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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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197話 重鎮粛清

 仙台城。

 今日はこの城に、当主である伊達政宗。それに片倉景綱・重長親子が額を寄せ合って話し合っていた。


「まずい事になった」


 開口一番に政宗が言った。


 あまりにも唐突だった為、重長はすぐには理解できなかった。


「何かあったのですか?」


「うむ。下手をすれば、伊達家に火の粉が降りかかってくる可能性がある」


 政宗は顔に渋面をつくっている。


「はあ」


「実は、大久保長安の事じゃ」


「大久保長安殿が何か……?」


「あの男が儂と親しい事は知っておるであろう」


「はい」


「以前、話したように婿殿を将軍につける為に色々と便宜を図ってもらっておった。公に出来ない形で、相当な量の黄金も受け取っておる」


「それが露見したのですか?」


「いや、違う」


 先走った答えを出した重長に代わり、景綱が口を開いた。


「黒脛巾組が報告をしてきたのだ」


 その口調は苦々しい。


「黒脛巾組が?」


「うむ。大久保殿の体調が思わしくない、近い内に亡くなる可能性が高いとな」


「それはお気の毒に。ですが、それが何故、伊達家の危機に?」


「本多正純が、岡本大八事件の報復を目論んでおる」


「本多正純が?」


「そこで、大久保長安の近辺を嗅ぎまわっておる。不正の臭いを嗅ぎつけたらしい。その証拠も大御所様に提出したようだ」


 重長の顔色が変わった。


「……! それで、まさか伊達家に金が流れている事を?」


「いや、それが露見したわけではないといったであろう。おそらくは」


 政宗が言葉を続ける。


「だが、大御所様も長安が幕府の公金を懐に入れておった事を知ってしまった。それも大量にじゃ。おそらくは処罰は避けられんであろう」


「ですが、今のところ大久保殿が罰せられた様子はありませんぞ」


「先が短い事を大御所様も知っておるのであろう。それに不正蓄財の件があっても、長安は幕府の財政基盤を支えた男。その貢献はある意味、徳川四天王にも匹敵する。故に、せめてもの情けとしてこの世におるうちに罰する事はやめたのであろう」


 しかし、と政宗の顔がより深刻なのになる。


「影響が長安やその家族だけで終わるとは思えん。下手をすれば、親しくしておったものにまで及ぶかもしれん」


「それで殿は、伊達にも火の粉が降りかかると……」


 政宗の言葉を理解した重長の顔も深刻なものに代わる。


「そういう事じゃ。万一に備えて色々と手をうつ必要もある」


「では、大御所様に今まで以上に贈り物でも……」


「うむ。いや、それはいかん」


 政宗は首を横に振る。


「そのような事をすれば、逆に疑われる。伊達家も大久保長安の公金横領に関与していると思われるもしれん。そこはこれまで通りにいくつもりじゃ」


「しかし、見捨てても良いのですか? 大久保殿からは倒幕の為の資金を受け取っていますし、何より殿の娘婿である、松平忠輝様の付家老ですし……」


 重長の言葉に父・景綱が首を横に振った。


「伊達家の大事だ。金は有り難く頂戴しておくとして、そんな余計な感情は捨てろ」


「その通り。ま、儂の野望の為にも婿殿との繋がりは絶やすわけにはいかんので、長安とは違う形で関係を深めるしかないがの」


「そうですな。長安との繋がりを示すような証拠は処分して、これまで通りに過ごすとしましょう」


 景綱が締めるように言い、この日の密談は終わった。




 大久保長安の死後、情勢は大きく動く。

 まず、長安の子供達に切腹が言い渡される。


 縁戚関係であった事から、石川康長も改易が言い渡された。康長の父・数正はかつて松平秀康を中心に徳川の乗っ取りを企てた事もあり、徳川家中から快く思われていない。

 そのため、これを名目に処分したかったのではないかと噂された。

 

