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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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199話 織田常真

 ――江戸城。


 この日、将軍に謁見に訪れた者がいた。

 名は、織田常真。

 かつては織田信雄と名乗っていた信長の子だ。


「うむ、久しいの」


 それに応じるのは、将軍・徳川秀忠。

 上座に悠然と座りながらの対応だった。

 傍らには、土井利勝が控える。


「は……」


 低姿勢のまま、型通りの挨拶も終わる。

 常真もかつては、秀忠の父である大御所・家康よりも立場が上の存在だった事もある。


 だが、今では秀忠の方が上だ。

 常真は、外様大名の元当主に過ぎない。

 とはいえ、かつての主家の人間という事もあり、他の外様大名とは微妙に扱いも違ったが。


「大坂の件か」


 さっそく、秀忠が切り出した。

 余計な時間はとられたくはない、といった様子だった。


 常真の方も頷く。


「はい」


 だが、どう切り出すべきかは色々と悩んでいた。

 幕府が大坂攻めを目論んでいるという噂に関しては、既に外様大名の間にも広まっている。

 だが表面上、大坂は幕府に従っているし、正式に大坂攻めの命令が出たわけでもない。


 下手な事を言えば、逆効果になるのではないか。

 そう思っていたが、意外にも秀忠の方から切り出して来た。


「予が、大坂攻めを命じると思っておるのか」


「は……それは」


 あまりにもはっきり言葉に出された事に、逆に常真の方が戸惑う。


「よい。既にそういった話が、何度も出たのは事実だ」


「……」


「予も、正直に言って大坂は滅ぼした方が良いと思っておる」


「……っ!」


 ぴくり、と常真の肩が震える。

 そんな反応を楽しむように秀忠は、愉快そうに唇の端を歪めた。


「いち早く、徳川に対する忠義の心を示した其方には悪いと思っておる。だが、秀信の方は別だ。あの男は予の事を将軍とは認めておらん。いや、心の内で認めないだけであればよいが、あの男は表面上従う事すらできん。なら、除くほかあるまい」


 冷酷な視線と言葉である。

 秀信の事など、ただの置物か何かとしか見ていない。

 そう感じられる秀忠の態度だった。


 反射的に常真は頭を下げていた。


「何卒! 我が甥には、上様に従うよう伝えますゆえ、大坂攻めに関しては慈悲を……」


「其方は、既に何度も秀信にそう言っておるのであろう。だが、あの男は従おうとせん。今更、頭を下げられてもな」


「何卒……」


「ところで、其方は伊丹城に関しては知っておるか?」


「は?」


 不意に出てきた言葉に、思わず常真は驚く。


「……織田領内にある、あの伊丹城の事でしょうか?」


 伊丹城は、かつて有岡城と呼ばれていた時期に、常真の父であり秀信の祖父である織田信長に反旗を翻した荒木村重が立て籠った城だ。

 村重が城から逃亡した後、凄惨な城攻めが行われた。


 その後、伊丹城と再び名を変え、織田領に残る数少ない名城となっていた。

 大坂城からも近い位置にある。


「うむ。どうやら、あの城を密かに改築しておるようでな」


「そ、それは真ですか?」


「知らんかったようじゃな」


 ふふ、と秀忠が小さく笑う。


「それだけではない。密かに、武具や兵糧を大量に買い付けておると報告も来ておる。幕府の隠密は無能ではないのよ」


「……」


 予想以上に事態が深刻化している事を改めて知らされ、常真は愕然とする。


「これでは、大坂が暴走するのも時間の問題、と言わざるをえんな」


「し、しかし……」


 常真は何とか反論の言葉を探す。

 だが、良い言葉が何も出てこない。


「話は終わりのようじゃな」


 それを言うと、秀忠はすっと立ち上がった。


「案ずるな。其方の幕府に対する忠誠は分かっておる。秀信がどうなったところで、其方や其方の倅に責任を追及する気はない」


 それだけを言うと、秀忠は上座から立ち去った。

 下座でただ茫然とする常真だけが残される事になった。


「……」


 幕府と大坂の戦は刻一刻と近づいている。

 その事を、常真も自覚せざるをえなかった。




 一方、秀忠は常真との謁見を終えてからも、公務に追われていた。

 将軍職という立場上、彼も暇ではない。


 それと同時に、各地で活動している隠密から諸大名の様子が伝わってくる。これは大坂だけでなく、豊臣や毛利といった外様大名、譜代大名、さらには実弟らの治める甲斐や尾張でも情報収集を行っていた。


 ――黒田如水、後藤基次、大坂入り。


 この情報も当然の事ながら既に、秀忠の元に入っている。


「あの老人も大坂に入ったのか」


 この言葉が、それを知った時の感想である。

 秀忠が驚いた様子はまるでなかった。

 ある程度は予想の範疇だったらしい。


「上様」


 ここで声をかけたのは、土井利勝だ。


「黒田如水の件、放置しても良いのですか?」


「うむ。問題なかろう」


 秀忠は悠然と言った。


「現状、大坂が何かしたというわけではないしな」


「それはそうですが……」


 利勝の言葉には、どこか不安そうな響きがあった。


「既に黒田長政から、書状が送られてきておる」


「黒田長政から……?」


「うむ。此度の件は、父の暴走であり黒田家は一切の関わりはない――ま、予想通りの内容であったがな」


 ふふ、と秀忠は小さく笑う。


「まあ、実際に長政は関係しておらんだろうよ。むしろこのような事になり、長政も頭を痛めておるのだろう」


「でしょうな。ただでさえ、黒田は外様大名で、かなりの力を持つ大大名。我らにいずれ潰されるのではないかと冷や冷やしているでしょうな」


「そうよな」


「まあ、黒田家を何らかの理由で潰す必要が出た場合、その理由付けにはなるかもしれませんな」


「うむ。が、今のところ長政は父の件を除けば、幕府に忠実な外様大名。歯向かう可能性も乏しい以上、潰す必要はなさそうだがな」


「そうですな」


 とはいえ、と利勝は続ける。


「おそらくはないでしょうが、万一という事もあります。大坂攻めの最中に、父と共に幕府に槍を向けるような事になっては一大事です。そうならないよう、黒田長政には大坂攻めの際、江戸城への逗留を命じては如何ですか?」


「長政をか?」


「はい」


 利勝の言葉に、秀忠は頷く。


「うむ。確かに悪くはないかもしれんな。長政の力量は買っているが、大坂攻めに必須というわけではない」


「はい。おそらく、大坂に集まっているのは寄せ集めの浪人集団。数万ほどの軍勢であっても、容易に勝てるでしょう」


「うむ」


 秀忠は暫し顎に手を当てて考えていたが、


「分かった。その時は長政を江戸に残すとしよう」


 既に大坂攻めが始まった気でいる様子で、秀忠は言った。

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