようだ。

 しかし、領主が変われば新しい領国を統治するのに時間がかかる。大坂攻めが近づいている現状、大坂の地に近い越前に余計な混乱を招きたくなかったのだろう。


 いずれにせよ、最上家という近隣にある難敵が取り除かれ、大事な神輿である忠輝は越後を手に入れて念願の大国の主となったのだ。

 政宗にとって、この一件で得るものの方が大きかったのである。


今回の話はもう少し前に入れる予定でしたが、タイミングを逃してここで入れる事に。



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