 さらには、将軍・秀忠を支えた幕府老中である青山成重までもが蟄居に追いやられた。


 大久保長安事件を機に、不穏分子ともいえる勢力を次々と一掃されていった。


「これを機に、徳川家中をまとめあげる」


 強い決意を本多正純はしていた。

 敵以上に、味方から反発を受ける事の多い正純だったが、これも徳川家の為であり、家康への忠誠からのものだった。


 徳川にとって、毒になるであろう存在を綺麗に排除する気でいたのだ。


 大久保長安事件を利用し、徳川家中でありながら大御所・家康にとって不利益になる可能性のある康長や成重を改易したのもその為だ。


 だが、これで終わりではない。

 まだ大物が残っていた。


 大久保忠隣だ。

 かつて、家康を支えた武功集団の存命者であり、この忠隣を凌ぐような存在はもはや井伊直政ぐらいだろう。


 忠隣の父・忠世はかつて、正純の父・正信の徳川帰参の口添えをした事もある。

 だが、父の代の話と正純も割り切っていた。

 派閥的に邪魔な存在でもある、忠隣の追い落としを図ったのだ。


 忠隣は、かつて長安に大久保姓を与えるほど親しい存在だった。

 だが、それだけでは改易の理由として弱いと判断した正純は、忠隣の養女が無断で山口重政の子の重信と婚姻関係を結んだという点を問題視する。


 さらには、忠隣預かりの身となっていた馬場八左衛門という男が、家康に忠隣が謀反を企てていると直訴したのだ。


 最も、この時期の忠隣は長男である忠常が急死した事に強い失意の状態となり、家康や秀忠からの出仕命令にも従っておらず、幕府の一部からも反発を買っていた。

 そういった事情もあり、忠隣への追い落とし工作はうまくいく。


 ここにきて、家康も忠隣の処断を決断した。


 だが、大久保忠隣は家康の覇業を支えた老臣だった。

 うかつな処罰はできない。

 しかも、忠隣は小田原城を拠点としている。かつての北条時代とは違い、城郭の一部が破壊されており、織田家が10万を超える大軍で取り囲んだ時と比べると防衛能力は落ちている。

 だが位置的に江戸と駿府という、要所にある。

 この地で忠隣が挙兵すれば、幕府は大きな打撃を受ける事になる。


 いや、幕府の功臣である忠隣の謀反というだけで幕府の権威には大きな傷がつく。

 ゆえに、細工を弄した。

 京にある教会の破却を任務とし、忠隣を小田原から出す事にした。


 忠隣は兵を率い、淡々とそれを遂行する。


 が、京都所司代の板倉勝重が赴いた事による状況は一変する。


 その時、忠隣は藤堂高虎の屋敷で将棋を指していた。ただならない様子に、忠隣も気づく。


「この一局が終わるまで待て」


 それが、全てを察した忠隣の言葉だった。

 それでも徳川覇業の名将だ。堂々とした態度を最後まで崩す事なく、それを受け入れた。

 武装を即座に解除し、幕府に反攻の意思をない事を示したのだ。


 忠隣はこれで失脚し、小田原城も破却された。


 大久保長安の死から始まる一連の騒動も、これでようやく一区切りがついたのである。




「随分と派手にやったそうじゃの」


 江戸城内にある、本多屋敷。

 この日、そこで本多正信と正純の親子が対峙していた。


 忠隣の改易が決まり、一息がついた頃の話である。


「いえ、予想を下回る結果に終わってしまいました」


 父の言葉に、正純は不満そうに首を横に振る。


「本音を言えば、松平忠輝様も改易に追い込みたかったのですが」


「何?」


 その言葉に、正信も思わずギョロリと目を剥く。

 そんな父親に、何を言っているのだ、と言わんばかりの視線を正純は向ける。


「長安は、忠輝様の付家老です。おかしな話ではないでしょう」


「しかし、忠輝様は大御所様の子だぞ」


「はい」


 それがどうしたのだ、と言わんばかりの表情の正純だった。


「ですが、幕府に対して反抗的な面が少なからずあり、しかも伊達政宗とも親しい関係にあります。政宗の娘婿でもありますし」


「伊達政宗か……」


 そこに、正信は反応する。


「さらには、長安の横領した金が政宗に流れたという話もあります」


「何じゃと?」


 正信は驚く。


「調べさせたところ、大久保邸や、長安に関連した場所を調べさせて押収した金と、横領したであろう金にかなりの開きがあります」


「使ってしまったのではないか? 長安は相当に派手な生活をしておったようだし」


「確かに、相当に豪奢な生活をしていた様子ではありますが、それでも用途不明な金があまりにも大きい。誰かに流れていると考えるべきでしょう」


「それが政宗に流れたと?」


「あるいは、豊臣方の可能性も。あの男、秀頼とも親しくしておったようですし」


「うーむ……」


 正信が思わず唸る。


「証拠はあるのか?」


「いえ。あれば、大御所様に提出して、即座に伊達や豊臣を改易に追いやっておりました」


「であろうの」


 正純も、将軍・秀忠に負けないほどに冷酷な男だ。

 一方、家康には未だ甘い部分も多い。あれほど好き勝手にやる大坂方を残している。家康に忠誠を誓いながらも、その甘さにはもどかしさを感じているのだろう。


「それはそうと」


 正純は話題を変える。


「これを機に、キリシタン弾圧を強めるようですな」


「そのようじゃな」


 反キリシタンの筆頭ともいえる、以心崇伝の発案もあり弾圧はさらに厳しいものへと変わった。


 故郷を追われた信徒達は、大坂の地に集いつつあった。


「大坂に信徒がいけばいくほど、大坂の御仁は逆に追い詰められる事になりますからな。放っておいても、何かやらかすかもしれませんぞ」


 ふふ、と正純は冷たく笑った。

 もはやこの子は自分を凌いでいる、と正信ですら思うほどの冷たい笑みだった。


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